66. 勉強
「あれだけ動き回って、しかも強力な結界を何度も張ってるんだから、椿木さんだってかなり魂力を消耗してますよねっ?」
アメリアが咒文を唱える中、凛が椿木に率直に訊く。
すると、椿木は「そうだな、けっこう消耗してしまってるよ」と正直に答えた。
「だったら、このまま試合を続ければ、いずれは結界が張れなくなりますよね? そうなったら私にも勝つチャンスが出てくるはずですっ。だからアタシはまだ終わりませんっ。っていうか、まだ私は負けてない!!」
その言葉を聞いた椿木は、口元を緩めながら、やれやれというような表情を見せる。それからまた、手のひらを上に向けたまま右手を差し出し、四本の指をクイクイっと動かした。
「絶対にその余裕を消してやるんだからっ! アメリア、やってっ!!」
凛の掛け声がフィールドに響き渡る。
その掛け声とともに、アメリアは唱えていた咒文を結んだ。
――ボボボボボボボボボボォッ! ピキピキピキピキピキッ!――
最初にこの咒文を唱えた時と同じように、アメリアの右手の先に火の球の大群が出現し、左手の先に氷の球の大群が出現する。
それを見た椿木は、ゆっくり戦闘態勢を取った。
「しょうがない。あの負けず嫌いに、引き際の重要性を教えてやるか。空海さん、あれをお願い。だいぶ魂力も減ってきてるし」
『そう言うと思って、準備は終わらせておいた』
椿木が要求すると、空海が笑みを見せて咒文を結ぶ。
『駆けろ言霊、反転吸力』
――ブオォォォォォンッ――
咒文の発動とともに、表面に文様の入った結界が椿木たちを包んだ。
(いきなり結界? 何でいきなり防御に入るの!?)
椿木の初手が防御だったことを、凛は疑問に思う。しかし、警戒心より闘争心のほうが強かった。
「まぁ、いいわ。どんなに強い結界だろうと、それを上回るダメージを与えれば壊せるはずっ。アメリア、集中攻撃!!」
考えるのをやめた凛が、準備万端のアメリアに指示を出す。
『了解っ。はあっ!!』
――ドドドドドドドドドッ!!――
すると、数百の火の球と氷の球が一斉に椿木たちに向かった。
「壊れろーーーーっ!!!!」
攻撃が当たる瞬間、凛が叫ぶ。しかし、この叫び声は、すぐに驚きの声となった。
「えっ!!」
――ギューンッ、ギュギューンッ、ギューンッ、ギューンッ、ギュギューンッ――
結界に当たった瞬間、火の球も氷の球も勢いを失い、単なる青白い光となって結界内に取り込まれていく。そして、そのまま椿木と空海の体に吸い込まれた。
「義経、あれはっ? あの青白い光は魂力の光だよなっ?」
イズミが初めて見る結界の作用に驚き、すぐさま義経に訊く。
『ああ、そうだよ。あの結界は、火や氷のように、咒文によって魂力から生み出されたものを魂力に戻してしまうのさ。あの結界のタチが悪いところは、それを結界術者の魂力として奪ってしまうところだ』
「……ってことは」
『ああ、相手が攻撃すればするほど、結界術者が元気になっていく』
イズミは驚いた表情のまま、戦っている二人に目を向けた。
驚いているのは凛も一緒で、口を開けたまま立ち尽くしている。
(……なにあの結界?)
