70. 同級生
巫月が凝視する中、男が屋上から校庭に向かって飛び降りる。
――スタッ――
しなやかに着地すると、そのまま巫月に向かって歩きだした。
薄暗い校庭で、男の顔が段々と見えてくる。
「聡!」
男の顔をはっきり認識すると、巫月は男の名を呼んだ。
「久しぶりだな、巫月」
聡と呼ばれた男は、巫月の前で足を止めると、そばかすが見えるほど顔を近づける。
「懐かしいなあ。二年ぶりかあ」
「お前……なぜ……?」
聡が親しげに話す一方で、巫月は動揺して言葉が上手く出てこなかった。
そのため二人の会話は噛み合わないが、それでも聡は話し続ける。
「会えて嬉しいよ、本当に」
言葉とは裏腹に、聡の笑顔は作り笑いにしか見えなかった。
その作り笑いも、巫月が黙っていると段々と消えていく。
「何だよ。久しぶりに会えたんだから笑えよ、巫月」
「っ!!」
聡の冷淡な口調によって、巫月は我に返った。
――ダッ――
与一と共に跳び退って、聡と距離を取る。
「聡っ、ここで何をしているっ? いや、その白いスーツ、お前いつから創世会の一員になったんだっ?」
巫月は、やっと質問するだけの冷静さを取り戻した。
『坊ちゃん、確か彼は高校時代の……』
「うん、京都に住んでた頃の同級生だよ。友達だ」
聡が答える前に、与一が巫月に確認を行う。聡は、その後にゆっくり話しだした。
「驚いたよ、巫月。学校一優秀だったお前が、進学もせずに何をするかと思えば、卒業と同時に音信不通になって。何も言わずに突然いなくなっちゃうんだもんなぁ」
「それは……」
聡の話で、巫月が言葉を詰まらせる。
巫月は、そのまま黙り込んでしまった。
「先生も親も、お前の行方について何も教えてくれないしさあ。でもMISTに入ってたと知って、やっと納得がいったよ。なんせ秘密の機関だもんねー、あそこ。そりゃ、誰にも教えられないよねえ」
聡が、気さくな言葉遣いで話しながらも、鋭い目つきで巫月を睨む。
巫月は、聡の視線から逃げるように目を逸らした。
そんな巫月に、聡はいきなり口調を強める。
「でもさあっ! 俺と茜にぐらい言ってもよかったんじゃないの!? 俺たち三人、あんなに仲良かったじゃん!!」
巫月は、何も言うことなく俯いた。巫月の中に過去の記憶が蘇る。
記憶の中では、巫月、聡、そして茜という女の子が、高校からの帰り道を仲良さそうに歩いていた。巫月と聡のあいだを歩く茜は、巫月を見ながら楽しそうに笑っている。
「あの後、茜がどんだけ泣いたか知ってるのかよっ? 茜がお前のこと好きなの知ってたくせに、何で何も言わなかったんだよ!? 何とか言えよ、巫月!!」
聡は、巫月の胸ぐらを掴んだ。
「……茜は元気にやってるのか?」
聡に責められ、やっと巫月が口を開く。
「ああ。今、俺たちは付き合ってるんだ。あいつ、やっとお前のこと忘れてくれたんだぞっ!」
「……そうか……それならよかった」
巫月は、俯いたまま小さい声で言った。
――ドゴォッ!――
その瞬間、聡が巫月を殴りつける。
「ふざけんなよっ! お前だって茜のこと好きだったくせに! お前、俺が茜のこと好きなの知って身を引いただろ! 余計なことすんなよ!」
聡は声を荒らげて咎め始めた。
「お前はいつもそうだ! 何をしても、カッコつけて俺を勝たせやがって。同情で勝たせてもらっても何も嬉しくないんだよ!!」
どれだけ咎められても、巫月は言い返さない。
「俺は父親の死をきっかけに創世会に入って、守護霊を持った。俺にも霊能力があったらしくてなあ、召喚じゃなく、降霊の契りを結べたんだっ。分かるかっ? お前だけが特別じゃないんだよ! 俺だって強いんだ!」
巫月は、殴られて口元が切れている。そこから滲み出てくる血を手で拭うと、静かに言葉を口に出した。
「……気が済んだか、聡? 気が済んだら、帰ってすぐに創世会を辞めるんだ。そして、茜と幸せに暮らせ」
「……何だと?」
「創世会が今してることは犯罪だ。このままでは、いずれお前は捕まる。そうなる前に創世会を辞めるんだ」
