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56. 研究

『私の名は()(ぐち)。霊界に逝く前は、ちょっとした細菌学者だった男だよ』


 髭面の霊は、先ほど霊界に戻った女性霊体と同様、成仏できない幽体ではなく、霊界から舞い戻った霊体であった。

 野口という霊体は、自己紹介を行うと、完全に女の体から抜け出して話を続ける。


『霊界からいきなり転移した時は驚いたが、ちょうど良い機会だと思ってね。一緒に転移してきたあの女性霊体に協力してもらって、ここで研究をしていたんだ』


「……研究だって?」


 芥川の体に走る強い痺れ、それを自身に感じながらも、仁が訊いた。


『ああ。まずは、一人の肉体に何人の霊が入られるかという研究さ。これは私と彼女で二人までは可能だと証明された』


「……くだらない研究だねえ」


『いやいや、そんなことはないさ。一人の人間にたくさんの霊体が入られれば、それだけたくさんの霊体が現世で活動できることになるじゃないか』


 野口の言い方から、彼が本当にそう信じていることが伝わってくる。


「……ふっ。頭のいい学者さんの考えることは、本当に理解できないなあ」


 笑みを見せながらも、段々と体が麻痺していくのを仁は感じた。感覚を共有する仁がこう感じているということは、芥川の身にそれが起きているということである。


(芥川、大丈夫かい? 注射で薬らしきものを打たれたねえ)


(ああ。お前も感じているだろうが、体が麻痺してきている。さすがにまずいぞ)


(……しょうがない。ここからはイズミのお手並み拝見といこうか)


 仁と芥川が念話をしていると、また野口が話し始めた。


『この後、何人までなら入られるのか、幽体ならどうなのかなども研究したかったから、たくさんの幽体をここに集めたんだがね。参ってしまったよ。あそこの大英霊にみんな消されてしまった』


「あのねえ、普通に考えて、そんな研究しちゃダメに決まってるでしょ。あなたの研究はここで終わりですよ」


 仁は、そう言うと、イズミのほうに振り返って尻餅をついた。


「イズミー、ごめーん! 今の注射で体が麻痺してきたんで、ヘールプ!」


 情けない表情で仁が微笑む。


(……ああ、ダメだ。座ってもいられない)


 仁は、その後すぐに側方に倒れ込み、芥川も消え去るように仁の体の中に入っていった。


『ご指名だ、イズミ。面白そうな霊体と戦えそうだぞ』


「そのようだな」


 仁の呼びかけで、イズミと義経が前に出ていく。


『大英霊か……。噂には聞いたことがあるが、大英霊というものは、そんなに強いのかね?』


 野口は、懐疑的な目を義経に向けた。


『ああ、私はお前の百倍は強いぞ。それに、もう先ほどのような不意打ちは通じない。どうする? 観念するかい?』


 義経が、腕を組んで余裕の態度を見せる。

 そんな義経を、野口は一度睨みつけてから鼻で笑った。


『面白い。能力を向上させる薬なら、前々から霊界で研究していてね。今日、その効果を大英霊相手に試してみるとしよう』


 野口が持つ注射器が消え、別の注射器が現れる。


『肉体じゃなく霊体に効果を出す薬というのは、最初は作るのに難儀した。しかし、慣れてしまえば何のことはなかったよ。これは私の力や速度を数倍にも跳ね上げるぞ』


 そう言うと、野口は自身の腕に注射を打った。


『……増強剤ねえ』


 義経が冷笑の表情を浮かべる。


――ブアァッ!――


 すぐに野口を包む魂力の光が増加した。


『これなら、大英霊にも引けを取らないだろう』


 野口が、嫌な笑みを浮かべて女の体の中に戻っていく。

 それを冷静に見届けると、義経はイズミの体に自身の体を重ねた。


『まずは、身の程というものを教えてやろう』


 義経の言葉に、イズミが軽い笑みを見せる。そして一言、「分かった」と答えた。


『きえぇぇぇぇっ!!』


 女が奇声を発して、イズミに向かってくる。


「うるさいな」


 冷静に呟くイズミに対し、女はそのまま殴りかかった。


――パシッ――


 この拳は、イズミの左手一つで簡単に受け止められてしまう。

 それから女は、もう一方の拳をイズミに向けて放ったが、これはイズミの右手に受け止められた。


『くっ、離せっ』


 女が、イズミの手を振り解こうとするが、イズミに離してもらえない。


『どうした、学者? 計算が狂ったかい?』


イズミの背後にいる義経が、馬鹿にしたような言い方で訊く。

 女は「うるさいっ」と叫ぶと、思い切り両腕に力を入れた。


――パッ――


 そのタイミングで、イズミが女の手を放す。


――ドターンッ――


 女は、勢い余って後方にひっくり返った。


『くっ、くそっ』


 悔しがる女に、義経が語る。


『私に挑む者は、皆、鍛錬に鍛錬を重ねて挑んでくる。部屋で研究ばかりしてないで、外に出て彼らの努力を見てみるといいさ。そうしたら、増強剤ぐらいでは私に勝てないと気づく』


 女は「まっ、まだだっ」と言うと、再度イズミに殴りかかってきた。


――ガッ、バシッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガガッ、ガッ、――


 イズミが、その場から動かないまま、女の攻撃を全てガードする。

 女の拳は腕で、蹴りは脚で、軽々と防御できた。


『ほらほら、こちらは一歩も動いていないぞっ』


 義経が女を、正確には体内の野口を挑発し、精神的に追い詰めていく。


「くっ、なぜだ!? なぜこんなにも差がある!?」


――バシッ、バシッ、ガッ、ガッ、ガガッ、ガッ、――


 ここまできても、イズミのほうは未だに攻撃を繰り出していなかった。そうしているうちに、女が息を切らし始める。


『はあっ、はあっ。大英霊とは、ここまで普通の霊体と違うのか……くそっ!』


 この後も、女は息を切らしながら攻撃を続けたが、結局一発も当たらなかった。


『……ダメだ。全く当たらない……』


 とうとう、女が動きを止める。

 それを見た義経は、ダメ押しとばかりに、自身の魂力の光を一気に放出した。


――ブアァァァァッッッッーーーー!!!!――


 薄暗かった部屋が、目を開けていられないほどの光に包まれる。


『なっ、こ、これが大英霊の魂力……』


 それを目の当たりにした女は、戦意を失い、そのまま見惚れるように立ち尽くした。


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