外伝 - RAIN CLOUD 中編 (下)
凛と出会った日の翌日、土曜日で学校が休みだった宗志郎は、朝から凛が宿泊している旅館にいた。父親が出かけた後の凛の部屋で、正座をして凛の話を聞いている。
「少なくとも、幽霊と悪霊の違いは分かってるようね」
「まあ、そのへんは龍馬さんに教えてもらったから、ちょっとは……。へへっ」
浴衣姿の凛が腕を組んで宗志郎の前に立つと、宗志郎は正座をしたまま頭を掻いた。
「何テレてんの? 全く褒めてないから」
「そっ、そうだよね。ごめん」
宗志郎が真顔に戻る。
そんな宗志郎を見て、凛は大きく溜息をついた。
「まったく、話を戻すわよ。まず幽霊については、一か所に何体もいることは珍しくないの。大勢の人が亡くなった場所ではけっこうよくあることだから」
「ここでは昔、大きな戦があったらしいから、それでここには幽霊が多いんだよね?」
「そういうこと。でも、悪霊っていうのは、霊界から迷い出たような存在だから、一か所に集まるなんてことはないはずなのよ。たまたま現れた霊界からの出口が、偶然一か所に集中するなんてありえないもの」
「そ、そうか」
「ということはよ、一旦この世のどこかに迷い出た悪霊を、意図的にここに集めている何者かがいるってこと」
凛が話しながら、ぺしゃんと座り込んであぐらをかく。
宗志郎は、「なるほど」と言いながら顎に片手を当てた。
「そして、そんなことができるのは霊能者、またはその守護霊しかいない。だから私たちは、そいつを捕まえればいいってわけ。そしたら私たちの大手柄よ、ふふっ」
凛が悪人のような笑みを見せる。
『おお~、なるほどのう。確かにそうだのう、お嬢ちゃん。そこまで考えられるとは、こいつとはえらい違いだ』
『鋭い読みね、凛。その悪い笑みはどうかと思うけど……』
凛の説明を聞いて、龍馬とアメリアが姿を現し、感心した表情を見せた。
「でも、その犯人がどこにいるか分からないんじゃ、どうしようもない気が……」
いい雰囲気となったところで、宗志郎がネガティブ発言をする。
「そんなの、悪霊をとっ捕まえて吐かせればいいのよ」
「えっ!?」
悪霊を捕まえるという発想は、宗志郎にとってあまりにも突飛であったため、宗志郎は目を丸くした。
『しかしなあ、その悪霊も神出鬼没だからのう』
『そうねえ、せめて大体の時間や場所さえ分かれば、それもできるんだけど』
このアイデアは、龍馬やアメリアにとっては常識の範囲内であったらしく、二人は冷静に話し合っている。
「だからあ、そのための囮がここにいるじゃないの。ねえ、宗志郎?」
凛が悪い顔をしながら言うと、全員の視線が一気に宗志郎のほうに向けられた。
『おぉ~~~~っ』
『なるほどおっ』
龍馬とアメリアが、すぐに凛の意図を理解し感心する。
「ちょっ、ちょっと待って。なんか……すごく嫌な予感が……。それって、もしかして~」
宗志郎も何となく凛の意図を理解したが、できたらそれを否定してほしく、念のため凛に訊いた。
「そうよ、あなたが囮になるのっ。あなたは何度もこの街で悪霊を目撃してる。もし悪者霊能者が何かを企んでるんだとしたら、そんなあなたをほっておくわけがない。絶対に悪霊を使ってあなたを探してるはずよっ」
「そんなぁ~~~~」
「おびき寄せる場所は、そうねえ、昨日の公園でいいわ。分かったらさっさと行きなさい。私も着替えたら、すぐに出てって公園で待機してるから」
「えっ、いっ、今から!?」
「さっさと行けっ、弱虫宗志郎っ!!」
「はいっ!!」
宗志郎は、上官に命令された兵隊のようにきりっとし、慌てて部屋を飛び出していった。
龍馬も、宗志郎を追いかけてすーっと部屋を出ていく。
『何だかんだ言って、結構あの男の子を信頼してるのね。悪霊を誘い込むって簡単じゃないわよ、凛』
二人が出ていった後の部屋で、アメリアが微笑んで凛に話しかけた。
「べっ、べつに信頼してるとかじゃないわよ。あいつのことよく知らないし。でも……あいつの潜在能力みたいのが、なんか気になるのよね。大きい魂力をひしひしと感じるのよ」
『確かに、あの龍馬さんも、のらりくらりしているようで只者じゃないわよ。かなりの英霊ね』
「やっぱり」
それから二時間もしないうちに、宗志郎と龍馬は街中で兵隊の悪霊を見つけた。
二人は建物の陰に潜んで悪霊の様子を見ている。
(それにしても無理を言うなあ~、凛ちゃんは。いったいどうやっておびき出したらいんだろう……)
宗志郎が思いあぐねていると、突然龍馬が建物の陰から出ていって、堂々と叫んだ。
『おーい、こっちだ、こっちっ。ここにお前が探している子供がいるぞー、悪霊』
「なっ!?」
宗志郎が驚いていると、悪霊がすぐにこちらに気づき、勢いよく向かってくる。
「何をやってるんですか、龍馬さん!!」
『わははははははっ、上手くいったからいいじゃないか。ほれ、早く走らないと追いつかれるぞっ』
「もう~~~~っ!!」
結果的に、悪霊は二人をずっと追いかけてきて、あの公園まで来た。
『走れ言霊、火輪拘束』
――ボボボボボボォーッ――
待ち構えていたアメリアが咒文を発すると、悪霊の首、腹、足を取り囲むように三つの火の輪が出現する。これによって、悪霊は身動きがとれなくなった。
「さて悪霊さん、あなたのボスは誰かしら?」
凛が、ゆっくり悪霊のもとに歩きながら訊く。
『お……俺は……何も話さない……知らない』
悪霊は、凛を睨みつけながら答えた。
「ふうん、じゃあこのまま魂まで焼かれていいのかしら?」
凛の質問と同時に、火の輪の火力が増していく。
『うがっ……あ……熱い……熱いぃぃぃぃ』
「ほらっ、さっさと言いなさいっ」
凛は、悪霊を指さすと、命令口調で言った。
『分かっ……分かった……俺は……ただ道鏡さんの命令をきいていただけだ……そしたら除霊されないように守ってくれるって』
「道鏡、それはきっと悪者の守護霊ね。で、その宿主の人間はどこにいるの?」
『山……山の中の白い建物……岬の近く……』
悪霊の言葉で、宗志郎の中に一軒の建物が思い浮かぶ。
「あ、あるよっ。岬に行く山道から少し入った所に、白い別荘風の建物があるよ、凛ちゃんっ」
――ニヤリ――
宗志郎の話を聞くと、凛は口角を上げた。そして悪霊を指差している手を一旦広げ、五本の指をぴんと伸ばす。
「でかした、宗志郎」
言葉と同時に、凛は開いた手をぐっと握った。
――ブシャアァァァァーッ――
手の動きと連動するように火の輪がしまり、悪霊を燃やし潰す。
「ひいぃぃぃぃ」
宗志郎が叫ぶ中、悪霊はあっという間に黒い煙となった。
「うっさい。黙れ、弱虫っ」
「っ……」
凛の言葉で、宗志郎が両手で口を押える。
「さて、これで犯人の居場所が分かったわね。早速今夜、乗り込むわよっ!!」
凛は自信満々の顔で、拳を顔の前に上げた。




