64. 結界
夏の陽射しが降り注ぐ帝霧館、その三階の廊下で、赤星は頬杖をついて窓の外を眺めていた。
「どうした赤星、ぼーっと外なんか眺めて?」
そこに、廊下を歩いてきた仁が話しかける。
「あー、いや、お前んとこの凛が椿木さんと親善試合だってよー」
そう言われ、仁が窓から外を見ると、テニスコートの周りに人が集まっていた。
「へー。研修期間を堪能してますなあ、彼女は」
仁は少し眺めただけで、すぐに行こうとする。
赤星が「何だ、見てかねーの?」と訊くと、仁は立ち止まって、肩越しに振り返った。
「凛の実力も、彼女じゃ椿木さんに勝てないのも分かってるからねえ」
「ああ、まーなー」
赤星が納得した様子で答える。
「椿木さんの結界は、そうそう破れないよ。昔、俺たち二人で挑戦してひどい目にあったじゃないか。結局、コウぐらいじゃなかったっけ? あれを無理やりぶち破ったの」
「おー、あったなー、そんなこと」
「要するに、あのレベルにならないと、椿木さんの結界は破れないってことさ。人間にゃ無理だね」
話しながら歩き始めると、仁はそのまま振り向くことなく手を振った
「ふっ。コウは人間じゃねーのかよ」
吹き出すように笑うと、赤星はまたテニスコートに目を向ける。
テニスコートの周囲には、イズミと義経もいた。
『これは面白いものが観られるぞ、イズミ。空海のおっさんが繰り出す結界は、霊界でも屈指のものだ。よく見ておくといい』
お祭り気分の義経が、隣に立つイズミに話す。
するとイズミは、「へー、そうなのか」と興味津々でテニスコートに目を向けた。
六面あるテニスコートの中心では、凛が椿木に物申している。
凛は、さすがに模擬戦ということで、今日は動きやすいパンツスーツ姿である。
「もー、何で親善試合の相手が椿木さんなんですかっ! 桜と戦いたかったのに~っ」
「お前たち二人が戦うと、殺し合いになりかねんからな。いいじゃないか、私が相手になると言ってるんだから。本部長と模擬戦をする機会など、そうないぞ」
「それは、そうですけどおっ。全く勝てる気がしないっ!」
「模擬戦なんだから負けてもいいんだよ、凛。そこから何か得られれば、それで充分さ。そうだ、とりあえずコートの周囲に結界を張っておこうか。凛の戦いは派手だからな」
そう言うと、椿木は空海を呼び出し、結界の設置を頼んだ。
――フアァァァァンッ――
巨大な結界がテニスコートを囲む。
『これぐらいでいいかのう?』
空海が訊くと、椿木は「ええ、充分ですよ」と答えた。
「義経、この結界は?」
見ていたイズミが、腕を組んで観戦している義経に訊く。
『これは、咒文の影響なんかを遮断する結界さ。要するに、火とか風とか現世の存在に物理的に影響を与えるものは、これでほとんど無効化できる』
「そうか。いつも使うような、存在を隠すための結界とは違うわけだ」
この説明の後、義経は「まだまだこんなもんじゃないぞ、あのおっさんの結界は」と付け加え、また凛たちのほうに目を向けた。
「こうなったら、いきなり本気でいきますからね。アタシも前に椿木さんが見た時より成長してますから、油断してるとケガしちゃいますよ!」
凛が忠告すると、椿木は「いいじゃないか、その意気だ」と笑みを見せて構える。
凛は「う~っ、笑顔でいられるのも今のうちだけなんだからっ」と喚くと、そのままの勢いで守護霊を呼んだ。
「出てきて、アメリア!!」
――ブオォォォォォォンッッッッ!!――
その瞬間、青白く光る小型プロペラ機が、凛の背後から浮上するように現れる。その上には、パイロットジャンパーを着た白人女性の霊体が、鷹揚に仁王立ちしていた。
『へえー! 日本人なのに異国の霊体を降霊しているのか! これは珍しいっ』
「いや、それよりもプロペラ機まで顕現させてることが驚きだろっ」
コート周りで目を輝かせる義経を、イズミが窘める。
「いきなりだけど、あれ、やっるよおーっ!!」
戦闘フィールドとなったテニスコートにおいて、凛が大きな掛け声をあげた。
凛の指示を受け、アメリアと呼ばれた霊体が、プロペラ機と共に素早く上空に上昇する。
「いっけーっ!!」
凛が叫んで椿木のほうを指差すと、アメリアは、まるでサーフボードのようにプロペラ機を操りながら、椿木に突進を始めた。
『こりゃいかん』
空海が早口で咒文を唱え始める。
『駆けろ言霊、天物断絶』
空海は、プロペラ機が衝突する直前、ぎりぎりで咒文を結んだ。
――ギャキィィィィンッッ!――
咒文により、小規模だが強力な結界が、椿木と空海の周囲にピラミッド型に形成される。
――ドガァァァァァァンッッッッ!!!!――
プロペラ機は、そこに勢いよく衝突した。けたたましい衝突音とともに、青白い炎を上げて爆発する。
『すごい威力だのう』
この爆発により、いくつもの破片が空中に飛び散った。破片は地面に落ちる前に消え去っていく。
――フッ――
空海が出した小規模の結界も、すぐに消えた。
――ダッ!――
結界が消えた瞬間、破片の雨の中から凛が椿木に向かって飛び出す。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
勇ましい掛け声とともに、凛の素早い連打が椿木を襲った。
――ガガガガガガガガッ――
凛がここぞとばかりに拳を出し続けるが、椿木は、これを全て左手だけでガードしていく。
(クイックネスは上がった……が、パワーがまだ足りないか)
凛の動きを分析しながら、連打をガードし続ける椿木。
「このっ」
椿木が反撃したのは、凛が苛立って、そう言った瞬間だった。
――ガァンッ!――
椿木は、その隙を狙って、空いている右手で凛の首元に手刀打ちを入れた。
――クラッ――
急所への一撃、このたった一撃で、凛がふらつく。
「あっ……あれ……」
急に視点が合わなくなり戸惑う凛。
『凛、しっかりして!』
その時、凛と二位一体の動きをしているアメリアが、凛に声をかけた。
「ぐっ」
凛が、何とか倒れそうになるのを堪らえる。
「……一発でこのザマとは。さすが椿木さん、アタシの憧れの女性ナンバーワン」
凛は、苦痛の表情をしたまま口元を緩めた。そのまま、椿木に問いかける。
「しかもさっき、アタシが肉弾戦を仕掛けるように、結界を早めに解きましたよねっ?」
凛が訊くと、椿木は感心した表情を見せた。
「ほう、気づいていたのか。凛の物理攻撃がどれほど成長したか見たかったんだよ」
「……やっぱり。もうっ、強すぎてムカつく!」
凛がスーツのジャケットを脱ぎ捨て、再度戦闘の構えを取る。




