77. 操り人形
――ダッ!――
桜が揚羽に向かって走りだし、勢いよく地面を蹴る。
「吹っ飛べ!」
「誰がっ」
言葉の応酬を繰り広げながら、揚羽に飛び蹴りを放った。
――スッ――
跳び退る揚羽に、この蹴りは見事に避けられる。
「ちっ」
舌打ちをすると、桜はもう一度跳躍し、今度は後ろ回し蹴りを放った。
――ブンッ――
しかし、これもぎりぎりで躱されてしまう。
――クルッ――
二度の攻撃を躱すと、揚羽は振り返って、桜に背を見せた。
「あぁっ?」
小首を傾げる桜を置いて、揚羽が反対方向に向かって走りだす。
同時に、揚羽と二位一体の動きをする喜之助が、咒文の詠唱を始めた。
「逃げながら咒文詠唱の時間を稼ごうっての? そうはさせるかよっ」
着地するとともに、桜も止まることなく走りだす。スピードを上げて、逃げるように走る揚羽を追った。二位一体の動きをする道山も、迫力ある走りで共に追いかける。
(速いっ。しかも、こいつは確か……スタミナの化け物っ)
揚羽が後方を確認すると、桜がすぐ後ろまで来ていた。
「じゃあ、こいつらに時間稼ぎをしてもらうっ」
揚羽が声を上げ、自身の両肩をぽんっと手で叩く。
――フュゥゥゥゥーン――
すると、喜之助の両肩の上に、青白い光を放つ二体の人形が現れた。
一方の人形は、白い着物を着た女の子の人形、いわゆる日本人形で、もう一方は古きイギリスの兵隊を模した人形である。
――タッ! ダッ!――
人形たちは後ろに振り返ると、追ってくる桜と道山に向かって跳躍した。
「人形の霊体!?」
桜が驚いて急ストップをかける。
――ピトッ、スタッ――
日本人形のほうは、そのまま道山の視界を隠すように道山の顔に張り付き、兵隊人形のほうは、道山の足元に着地した。
「何こいつらっ?」
桜がそう言うのと同時に、兵隊人形が持っていたライフルを道山に向かって構える。
――パーーンッ!!――
軽い銃声とともに、兵隊人形のライフルから弾丸が発射された。
『ぐぬっ!』
「痛っ!」
道山のうめき声とともに、弾丸が道山の左肩を貫く。感覚を共有する桜の左肩にも、太い針で刺されたような痛みが走った。
(こいつ、小さい人形のくせに本物と同威力の弾を撃ってくるっ)
桜が、焦った顔で「道山、大丈夫っ?」と声をかける。
道山は、顔に張り付いている日本人形を手で引き剝がすと、「大丈夫だ」と答えた。
「ふんっ」
――グシャッ――
道山が、掴んだ日本人形をその大きな手で握り潰す。
――パーーンッ! パーーンッ!!――
兵隊人形のほうは、それに構わず、道山に向かって再度ライフルを撃った。
「痛っ! このっ!!」
桜と道山が同時に左足を上げ、兵隊を踏み潰す。
「くそっ、人形を操る能力かっ。時間稼ぎをされたっ!」
桜が悔しそうに揚羽に目を向けると、喜之助の詠唱がちょうど終わったところであった。
喜之助が咒文の結びを口にする。
『走れ言霊、霊操使糸!』
――シュルルルルルッ、シュルルルルルッ、シュルルルルルッ――
その瞬間、結界の天井から、何本もの光る糸が急襲する蛇のように伸びてきた。糸は道山の頭、腕、足などにそれぞれ繋がる。
「なっ、何これっ!?」
桜が背後の道山を見て言うと、揚羽は嫌な笑みを見せて話し始めた。
「喜之助は、生前、とても優秀な人形師でね。中でも操り人形を作るのが得意だったの、こんなふうに。この咒文は詠唱時間が長いのが玉に瑕だけど、これでお前の守護霊は、喜之助の操り人形よっ」
「操り……人形っ?」
「ふふっ。そして、それをお前の体に戻すとどうなると思う?」
揚羽の問いかけとともに、喜之助が両手を前に突き出す。
「……なんなのっ?」
――グイッ!!――
そのまま喜之助は、桜の疑問に答えるように、両手を一気に引いた。
『ぐっ!』
同時に道山が、桜の体に向けて強力な力で引っ張られる。
『くっ……クソっ』
――ビュインッ!――
そのまま道山は、桜の体内に戻されてしまった。
「道山っ! ぐっ!!」
道山が体の中に入った途端、桜の体の自由がきかなくなる。
そんな桜に、揚羽は吐き捨てるように言った。
