71. 水中戦
――ドゴォンッ、ドガァンッ!――
深夜の中学校の校庭に、巫月と聡の衝突音が響き渡る。
戦いは、ずっと巫月の優勢で進んでいた。
「はあっ、はあっ。くそっ」
苛立つ聡が、息を切らしながら巫月に殴りかかる。
――サッ――
巫月は、聡のパンチを躱すと、それに合わせて自身もパンチを放った。いわゆるカウンターパンチである。
「がはぁっ!」
カウンターが成功し、聡が顔を歪ませながら吹っ飛ぶ。
――ドサァッ!――
聡は、そのまま背中から地面に落ちた。これがボクシングの試合であれば、ここでテクニカルノックアウトと判断されそうな勢いである。
「……ふぅぅぅぅっ」
巫月が、深く息を吐きながら拳を下げる。
「……くっ……ちくしょう。まだだっ。まだだぞ、巫月」
巫月が見据えていると、聡はすぐに立ち上がってきた。顔をしかめながら、もう一度構えようとする。
「……もうやめろ、聡っ。ここまでの戦いで分かったろ。力の差は歴然だっ」
「何っ?」
「もういいじゃないか。無駄な戦いをこれ以上する必要はないっ」
巫月は、見切りをつけたかのように言った。
二人の視線が互いの瞳に向けられ、戦いが硬直状態となる。
「……ちっ」
聡は舌打ちをすると、「相変わらずだなあ、巫月」と言って巫月を睨みつけた。
「お前はいつもそうだ。いつも勝ちにこだわらない。学年トップの成績を取っても全く喜ばなかった。万年二位の俺の気持ちも知らずにな。今だって、俺に勝てる喜びより、同情の気持ちのほうが強いんだろ?」
「僕は、そんなつもりじゃな……」
「でもな!!」
聡が巫月の話を遮って叫ぶ。
「俺は勝ちにこだわるぞ! 茜に俺のほうが上だって証明するんだ!」
それは聡の心からの叫びだった。
「……聡」
聡の思いを聞いて、巫月がしばし言葉を失う。しかし、すぐに首を横に振りながら言った。
「茜は……そんなことを望んでないだろ」
「あいつが望もうが望みまいが、俺がそうすると決めたんだ。続きをするぞ、巫月。ここからは、俺の専門領域で戦わせてもらう」
「聡、もうやめろ!」
巫月が聡に手を伸ばそうとする。
「うるさい! 来てくれ、廣之進!!」
聡は、巫月の言葉を無視して、自身の守護霊を呼んだ。
――フオォォンッ――
聡の背後に、競泳水着を着た男が守護霊として現れる。
「バカ野郎」
巫月は、戦闘態勢を取りながら呟いた。
――フオォォォォーン――
『向こうが守護霊を出してきたのなら、こちらも遠慮していられませんな』
危険を察知して、与一も巫月の体から現れ出る。
「爺!」
『坊ちゃん、こうなると一対一などとは言っていられませんぞ』
「うん、分かってるっ」
巫月と与一が話していると、廣之進と呼ばれた守護霊が咒文の詠唱を始めた。
「巫月、こうなってしまったら、遠慮なんかしてたら本当に死んじまうからな。もう説得しようなんて考えずに、俺を本気で倒しに来いよ」
聡が睨みながら言うが、巫月は何も答えようとしない。
巫月が黙っていると、廣之進が咒文を結んだ。
「走れ言霊、発水結界!」
――ブオォォォォーンッ――
その瞬間、与一が戦闘前に張った大型結界の中に、一回り小さい箱型の結界が作られ、巫月と聡を囲む。
「結界!? これはいったい何の結……」
――ドバアァァァァッッッッ!――
巫月が言葉を言い終わる前に、結界の底面から大量の水が溢れ出した。
「水!?」
結界内の水は急激な速さで水かさを増し、あっという間に結界の八割が水で埋まる。もはや水深は10メートルを超え、巫月も聡も水面に浮くかたちとなった。
「さすがの巫月も、ここでは自由に動けないよな?」
そう言うと、聡は嫌な笑みを見せ、廣之進と共に巫月に突撃してきた。
――ザアァァァァァァァァッ!!!!――
そのスピードは、人間の泳ぐ速度を優に超えている。
「まずいっ!! やはり元水泳選手の守護霊だっ。ぐはっ!!」
『うぬっ!』
聡と廣之進が頭から巫月と与一に突っ込み、巫月たちは一瞬水中に沈んだ。
「ぶはっ」
水面から顔を出すと、巫月はすぐに体勢を整える。
「どうだ、立場が逆転した気分は?」
聡が目の前で巫月に語りかけた。
「くっ」
巫月が殴りかかろうとするが、水中で自由に動けない。
対照的に聡は、まさに水を得た魚のごとく、水の中で機敏に動けていた。
――ザパァーンッ、ザプゥーンッ、ザパァァァァーンッ――
水中に潜ったり、水上に跳ねたりしながら、巫月の拳や蹴りを躱していく。
「くらえよっ、巫月!!」
――ドボオォォォォンッ!――
巫月の攻撃を全て避けきると、聡は巫月の腹に重いパンチを繰り出した。
「ぐふうっ!!」
巫月が今日一番の苦痛の表情を見せる。
そんな巫月を見て、聡は笑みを見せた。
「こんなんじゃ終わらないぞ。ほらほらほらほらっ!!」
聡が、そのまま巫月の顔を殴り始める。
『坊ちゃ、ぐっ』
聡と二位一体の動きを見せる廣之進によって、与一も同様の苦痛を受けていた。
「爺、くそっ」
殴られながらも反撃しようとする巫月だったが、やはり水中にいることで動きが遅く、聡には当たらない。
――ドガッ、ドゴッ、ドカッ、ドガッ!!――
巫月のサンドバッグ状態が、そこから長く続いた。
殴られているうちに、巫月の顔が腫れてくる。巫月は、沈まぬよう浮いているのがやっとの状態となっていた。
「あの巫月がこんな情けない姿を見せるとはなあっ。茜にもこの姿を見せてやりたいよ、巫月」
聡が嫌味な表情を見せて笑う。
すると巫月は、小声で何かを言った。
「ん? 何だ? もう降参か?」
はっきり聞こうと、聡が耳を巫月に近づける。
巫月は、少しかすれた声でもう一度同じことを言った。
「……すごいな。泳ぎがうまくなったじゃないか、聡」
「!!」
「それなら……オリンピックにでも出たらどうだ? そしたら……茜もきっと喜ぶぞ……」
巫月のこの言葉に、聡の表情が変わる。
「こいつっ。この期に及んでまだそんな余裕を見せるのか、お前はっ!?」
そんな聡に、巫月は少し腫れた顔で笑みを見せた。
「……いいよ、分かったよ、巫月。ここまできてまだそんな態度を取るなら、もうどうなっても知らないぞ」
聡が憎しみを込めたような口調で話し、巫月から離れる。そして「廣之進、でかいの頼むよ」と指示を出した。
『もともと親友だったんだろう? 本当にいいのか?』
廣之進が訊くと、一瞬動きを止め、目を逸らして答える。
「意識を失うぐらいまでやればいい。そしたら、魂帯を切って終わりだ」
廣之進は「分かった」と言うと、先ほどとは違う咒文を唱え始めた。そして、聡が巫月を見据える中、すぐに結びを口にする。
「走れ言霊、水沈大渦!!」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ、ゴォォォォォォーーーーーッ!――
その瞬間、巫月たちを中心に大渦が発生した。
「俺の勝ちだ、巫月」
聡の呟きとともに、巫月と与一が渦に呑み込まれていく。




