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5. 夢幻力と幻宝

『とりあえず、部屋に戻ろうか。裸足じゃ目立つしね』


 話の途中だったが、義経の提案により、イズミと義経は部屋に戻ることにした。

 除霊後の男たちが気になり、帰り際にイズミが声をかけると、男たちは何もなかったかのように立ち上がり、声をかけたイズミに礼を言って帰っていく。憑依された記憶は、すっぽり抜け落ちている様子であった。


「それで……」


 部屋に着くなり、イズミがベッドに腰掛け、すぐに話し始める。


「守護霊っていうのは、一般的に言われているような、あの守護霊だよな?」


『ああ、そうだ。特定の人間と常に一緒にいる霊のことだ。私はその守護霊になりたいと思っている』


 義経は、答えながら床に胡坐(あぐら)をかいて座った。


「ちょっと待て。守護霊って、そういうふうになるものなのか? もともと人間の一人一人が持っているような存在じゃないのか?」


『そういう説が現世にあるのは知っているけど、実際は守護霊がもともと憑いている人間などいないよ。守護霊は、人や霊の意思によって人間に憑くものだから』


 イズミが少し首を傾げる。

 義経は、そんなイズミに人が守護霊を持つ方法を説明し始めた。

 義経によれば、その方法は二通りある。

 一つは先ほど走りながら義経が説明した“召喚”で、これは人間が一方的に霊体を呼び出して守護霊にしてしまう方法である。この場合、霊体は意識を失い、ただただ人間に力を与えるだけの傀儡(かいらい)となる。

 もう一つは“降霊”であり、これは人間と霊体両者の合意があって初めて成し得る。この両者の合意というのは珍しいことであるため、降霊は召喚や憑依ほど多く見られないが、この場合は霊体の意識が残る。


「義経が俺に求めているのは降霊だな?」


 義経の説明を聞いて、イズミが言った。


『そうだ。私は君と降霊の契りを結びたいと思っている』


 ここでイズミは一呼吸置き、目にかかった前髪をかきあげた。イズミの透き通るような黒髪は、かきあげてもすぐにまたパラパラと目にかかる。


「俺はさ、お前にずっと恩返しがしたいと思ってた。だから、その機会を貰えるなら有難く思う。でも、いったいどうして守護霊に?」


 このイズミの言葉には、イズミの義理堅さがよく出ていた。

 それが分かってか、義経が微笑みながら答える。


『実は今、霊界と現世の双方において、困ったことが起きていてね』


「困ったこと?」


『イズミ、例えば君は、亡くなった母親にもう一度会えるとしたら、会いたいかい?』


「……そりゃあ、会いたいさ。とても会いたい。でも、そんなことはあり得ないじゃないか……」


 イズミは迷うことなく答え、そして少しだけ、切なそうな表情を見せた。

 イズミの過去を知っている義経は、そんなイズミを(おもんぱか)りながら、質問を続ける。


『じゃあ、それができるとしたら?』


「え!?」


『もし、この世とあの世を繋げられる力があったら、君は使うかい?』


 義経は、質問と同時にイズミの瞳をじっと見つめた。


「……そんなこと」


 予想だにしなかった質問に、イズミが戸惑う。しかし、少し考えると、すぐに返事を返した。


「……使わないな。母さんには会いたいけど、俺はきっと使わない」


 義経が、この答えに目を見開く。


『それは、どうしてだい?』


「大切な人を失ったことがある人間なら、もう一度会いたいという願いは必ず持っているものだ。そんな力が存在したら奪い合いになる。争いが起こる。だからこそ、俺なら力を使わずに封印する」


 イズミは、澄んだ目でそう述べた。


『……いい答えだ』


 理由を聞いた義経が、とてもいい笑みを浮かべる。

 イズミは、「そう……なのか? でも、どうしてそんなことを訊くんだ?」と首を傾げた。


『霊界の伝承によるとね、“二つの世界を繋げる力”というものが現世に封印されているんだ。その力を得た者は、生者の世界と死者の世界を自由に繋げたり切り離したりできるらしい』