殴られたにもかかわらず、巫月の瞳からは怒りも憎しみも感じられない。そこには、友達を思う優しさだけがあった。
その瞳を見て、聡の怒声が静まる。しかし、鬱積した思いが消えることはなかった。
「……お前は、またそうやって俺と勝負をしないつもりか?」
「僕は、お前と戦う気はない」
巫月と聡の意志が静かにぶつかり合う。
「それなら、俺が一方的にお前を叩きのめすのみだ。俺は、そもそも創世会の一員としてここに来てるからな。創世のためにMISTの隊員は潰す」
「……本気でそんなことに加担するつもりなのか?」
脅すように話す聡に対して、巫月は冷静に訊いた。
「ああ、死んだ父に会いたいんだよ。知ってのとおり、ウチはお前ん家みたいに裕福じゃなかったからな。俺のために、父は毎日遅くまで働いてくれてた。そんな父が突然亡くなれば、もう一度会いたいと思うのは当然だろ?」
「この世とあの世を繋げるなんて馬鹿げてるっ」
巫月が、聡の考えを否定するように片腕を水平に振る。
「家族を失くしたことのないお前には分からないんだよっ! 創世会にいるのはそんな人たちばかりだっ」
「それはっ……。でも、だからってっ」
巫月が言葉に詰まると、ここで与一が念話を使い、巫月に話しかけた。
(坊ちゃん、彼は坊ちゃんの父君や母君に起きたことを知らないのですな?)
(……ああ。あのことは誰にも話してないから)
聡は、巫月と与一が念話をしていることに気づかないまま、大声で話を続ける。
「俺を止めたいなら止めてみせろよ、巫月! 本気で俺と勝負しろ! そうしないと俺は、イズミって霊能者が協力するまで、ずっとMISTを攻撃し続けるぞ!」
聡の言葉に対し、巫月は眉をひそめて黙った。
聡も、巫月を睨みながら黙って返事を待つ。
二人が黙ったことで、夜の静寂が強調された。
「……いいよ、分かった」
巫月が、意を決したように言葉を発する。
「僕は今やMISTの隊員だ。そんなことを見過ごすわけにはいかない。だから勝負してやる」
巫月は、ここで初めて戦う意志を見せた。
「やっとその気になったか」
「こうなったら、もう後戻りはできないからな」
巫月が反対方向を向き、与一と共に歩き始める。ある程度聡と距離を取ると、ゆっくり振り向いた。
「覚悟しろよ、聡」
そう言って、戦闘態勢を取る。
「嬉しいぜ。やっとお前に勝つ日が来た」
巫月に呼応して、聡も戦闘態勢を取った。
二人が構える中、与一が巫月に話しかける。
『坊ちゃん、宜しいのですな?』
「ああ。ただ聡とは一対一で戦いたいから、少しのあいだだけ爺は僕の中に入っててくれるかな?」
『……承知しました。坊ちゃんの不得手な近接戦闘ですので、こちらに利があるとは思えませんが、どうか気張ってくださいませ』
「厳しいこと言うね。でも、ありがとう」
巫月との話を終えると、与一は巫月の体の中に戻った。
「そのまま守護霊と共に攻撃してくればいいものを……。その余裕がいつも鼻につくんだよ、巫月。人をいつも見下して……」
聡が構えを維持しながら言う。
「僕はただ、聡が望むかたちで勝負したかっただけさ。このほうが白黒はっきりつけやすいだろ?」
「そういう態度を見下してるっていうんだよっ!」
「それはお前の被害妄想だろっ」
「うるさいっ、くらえっ!!」
そう叫ぶと、聡は一気に巫月との距離を詰め、飛び膝蹴りを巫月の顔に向けて放った。
――ガッ――
巫月が、両腕をクロスさせて膝蹴りを防ぐ。
「はっ!」
巫月は、そのまま空中にいる聡に向けて、回し蹴りを放った。
――ドゴォーンッ!!――
聡が腕で防御するが、回し蹴りの威力に負けて吹っ飛ぶ。
「くっ」
聡は、空中で体勢を立て直し、片膝をついて着地した。追撃を警戒し、すぐに顔を上げる。
「ん?」
しかし、巫月は追ってきていなかった。聡を見据えて話しかける。
「言い忘れてたけど、イズミさんは三番隊の隊員でね。僕はその三番隊の隊長なんだ」
「それがどうした?」
「責任があるんだよ。隊員を守るためなら、友達にも容赦しないぞっ!」
巫月は雄々しく言い放った。




