外伝 - RAIN CLOUD 後編 (下)
(凛ちゃんっ! どうしよう、このままじゃ凛ちゃんがっ)
隠れて見ていた宗志郎が焦り始める。
(助けを呼びに行こうかっ。いや、ダメだっ。そのあいだに凛ちゃんが殺されちゃう)
――バシィィィィン! バシィィィィン!――
宗志郎が考えているあいだも、凛に対する血原の平手打ちは繰り返されていた。
こんな時に、守護霊である龍馬は全く出現する気配がない。
(僕が助けにいけば……。いや、僕なんか助けに行ったって何の役にも立たないっ)
――バシィィィィン!――
「強情なガキだなあ、早く諦めちまえよっ」
何も言わない凛に対し、血原は更なる苛立ちを見せた。
平手打ちの音がするたびに、宗志郎の焦りが増していく。
(どうしよう、どうしよう、どうしようっ)
――バシィィィィン!――
焦りとともに、段々と宗志郎の鼓動が速くなってきた。
(怖い、逃げたいっ。すごく逃げたいっ。でも、今度逃げたら、今度こそ僕はっ)
宗志郎の中に、哲太をおいて逃げた時の罪悪感と苦しみが蘇る。
(そうだ逃げちゃダメなんだ。やっぱり僕が行くしかっ……。でも、でもっ、僕なんかじゃっ!)
その時、背後にフッと龍馬が現れた。
『凛は、何て言ってたかのう~』
「えっ」
宗志郎が振り返ると、龍馬が顎に片手を当ててぶつぶつ言っている。そのまま龍馬は、腕を組んで空を見上げた。
『確か~、力がある人間は……』
龍馬のこの言葉で、宗志郎が凛の言葉を思い出す。
「あんたバカなの!? 力がある人間は、他の人を守るために力を使わないといけないのよっ。そんなことも分かんないの!?」
凛は、さも当たり前のようにそう言った。そして今、宗志郎を守るために自分だけが苦痛を受けている。
「力がある人間は、他の人を守るために力を使わないといけない……」
宗志郎の口から、思わず凛の言葉が漏れた。
それを聞いた龍馬が『おお、そうだっ。それだ、それ。やっと思い出せたわ』ととぼけた顔で話す。
「力がある人間は……」
――ドクンッ――
もう一度そこまで呟くと、その瞬間、宗志郎の中で何かが変わった。
(そうだ、僕は今、力がある人間なんだっ。その力を今使わないで、いつ使うんだっ!!)
宗志郎の顔つきが変わる。
それを見た龍馬は、密かに口角を上げた。
「……龍馬さん、凛ちゃんを助けに行きます。力を貸してください」
宗志郎が力強く願い出る。そこにいたのは、いつものおどおどした男の子ではなく、静かに闘志を燃やす霊能者だった。
『ああ、構わんよ。お前にはもう、守護霊である儂の戦闘感覚が備わってるはずだしのう。一緒に暴れようか』
「はい!」
宗志郎の返事とともに、二人が並んで歩きだす。
『まずは、あれを片付けんとのう』
そう呟くと、龍馬は懐からピストルを取り出した。歩きながら素早くトリガーを四回引く。
――バンッ、バンッ、バンッ、バァンッ!――
夜の林に、ピストルの音が続けて響き渡った。
『ぐああぁぁぁぁっ!』
『ぎゃあぁぁっ!』
あっという間に、胸を撃ち抜かれた悪霊たちが黒い煙と化していく。
悪霊たちが消え、アメリアが倒れ込むのと同時に、凛も倒れ込んだ。
『んっ』
「何だ!?」
道鏡と血原が同時に宗志郎に目を向ける。
「凛ちゃんを返せ!」
宗志郎は、臆することなく敵二人に向かって言った。
(宗志郎っ。あのバカ、逃げろって言ったのに……)
倒れ込んでいた凛が、腫れた顔を何とか上げて宗志郎を見る。
宗志郎の隣では、すでに龍馬が咒文の詠唱を始めていた。
「こいつ、悪霊どもに狙わせてたガキじゃねえか。守護霊持ちだったのかよっ。だが、そっちから来てくれるなんて好都合だぜ」