「え!? 本当にある力ってことかっ?」


 イズミが再度大きい声で驚く。


『まさに夢や幻のような力だから“夢幻力”って呼ばれているけど、お(とぎ)(ばなし)を聞いているみたいだろ?』


「……ああ、そうだな。何というか、言葉が出てこない」


『だよね。実際、この力が封印されている現世の“何か”は、お伽話に出てくるお宝みたいだから、幻の宝・幻宝(げんぽう)と呼ばれているんだ』


 義経と小さい頃から接触があったイズミは、霊や霊界の存在までは、あまり抵抗なく受け入れることができた。しかし、この話は予想を超えたものであったため、受け入れるのに時間がかかる。

 言葉が少なくなったイズミに対して、義経は話を続けた。


『夢幻力も幻宝もね、少し前までは、ただの伝説だと思われていたんだ。しかし、現世に転移してしまう霊体がここ数十年で異常に増加したことから、これは漏れ出した夢幻力によるものなんじゃないかと霊界の古株たちが言い始めた。本当に幻宝があるんじゃないかってね』


「……そんな。本当にそうなら、まずいんじゃないのか?」


『ああ。そんな力があったら、それを求めて確実に戦争になる。しかも、その結果として誰かが夢幻力を使ったら、二つの世界が繋がる。そうなると、戦争で死んだ者なんかはどうすると思う?』


「この世に帰ってきて、それから…………!!」


 イズミが、話している途中であることに気づき、動揺で青ざめる。


『気づいたようだね。そう、彼らはきっと自分を殺した連中を殺そうとする。それで誰かが殺されたら、またそいつらは、自分を殺した連中を殺しに行くだろう。要するに、魂が消滅するまで殺し合いを繰り返すのさ』


「……恐ろしい世界だな」


『それだけじゃない。そもそも人は大切な人たちとの別れがあるから、死にたくないと切に願う。もし死が別れにならなくなったら、人は今よりずっと簡単に死を選んでしまうようになると思わないか?』


「自殺……か。そう……かもしれないな」


『私は、絶対にそんな世界にしてはいけないと思う。尊い命を燃やしていいのは、本当に……』


 ここで義経の言葉が少し止まり、その瞳にふと悲しみの色が混じる。


『本当に、愛と覚悟があるときだけだ……』


 義経は少しだけ視線を落とし、切なそうな表情を見せた。何かを思い出しているかのようだったが、またすぐに視線を上げて話を続ける。


『大体、両世界が一つになったら、衝撃で天変地異のようなことだって起こり得る。それに霊界中の悪霊がここぞとばかりに人間に憑依をし始めるだろう。そうなったら、現世は混沌と化す』


「あの無差別殺傷事件の犯人のような者が、そこら中に現れ始めるってことか?」


 イズミが深刻な表情で訊くと、義経も深刻な表情で「ああ」と答える。


「そんな……」


『事態の深刻さが分かってもらえたかい? だから幻宝が存在するのなら、夢幻力が解放される前に見つけ出し、確保しなければならないんだ』


「……そうだな。絶対にそうしなければいけないと思う。でも……その話と義経が俺の守護霊になることとは、どんな関係があるんだ?」


 イズミは、話の原点に立ち戻り、守護霊になる意味をもう一度訊いた。


『そこなんだが、前置きが長くなってすまないが、もう少しだけ前置きに付き合ってくれ。まず、幻宝は現世の日本にあるといわれている』


「そうなのか!?」


『ああ。詳しい場所までは分からないけどね。そのため、幻宝を探す特使として、日本人の霊体の中で私に白羽の矢が立ったんだが、ここで予想外の問題が起きた』


「問題?」


『幻宝については現世でも霊界でも一部の者しか知らない話のはずだったんだが、召喚者や降霊者など、世界中の霊能者のあいだでこの話が(ささや)かれるようになったんだ』


「……その話を流している者がいるということか?」


『恐らくね。そして、その話が広まるにつれて、来日する外国人霊能者も増加した。そもそも幻宝は、強い魂力(こんりょく)、つまり強い魂を持つ人間にしか封印が解けないといわれているからね。霊体の魂力と自分の魂力、つまり二人分の魂力を持つ召喚者や降霊者たちが、自分なら幻宝の封印が解けると考えてもおかしくない』