そんな凛に、椿木は心地よさそうな顔で話しかけた。
「ふむ。おかげでだいぶ魂力が戻ったぞ、凛」
「っ!」
凛は、この言葉で結界の作用を大まかに理解する。
(そういうことか。でも、こんな結界があるなんて……)
「さて、引き際を誤ったことで、自身の魂力が更に減少してしまったな。しかも、敵の魂力を回復させてしまったわけだが、どうする凛? これでも、まだ負けを認められないか?」
返事を待つ椿木が凛を見つめるが、凛は言葉が出てこない。
ここで口を開いたのは、凛の守護霊であるアメリアだった。
『凛、体術でも咒文でもまだこの人には敵わない。だから、今日のところは諦めましょう。今日勝てなくても、次に勝てればいい』
凛もそれは分かっているが、プライドが邪魔をして“負けた”という言葉が出てこない。
「いや、でもまだ……」
――ブオンッ――
凛が試合続行を口にしかけたところで、突然、凛の周りだけを球形の結界が囲む。
「なっ、何これ!?」
驚いた凛が結界を見回していると、目の前に椿木が歩いてきた。
結界の中を覗き込み、諭すように言う。
「凛、お前は本当に成長した。しかし素直に負けを認められるようにならないと、本当にいつか取り返しのつかないことになってしまうぞ」
「だっ、だって……」
凛に言い訳する間を与えることなく、続けざまに空海が「ほいっ」と何かの咒文を結んだ。
すると、凛を閉じ込めた結界の中に、急激に水が溜まり始める。
「えっ、えっ、えーっ!?」
『凛!!』
アメリアは驚いて、困惑する凛に手を伸ばそうとした。しかし、空海が目配せで手を出さないように告げる。
『おー。あれ、空海のおっさんに昔やられたなー』
凛が「出してーっ」と結界を叩く中、コートの外から見ている義経が懐かしそうに呟いた。
「参った、凛?」
椿木がニコニコしながら、凛に訊く。
「ごぼごぼっ。ごべんだざい、ぶぁいったぁ~~~~っ」
何を言ってるのかはっきりとは分からなかったが、凛がそう叫んだ頃には、すでに結界の中に水が一杯になっていた。
――パリィーーーーンッ――
凛の言葉を受け、空海が結界を解くと、中の水がビシャーっとこぼれ出す。
「ぷはーーーーっ、死ぬかと思ったーーーーっ」
凛は、そのままテニスコートに大の字に寝転んだ。
「大丈夫か、凛?」
「げほっ。水はかなり飲んじゃいましたが、何とか……」
凛を見下ろす椿木に対し、凛が咳き込みながら答える。
椿木は「そうか」と言うと、寝転んだままの凛に話し始めた。
「凛、お前は私に憧れていると言ったな?」
「……はい、言いました」
「では、憧れの存在というものは何のためにいると思う?」
凛が「えっと……」と言って返答に困る。
椿木は、返答を待たずに話を続けた。
「超えるためにいるんだよ」
「超えるため?」
「ああ。だから、いつか私を超えてくれ、凛」
「……椿木さん」
椿木の優しい笑みに、凛が母親のような慈愛を感じる。
「そのためには負けることも大切だ。しっかり負けを認めて、そこからまた学んでいくんだぞ」
そう言うと、椿木は凛に手を差し伸べた。
凛が、椿木の手を見つめる。
「…………うぅ~っ」
声を詰まらせた凛の目に、涙が浮かんだ。
「私は、お前ならできると思っているよ」
凛が椿木に「……はい」と答えながら、手で涙を拭う。
――ギュッ――
それから、差し出された椿木の手を強く掴んだ。
――パチパチパチ、パチパチパチ――
周りで観戦していた者たちから、善戦した凛に拍手が起こり始める。
「結局負けると泣くのね、あんたは」
遠くから見ていた桜も、そう呟いて拍手を送った。
イズミと義経も、話しながら凛に拍手を送っている。
「いい試合だったな、義経」
『ああ、椿木ちゃん相手によく頑張ったと思う』
「ところで、お前はあの結界に閉じ込められた時、どうしたんだ? やっぱり水責めにあって謝ったのか?」
イズミが質問すると、義経はしかめっ面をして「何を言ってるんだ、君は?」と答えた。
「えっ、じゃあ、どうしたんだ?」
『私を誰だと思ってるんだい? 無理やりぶち破ったに決まってるだろう』
そう言うと、義経は片眉を上げた。
水浴びでもしたくなるような夏の午後、こうして研修恒例の親善試合が終わる。




