75. 怒らせてはいけない男
「貴様……。いいだろう。遠慮はしないぞ」
そう言うと、鉄心は大きく拳を振り上げた。そのまま「ふんっ!!」と力んで赤星を殴りつける。
――ドガッ!!――
鉄心の拳が赤星の顔に直撃するが、赤星はその場から動かなかった。
「じゃあ、次は俺の番な」
――ドゴンッ!!――
「うぐっ!」
赤星の拳も鉄心の顔に直撃したが、鉄心も何とか倒れずに持ち応える。
「次は私だ。はあっ!」
――ドガンッ!!――
「いいねえ、今度は俺だ」
――ドゴンッ!!――
「次は……」
この順番の殴り合いは、それから何往復も続いた。途中で冴が止めようとしたが、二人を止めることが不可能だったため、諦めて終わるのを待った。
そして30分も経った頃、やっと終わりが訪れる。
「はあっ、はあっ。おっさん、けっこう根性あるじゃねえか。でも、そろそろ倒させてもらうぜ」
少し腫れ上がった顔で、赤星が言う。
「負……負けない。はあっ、はあっ。私は何万人もの同志の気持ちを背負っている。こんなとこで倒れるわけにはいかないんだ!」
鉄心は、赤星以上に腫れ上がった顔で言った。
赤星がその顔を見て、少しだけ口角を上げる。
「……その力、悲しみを消すためじゃなく、今度は誰かを愛するために使えよ。それが逝っちまった人でもいいからよ。そしたら、もっと笑顔が増えるぜ」
赤星のこの言葉に、鉄心は一瞬動きを止めた。
――ドゴォーーーーンッ!!――
その瞬間、赤星の今日一番の拳が炸裂する。
「ぐはあっ!!」
――……ドサッ――
これにより、鉄心は初めて両膝をついた。
「……は……白玖……様」
鉄心の足元にいたライオンの守護霊が、鉄心の体内に消え去っていく。
「申し訳ありま……」
――バタッ――
鉄心は、そのまま意識を失って倒れた。
「鉄心っ!」
それを見て冴が叫ぶ。
冴が鉄心から赤星に視線を移すと、こちらを向いた赤星と目が合った。
「ひっ!」
次に自分がやられるという恐怖で、冴の口から無意識に怯えた声が飛び出す。
冴は、思わず出た情けない声を取り消そうと、口を片手で塞いだ。
(くそっ、奴がこんなに強いとは。完全に計算を間違えたっ)
立ち尽くす冴に向かって、赤星がゆっくり近づいてくる。
『冴、逃げるんだっ。あんたじゃ、どう転んでもこの男には勝てないよ!』
冴の背後にいる宜保が、焦った口調で冴に忠告した。
「それは嫌だっ。アタシは誇りある創世会の幹部だよっ。こいつがどんなに強くても、創世のために逃げるわけにはいかないんだっ」
『バカっ、そんなこと言ってる場合じゃないだろっ』
「アタシたちは、白玖様に無断でここまでやってしまってるんだっ。これで失敗までしたら、もう白玖様に合わせる顔がないじゃないかっ!!」
宜保が何を言っても、冴は言うことを聞こうとしない。そうこうしているうちに、赤星が目の前まで来た。
「くそっ、もうやるしかない! はあっーーーー!」
冴が覚悟を決め、赤星に殴りかかる。
赤星は眉一つ動かさずに、右足をすっと上げ、足の裏を冴の顔の前に突き出した。
――バチーーンッ!!――
結果的に、冴が赤星の足の裏に顔から突っ込むかたちとなる。
――フラッ、ドタンッ――
冴は顔面を蹴られた状態となり、ふらついて尻餅をついた。
「……ぐっ。まだっ、まだだっ!」
冴がすぐに立ち上がり、再度赤星に殴りかかる。
――バシッ――
赤星は、この冴の拳を片手で軽々と受け止めた。そのまま、もう片方の手で冴の脳天にチョップをいれる。
――ゴンッ!――
それにより冴は、氷の張っていないスケートリンクに顔を打ちつけることとなった。
「痛った~! こいつ、女の顔を一度ならず二度までもっ!」
顔を擦り傷で赤くした冴が、片膝をついて赤星を睨みつける。
赤星は、そんな冴を冷めた目で見ながら、「お前、もうやめとけ」と忠告した。そのまま赤星が話しだす。
「言ったろ。俺にとって女は雅さんだけなんだ。だから俺は、お前になんか優しくしてやれねえ。これ以上ケガしたくなきゃ、もう諦めろ」
この赤星の言葉に、冴は「ふざけるなっ」と返し、立ち上がって言った。
「アタシたちは、崇高な目的のために命を懸けて戦っている。ケガの一つや二つはどうってことないっ」
「……ちっ、面倒くせえなあ」
「赤星、お前は確かに強いっ。でも、いい気になるなよっ。創世会にはまだまだ強い霊能者がいる。その者たちがきっとアタシたちの代わりに……」
冴が喋り続ける中、赤星がゆっくり右拳を冴の顔の前に突き出す。
「ん? これは何のつも……」
――ドォンッ!!――
赤星は、そのまま冴の額にデコピンを炸裂させた。
「んがぁっ!!」
――バタッ!――
おかしな叫び声を上げ、冴が意識を失う。それに伴い、背後にいた宜保も消え去った。
――フッ――
その瞬間、封印のロープが消える。すると、すぐに赤星の背後に半蔵が現れた。
「おー、半蔵っ」
赤星が振り向いて笑顔を見せる中、半蔵は腕を組んだまま周囲を見渡す。
『……ふむ、派手に暴れたな』
倒れている敵と荒れたスケートリンクを見ると、半蔵は冷静に言った。
「ん、ああ。なんかよー、こいつらが俺の初デートの場所を荒らすから、ちょっとムカついちまってなあ」
頭を掻きながら答える赤星を見て、半蔵が微笑む。
「とりあえず、全員の魂帯を斬っておきたいから、ちょっと頼むわ」
『ああ、任せておけ』
この後、赤星は半蔵と共に敵全ての魂帯を斬り、その後、椿木に連絡した。
それから、隊外構成員が後処理に来るのを待って、スケートリンクを出る。
「あーあ、ドアまで壊しやがって。人の思い出の場所を汚すなんて、ふてえ野郎どもだ。そう思わねえか、半蔵? 絶対あいつらが悪いよなあ?」
『分かった、分かった。そうだな、あいつらが全て悪い。全部悪いぞ。だから、今日はもう帰って休め』
「何だよお、ちゃんと聞いてくれよー」
『はいはい。お前を怒らせたあいつらが全部悪いぞ。お前を怒らすなんて馬鹿な連中だ。本当にな』
「そういうことじゃねえんだよ。ゔ~~~~~っ」
赤星を宥めながら、半蔵は赤星の肩に手を回した。