「強い魂を持つ人間だけが封印を解ける……か」


『日本人の霊能者、特に召喚者の数もここ数年でかなり増えているが、これも幻宝の封印を解いて夢幻力を手にしようという連中の仕業なんじゃないかな。個人での勝手な召喚は、政府の特定の組織によって取り締まられているはずなんだが、連中は何をしていることやら』


「日本にそんな組織があるのか? 聞いたこともないが」


『あるよ。彼らは霊界の上層部と密約を結んで、明治の時代から活動している。しかし、これだけ召喚者が増えたということは、彼らが上手く機能してないということだろう。外国からの召喚者を含め、今や国内にいる召喚者の数は世界一だ』


「要するに、それだけ多くの者が幻宝を追い始めたということなんだな?」


『ああ、だから必然的に私が現世で戦うことも増えた。私は、とにかく彼らが封印を解く前に、幻宝を見つけて確保しなければならないからね。しかし、ただの霊体のままでは限界があるんだ」


「限界? さっき、顕現すると負荷がかかるとかって言ってたけど、その関係か?」


『そうだ。単なる霊体のままではね、短時間しか現世で顕現できないんだよ。顕現は魂力を大きく消耗していくからね。ゆっくり話す程度なら、それでも消耗が少ないから二、三時間かそこらは持つが、戦いのように消耗が大きい場合、数十分と持たない。大技を出そうものなら一瞬で顕現が解け、思念だけの存在になってしまう』


 イズミが「そういうことか」と腕を組んで呟く。


『これが霊体と霊体の戦いならいい。条件は同じだからね。しかし、敵が守護霊となると話が変わってくるんだ。守護霊は、宿主に近接している限り、顕現による魂力の消耗がほとんどないからね。その分、霊体のままでいるときよりも、ずっと長く戦っていられるんだ』


「そうなると、守護霊になっていないお前はかなり不利になるな」


『ああ。特にヨーロッパや中国など、歴史が長い国の霊能者が連れてくる守護霊には、勝てないかもしれない。歴史が長ければ長いほど英雄と呼ばれた者たちが多く、彼らが守護霊になった場合、その力も途轍もないからね』


「そんな連中も日本に集まってきているということか?」


『今はまださほど強い者は入ってきていないが、いずれやってくるだろうね。だから、君の力を借りようと考えたんだ』


「守護霊になりたいと言ったのは、そういうことか」


『そうだ。ただ守護霊同士の戦いは、単なる霊体同士の戦いとは違う。宿主を介した戦いだ。そのため、宿主同士の肉弾戦が戦いの主となる。それだけに、君は私を守護霊にしたら危険な目にもあうだろう。それでも私は……』


 義経の中の申し訳ないという気持ちが、義経の言葉をつまらせる。


「……それでも、俺に宿主になってほしいということだな」


『ああ』


 イズミは、ここで顎に手を当て、少し黙った。義経も口を閉じイズミの反応を待つ。


「俺はお前に命を救われているんだ。断る理由なんて絶対にないが……」


 イズミは、そう言いかけてまた黙った。そして、先ほどより少し長く考えてから義経に切り出す。


「義経、一つだけ根本的なことを訊かせてもらいたいが、いいか?」


 義経は、これに深く頷いてから答えた。


『簡単に決められることではないんだ。何でも訊いてくれ、イズミ』


 物音ひとつしない部屋の中で、イズミの曇りのない瞳が義経を見つめる。


「どうして、俺だったんだ?」


 他意のないストレートな言葉、それはイズミにとって至極普通の質問だった。しかし、この言葉は義経の心をそっと撫で、義経の動きを止める。

 義経の脳裏に、「どうして、私だったのですか?」と言って見つめる女性が浮かんだ。着物姿のその女性は、表情がどことなくイズミに似ている。


『……やっぱり似ているな、君は』


 義経は、視線を落として呟いた。


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