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55. 優しさ

『ふむ。あの様子だと、もう魂帯は形成されてしまっているようだな』


 憑依されている女がベットから立ち上がると、その様子を見て義経が言った。


「どういう意味だ?」


 イズミが訊くと、義経は説明を始める。


『憑依の場合はね、魂帯が霊と人とのあいだに形成されるのに数時間かかるんだ。降霊と違って、両者が望んでるわけじゃないからね。そのぶん時間もかかるのさ。だから……』


――スッ――


 ここで、仁が義経の口元に向かって手のひらを突き出した。そのまま、義経の説明に(かぶ)せて説明を始める。


「だから、本当なら魂帯が形成される前に倒したかった。そのほうが憑依された人へのダメージも少ないし、なにより憑依霊がその人間から魂力を得られなくて弱いから。ですよねえ?」


『そうだな』


 義経が感心した様子で答える。


「ちなみに人に憑依した霊が、すぐまた別の人間に乗り換えることがあるでしょ? あれは、魂帯が形成される前だからできるのさ。ちなみにちなみに今話したことは、召喚にも当てはまるよ」


 仁は人差し指を立てながら、補足説明まで行った。


『ふむ、そのとおりだ。それで、君ならそんな憑依霊をどう除霊するんだい?』


 義経が、片眉を上げて仁に訊く。

 仁は、「そうですねえ」と言うと、芥川と共に女に向かって歩き始めた。


「戦いながら考えます。悪霊ならすぐに魂を破壊しちゃうけど、まだあの憑依霊が幽体なのか霊体なのかも分かってませんしね。できたら、取り憑かれてる女性は傷つけずに救いたいなあ」


 イズミが「任せていいのか、仁?」と訊くと、仁が振り返って微笑む。


「ああ、一人で大丈夫だよ。なにより俺は、絶対に敵の攻撃に当たらないからねー」


 言葉は軽かったが、仁の目は自信に満ちていた。

 仁が、躊躇なくどんどん女に近づいていく。


『ふざけるんじゃないよーっ』


 叫ぶとともに、女は仁に飛び掛かった。


(口振りからすると、憑依霊のほうも女か。動きからして、レベルの高い霊でもなさそうだな。黒い空気を発してる感じもないから、悪霊でもないと)


 芥川と二位一体の動きをする仁が、考えながら女の攻撃を避ける。


「女性に飛びつかれるのは嬉しいけど、これって君の本心じゃないからねえ」


 そう言うと、仁は女の腰に右手を回した。そして左手で女の右手を握り、ぐいっと腕を伸ばす。

 それによって、二人が社交ダンスをしているかのような体勢となった。


「なっ!?」


 仁の突拍子もない行動を見て、イズミが驚く。


「でも、せっかくパーティドレスを着ているんだから、俺と踊るかい?」


 そう(ささや)くと、仁は女と共に無理やりスピンターンを行った。


『ふむ、面白い男だな、群青仁。彼は守護霊の力によって、敵の攻撃思考が文字として読める。だから絶対に敵の攻撃を避けられるという自信があるんだ。それゆえに、あんな余裕ある振る舞いが見せられる』


 義経の説明を聞いて、イズミが「力があるからこそか……」と呟く。

 仁が余裕の笑みを見せる一方で、女のほうは放心状態となっていた。


『くっ、このチャラ男があっ』


 我に帰ると、踊りの途中で仁を突き飛ばし、仁から離れる。


『あの世に行く前から、お前みたいな男は嫌いだったんだよっ』


 そう叫ぶと、女はまた殴りかかってきた。


――ヒョイッ、ヒョイッ、ヒョイッ、ヒョイッッ――


 しかし、女の拳は全く仁に当たらない。


(“あの世に行く前から”ってことは、この憑依霊は霊界から舞い戻った霊体か)