『待て、血原っ。そいつの守護霊も英霊だ!』
道鏡が、不用意に近づこうとする血原を止める。
血原は、「ちっ」と舌打ちをすると、一歩引いた。
「……か弱い女の子にこんなことをして。絶対に許さないぞ、お前たち!」
宗志郎が二人を睨みつけて言い放つ。
(……宗志郎)
凛は今までと違う宗志郎に驚きながら、宗志郎を見つめた。
「はっ、許さないだあ? じゃあどうするってんだよ、小僧っ」
血原が鼻で笑った後、見下した顔を見せる。
それに対し、宗志郎は声を上げて叫んだ。
「ぶっとばしてやる! いきますよ、龍馬さん!!」
『存分にやれっ。駆けろ言霊、引力我操!!』
宗志郎の掛け声とともに、龍馬が咒文を結ぶ。すると、龍馬の両手が強く輝きだした。
――バッ!――
龍馬がそのまま両手を突き出し、手のひらを上に向けた状態で指をくいっと動かす。
――ビュオォォォォッッ!――
その瞬間、血原と道鏡が引っ張られるように宗志郎たちのもとに飛んできた。
「なっ、何だぁー!?」
『ぐぬっ』
二人が目の前までくると、隣り合う宗志郎と龍馬が、シンクロしているかのように揃って右拳を振り上げる。
――ゴオォォォォンッ! ガアァァァァンッ!――
宗志郎が血原を、龍馬が道鏡をそれぞれ殴りつけた。
「がへぇっ!」
『んぐうっ』
叫び声を上げて、二人が吹っ飛んでいく。
『まだ終わらんぞお。人と人はもっと繋がらんとなあっ。戻ってこいっ』
龍馬は、またも両方の手のひらを上に向け、指をくいっと動かした。
――キュッ、ビュオォォォォッッ!――
吹っ飛んでいる最中の血原と道鏡が、引っ張られたかのように空中で急停止し、宗志郎たちのもとに高速で戻ってくる。
「んがぁー!」
『ぬううっ』
宗志郎と龍馬は、今度は左拳で血原と道鏡を殴りつけた。
――ゴオォォォォォォンッ!! ガアァァァァァァンッ!――
先ほどより勢いよく血原と道鏡が吹っ飛ぶ。
「ぐはあっ!」
『うぐうっ!』
二人は、同時に体を地面に打ちつけた。
『うぐっ、まずい。一旦逃げるぞ、血原。ああいった咒文は、距離を取れば効力が届かん』
「くっ、分かった」
血原と道鏡が上半身を起こし逃げようとする。
「そうは……いかない……わよ」
『くっ、走れ言霊、氷結重固!』
血原と道鏡が立ち上がった瞬間、傷だらけの凛が声を発し、ふらふらのアメリアが咒文を放った。
――ピキピキピキピキピキピキッ!――
「なにーーーーっ!!」
『いかんっ!!』
血原と道鏡の両足が、纏わりついた小氷塊によって地面に張り付く。
それを見た宗志郎と龍馬は、同時に声を上げた。
「さすが凛ちゃんっ!」
『ここだっ、宗志郎!』
宗志郎と龍馬が、共に両手を高く掲げる。
『悪人どもっ、ぺしゃんこに潰れてしまえいっ!!』
「いっけぇぇぇぇーーーーっ!!」
二人は、そのまま一気に手を振り下ろした。
「ぐああぁぁぁぁーーーーっ!!」
『ぬおぉぉぉぉーーーーっつ!!』
辺りに血原と道鏡の叫び声が響く。
――ドスウゥゥゥゥンッッッッ!!!!――
血原と道鏡は、まるで重力にでも引っ張られたかのように、勢いよく地面にめり込んだ。
「あがっ!」
『ぐふえっ』
血原が白目を剥いて意識を失い、道鏡はゆっくり血原の体に戻り始める。
『逃がさんよっ』
そう言うと、龍馬は腰に差していた刀を抜き、血原と道鏡のあいだの魂帯を一刀両断にした。
――バシュッ!! フアァァァァッ……――
糸が切れた凧のように、道鏡が浮上していく。
『心を綺麗にして、生まれ変わりなさいや』