「こうするとねえ、今度はお前が喜之助の操り人形になるんだよ。憑依された人間みたいにねえっ」
「なっ、なに!?」
「これでアタシの勝ち決定だ。散々コケにしてくれた分を、ゆっくり返してやるからな。ははははははっ!」
結界内に、揚羽の勝ち誇ったような笑い声が響く。
それから揚羽は、「そのまま動けなくしておいてよ」と喜之助に指示を出し、桜の目の前までゆっくり歩いた。ニヤニヤしながら、桜の顔を覗き込む。
「お前、さっき無防備な私に何してくれたんだっけ?」
そう言うと、揚羽は右手を大きく振り上げた。
「このや……」
――バチーーンッ!! バチーーンッッ!!――
桜が言いかけたところで、揚羽が勢いよく桜に往復ビンタをくらわす。
「確か二回も往復ビンタをしてくれたわよねっ!」
揚羽は、そのままもう一度往復ビンタをくらわせた。
桜の顔が、痛そうに少し赤らむ。
しかし「痛っつ」と声を発したのは、揚羽のほうであった。
「この女、顔も鉄みたいに固いのね。いったいどんな鍛え方をしたら顔まで鍛えられんのよ?」
揚羽が、ビンタした手をもう片方の手で擦る。
「……そんなの根性だろ。お前みたいに厚化粧で顔が守られてないから、顔も鍛えなきゃなんねーんだよ」
桜のこの言葉に、揚羽は「このっ……」と一瞬怒りそうになったが、すぐに冷静さを取り戻し言った。
「まぁ、いいわ。じゃあ、自分の手でやんなさいよ」
揚羽がそう言うと、喜之助が指をくいっと動かす。
――ゴンッ!!――
すると、桜が自分の拳で自身の顔を殴りつけた。
「がっ! て、てめえ、ぐっ!!」
――ガンッ!! ゴンッ!!――
それから、喜之助が指を動かすたびに、桜の拳が自身の顔を殴りつける。
「ははははっ! まるで踊ってるみたいね。滑稽で笑っちゃうわ」
自身を殴るたびにふらつく桜を見て、揚羽は大声で笑った。
「喜之助、倒れさせちゃダメよ。立ったまま自身を殴らせ続けて。この女には、アタシが受けた屈辱を倍にして返すんだから」
喜之助は、「分かった」とだけ言うと、その後も無言で指を動かし続ける。
――ガンッ!! ゴンッ!! ガンッ!! ゴンッ!!――
この殴打は、そのまま20分近く続いた。
「げほっ!」
桜の顔がとうとう腫れ始める。
「あらあら、鉄の顔もさすがに腫れ上がってきちゃったわね。どう? そろそろ降参する? 土下座して謝ったら、もう魂帯を切って終わりにしてあげるわよ」
桜の腫れた顔を、揚羽が覗き込んだ。
桜は、何も言葉を発しない。
「聞いてんのか、クソ女。謝れっつってんだよ!!」
揚羽は睨みながら、いきなりドスのきいた声を出した。
「……へっ。てめえみたいな陰湿な女には、さっきの無感情キャラより、ずっとこっちのキャラのほうが似合ってんな」
桜は口内が切れており、言葉を出すたびに口の中に痛みが走ったが、それでも口角を上げて言い放つ。
「こいつっ。まだそんな口を……っ。いいわ、喜之助、こいつを跪かせてっ」
揚羽が命令すると、喜之助は無言で桜を跪かせた。
――ザッ――
砂浜に、桜の両手と両膝がつく。
「無様ね、噂に名高いMISTの桜。でも、それじゃ足りないわ。謝るんだったら、額を地面につけなきゃダメだろ!」
――ドガッ!!――
揚羽は、下を向く桜の頭を、上から足の裏で押さえつけた。
「ぶはっ」
桜の顔が砂の中に埋まる。
「ほらっ、ほらっ、ほらっ!!」
そのまま揚羽は、桜の頭を何度も上から足蹴にした。
「ぐほっ、がはっ」
砂が口の中に入り、桜が咳き込む。
「どう? 土下座までしたんだから、あとはもう謝罪を口にするだけでいいわよ」
揚羽はしゃがんで、苦しそうな桜の顔を覗き込んだ。
「もう負けを認めて楽になっちゃ……」
「百発な」
ここで、揚羽の話を遮って桜が口を開く。顔を下げたまま、横目で揚羽の顔を見据えた。
「はあ? 何言ってんの?」
桜の言葉の意味が分からず、揚羽が首を傾ける。
「今のでちょうど百発殴られたって言ってんだよっ」
「なっ!?」
「今度は、アタシが倍にして返してやるからなっ!」
桜は顔を上げると、口から砂をペッと吐き出した。