 仁は、憑依霊の正体を見極めながら、華麗に女の拳を避け続けた。


「それにしても、冷たいことを言うねえ。男を振るんなら、ちゃんと顔を見せて言いなよ」


 攻撃を躱しつつ、なかなか女性の中から姿を現さない憑依霊に話しかける。


『うるさいっ!』


 女は仁の顔を狙って足を振ったが、それもぎりぎりで躱された。


「恥ずかしがり屋さんなのかな? それとも自分の顔によっぽど自信がないとか?」


 仁が、挑発するかのように言葉を並び立てていく。


『うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!』


 攻撃が当たらないことと仁の挑発により、女の中の憑依霊はますますイラつき始め、攻撃が激しくなった。


「ああ、やっぱりそうなのかあ。ブサイクさんなんだねえ。だから、こんな綺麗な女性に憑依したと。きっと憧れてたんだねえ、美しい顔に」


『このおっ!!!!』


 罵倒が止まらない仁に対し、女性が憤怒の形相を見せる。


「いや、憧れとはちょっと違うか。きっと自分がブサイク過ぎて、悔しかったんだなあ。それでこの綺麗な女の子の人生をめちゃくちゃにしたくなったと。そういうことだね?」


 女性は、腕を振り回しながら「違う! 私は!」と叫んだ。


「つまり、嫉妬だね。し・っ・と」


『違うっ!! 私はこんな女なんかには負けてな……はっ!!!!』


 ずっと女の中から叫んでいた憑依霊は、ここで我に返り気づく。なんと興奮した自分が、女の体から顔を突き出してしまっていたのである。


「ごめんね、ひどいことばかり言って。本音じゃないから許してね」


 仁が、焦った憑依霊の顔の前に自身の顔を突き出し、優しく微笑んで言った。


――シャシャシャッシャシャッ!――


 その瞬間、芥川が憑依霊の額に「帰天」と書き込む。


『すまないな』


 書き終わって一言言うと、芥川はすぐに仁の背後に戻った。


『なっ、今何を……』


――フワァァァァ――


 問いかけている最中であったが、芥川が記した文字により、憑依霊の体が浮上していく。


「君は、霊界に戻るんだ」


 仁が声をかけると、憑依霊は「そんな、せっかく現世に戻れたのにっ!」と叫んだ。


「ここは君がいるべき所じゃないんだよ」


『っ……』


 どうにかならないかと憑依霊が辺りを見回すが、全くなす術がない。

 そうしている最中にも、どんどん取り憑いていた女から離れていく。


『……そんな』


 そう言って狼狽える憑依霊を見ると、仁は少し切なそうな表情をした。


「しかたがないことなんだよ。君も本当は分かってるんでしょ?」


 仁の言葉によって、憑依霊の表情が諦めの表情に変わっていく。

 返事がなくとも、仁は言葉をかけ続けた。


「さっきはあんなこと言ったけど、君は、とても綺麗だよ。できたら亡くなる前に会いたかった」


 仁の(れん)(じょう)を含む優しい表情を見て、憑依霊の瞳が潤む。


「生まれ変わって、次は長生きしなね」


 憑依霊は、とうとう俯いてしまった。

 それでも仁は、最後に強く訴えかける。


「きっと、次の人生はもっと良いものになるからっ」


 憑依霊は、この言葉に少しだけ反応したが、顔を上げることはなかった。

 憑依霊から出ている魂帯が、ゆっくり優しく消えていく。


――スッ――


 その時、もう少しで魂帯が完全に消え去るというところで、憑依霊は顔を上げた。


『……ありが……とう』


 微かな笑みを見せ、礼を言う。

 その言葉を最後に、憑依霊は白く輝き、複数の光の粒子となって散失した。


――キラキラキラキラッ……――


 仁の頭上から、光の粒子が降り注ぐ。


「……笑うと、もっと綺麗だったなあ」


 仁は、切なそうに口角を上げ、小さい声で呟いた。

 しばらくして、先ほどまで取り憑かれていた女に背を向け、片膝をつく。

 芥川の文字によって魂帯が消された場合、刀などに斬られた場合と異なり、痛みが伴わない。そのため、この女は苦しむことなく立ち呆けていた。


「さて、今度は生きているお嬢さんのほうだね。おんぶして上げるから、俺の背中に遠慮なく……」


――プスッ――


 言葉の途中で、仁が何かで刺されたような感覚を覚える。


「仁っ!」


 イズミが叫ぶ中、仁が振り向くと、そこには白衣を着た髭面の霊がいた。この髭面の霊は、女の体から自身の上半身を出し、右手に持った注射器を芥川の背中に刺している。

 芥川も、仁と同様に、何が起きたか分からないというような表情を見せていた。


『君は、背後からの攻撃には弱いようだね。相手を見ていないと、攻撃を予見できないようだ』


 髭面の霊が、分析結果を話すような口ぶりで言う。


「……なぜ……一人の人間に二人の霊が入っているんだ。お前は……何者だっ」


 体に痺れを感じながらも、立ち上がって仁は叫んだ。


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