龍馬は、道鏡を見上げて、説教するように呟いた。
道鏡が、やがて青白い霧となり散失する。それと同時に、辺りに静けさが戻った。
「凛ちゃんっ!!」
道鏡の散失を見届けると、すぐに宗志郎が凛のもとに駆けつける。
「大丈夫、凛ちゃんっっ? 立てるっっ?」
宗志郎は心配そうな顔で凛を見つめ、右手を差し出した。
そんな宗志郎を見て、凛の顔がポーっと赤くなる。
「どうしたの凛ちゃんっ? 体が痛むっ?」
宗志郎が再度声をかけると、凛はハッとして、すぐに厳しい表情に戻った。
「じっ、自分で立てるわよっ」
凛が、宗志郎の手を振り払って立ち上がり、いつもの憎まれ口を叩く。
「大体、逃げろって言ったのに何で戻ってくるのよっ? 助けなんかなくたって、アタシ一人で倒せたんだからね」
「……うん、そうかもしれないね。でも、僕は凛ちゃんのおかげで自分の成すべきことが分かったんだ。何より、凛ちゃんを守りたいって思ったから……」
宗志郎は、しんみりと俯いて言った。
凛が「まったく、私を守ろうなんて10年早いわよ」と言って、宗志郎に背中を向ける。
「……でも、ありがと」
凛は、宗志郎に背中を向けたまま呟いた。
「う、うんっ!」
宗志郎が顔を上げて、いい笑顔を見せる。
いつのまにか宗志郎の背後にいた龍馬は、そんな宗志郎の頭を撫でた。
『よく頑張ったのう』
実際のところ、龍馬は霊体であるから、宗志郎のサラサラの黒髪に触れてはいないが、宗志郎は嬉しそうに照れ笑いをする。
「へへっ。ありがとう、龍馬さん」
凛とアメリアは、互いに目を合わせてから、そんな二人を見て微笑んだ。
戦い疲れた皆のもとに、夜風がそっと海の香りを運んでくる。
この後、凛が父親を携帯電話で呼び、事情を説明した。少し叱られたようだったが、すぐに抱きしめられていた。父親が宗志郎に礼を言うと、宗志郎は恐縮しながら笑った。
後処理は全て凛の父親が引き受け、血原が専門機関を介して警察に引き渡される。
こうして、海辺の街を襲った奇怪な悪霊事件は、二人の子供によって解決に導かれた。
水平線から太陽が昇り、新しい一日が始まる。
「じゃあ、また何かあったらアタシを呼びなさい。いつでも力になってあげるから」
凛は父親の仕事の都合で、翌朝すぐに出発することになった。見送りに来た宗志郎と、海辺で朝日を浴びながら話している。
「うん。でも、できたら今度は、一人で解決できるように頑張ってみるよ」
「へえ、成長したじゃない」
「そ、そうかな。いつか、僕のほうが凛ちゃんを助けられるようになったらいいなーなんて……」
「何言ってんのよ、弱虫宗志郎のくせにぃー」
二人はここにきて、初めて笑顔で笑い合った。
「……じゃあね」
「……うん」
最後に握手を交わし、宗志郎が凛と別れる。
宗志郎は、その足で哲太が入院している病院へ向かった。罪悪感でずっと哲太の見舞いに行けなかったが、事件を解決したことで、やっと決心がついたのだ。
「哲っちゃん、あの時はごめんね。今度ああいうことが起きたら、僕が必ず哲っちゃんを守るから」
控えめながらも自信に満ち溢れている宗志郎を見て、哲太が目を丸くする。
「宗志郎、お前、なんか変わった?」
「……うん。哲っちゃんと、ある人のおかげで変われたんだ」
「ある人って?」
「ああ、その話はまた今度ね」
「も~、お前はすぐそうやって秘密にすんだから~~~~」
「はははっ、ごめんごめん」
病室に親友二人の笑い声が響き渡った。
(ありがとう、凛ちゃん。いつか本当に、僕が凛ちゃんを助けられるようになるからね)
これから九年後、宗志郎はイズミと出会うこととなる。




