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67. 予感

 夏の月夜、帝霧館の屋根の上に立って、義経が何やら考え事をしている。


(やはりだ。何度行っても、あの凄まじい魂力の発信源に辿り着けない。イズミの中に存在しているのは確かなんだが。何らかの結界でも張られているのか……?)


 義経は、両手を袖に入れ、時折ぶつぶつと考えを口に出していた。


「本体が霊界にいて、魂力だけが漏れ出しているということも考えられるな……」


 義経の頭の中で、数十もの可能性が巡る。


――サァァァァッ……――


 そんな時、夜風が義経の髪をなびかせた。


「……ふむ、気持ちがいい」


 義経が、目を閉じて風に身を任せる。


(これだけ熟思を繰り返して分からないのなら、これ以上考えるのは無駄というものか)


 心地良い風が、義経を思考の波から解放した。


「それより今は、他の器たちの動向に目を向けるべきだな。幻宝を巡る戦いが、これから……いや……もう始まっているのかもしれないんだから)


 義経が、危機感を露わにしながら夜空の月を見つめる。

 (かん)(じゃく)な月は何も教えてくれないが、義経の憶測は当たっていた。王の器同士の戦いは、もう始まっていたのである。

 世界一の情報収集力を持つ大国アメリカ、その国防総省に属する霊的異常解決局SAROは、すでにその情報を得ていた。


「おはようっ、レオン! んっ、どうした? SAROの英雄が、いつにも増して神妙な顔をしてるじゃないか? そのスキンヘッドを壁にでもぶつけたか? あっはははははっ!」


 国防総省の本庁舎、いわゆるペンタゴンの一室で、爽快に笑う日本人の声が響き渡る。


「冗談だよ、冗談っ。しかし笑うことは体にいいんだぞ、レオン。お前はもっと笑うべきだ」


 このスパイキーヘアの日本人は、黒人男性の肩を叩き、流暢な英語で話した。30代半ばぐらいの年齢であろうが、体格のいいアメリカ人に負けず劣らずがっしりとした体をしている。


「朝から元気だな。そんなことより、王の器の戦いが始まったぞ。すでにオーストラリアの器が中国の器に潰された」


 無愛想に答えたのはSAROのエージェント、レオン・キングである。


「へえ、さすがアメリカの情報収集力はすごいなあー。中国の王の器っていうと、確か殺し屋とか言われている奴だったよな? 違ったか?」


「そいつだ、EJ。チャイニーズマフィアや中国政府から依頼を受けて、何件もの殺しをしているらしい。だが、まだ謎が多く、男か女かも分からん状態だ」


 EJと呼ばれた日本人の男は、「殺し屋が王の器とはなあ、怖いことだ」とあまり怖がっていない様子で言った。


「奴が動いているのが、中国政府からの依頼でなのか、マフィアからの依頼でなのかは分からん。しかし、幻宝がらみなのは間違いないだろう」


「ふむ。で、米国はどうするんだ? お前を使って幻宝の争奪戦に参加するのか?」


「俺自身は夢幻力なんぞに興味ないがな。それを使って世界情勢を大きく変えようとする輩がいるなら、やはり米国としては動かんわけにはいかんだろう」


 レオンがスキンヘッドを撫でる。


「そうなると、お前が出ていくしかないってことか」


「そうなるだろうな。いくらアメリカといえど、俺を含めて王の器は二人しかいないんだから」


 世界で12人確認されたという王の器、このレオンもその一人であった。


「アッシュのほうは、どうなんだ? 相変わらず国のために働くつもりはないのか?」


「ああ。お前もあいつの性格はよく知ってるだろう。あいつは生来の自由人だからな。一応、王の器同士の戦いが始まるだろうことを伝えたが、“どうせ誰も俺には勝てねーよ”と一蹴された」


 これを聞いて、EJは「あっははははっ、あの自信家らしいなあー」とまたも爽快に笑う。


「MISTにも王の器が入ったらしいが、彼のほうは大丈夫なのか? 王の器である限り、これから狙われるぞ。そもそも幻宝は日本にあるといわれているんだから、日本が戦場になるのは間違いない。一番隊隊長であるお前がこちらに来ていたら、いざというときに戦力不足に陥るぞ」


 MISTにおける最上隊、一番隊。EJと呼ばれた男は、その一番隊の隊長、(なぎ)(さわ)(えい)()であった。SAROとの連携を高めるため、ミストの代表としてここに長期派遣されているのである。

 EIJIという名前はアメリカ人には発音しにくいらしく、そのためEとJだけとってEJと呼ばれるようになった。


「しょうがないさ。私は私で、今はPHANTOMを追わなきゃならないからな。それに、あいつらなら大丈夫だ。二番隊の隊員も三番隊の隊員もすごいんだぞ。ウチに入った王の器なんか、一度も負けたことのない天才的な霊能者だと聞いている。彼らがいれば、私なんかいなくても安心さあ」


「……お前は本当に楽天家だな。よくそれで一番隊のトップが務めていられるものだ」


「あはははっ。私もそう思うよ」


 栄慈が頭を掻きながら笑う。


「ふっ。まあ、それほど他の隊員が優秀ということか……」


 レオンはあまり笑顔を見せないのだが、この時は笑みを見せた。英雄と呼ばれる男の笑みは、渋く深みがある。


「そういうことだ。あいつらに任せておけば、日本はきっと大丈夫さ」


 朝日が当たるペンタゴンの窓から、栄慈が日本に思いを馳せた。


(みんななら大丈夫だ。頑張れよ!)


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