54. 文字と言葉
義経の質問に対し、仁の表情に少し真剣味が加わる。
「ああ、それは、俺の守護霊である芥川の能力です。彼は、人が強い思念を抱いたとき、それが文字として見えるんですよ」
仁が名前を出すと、芥川は義経のほうを見て、深くお辞儀をした。
義経は微笑んで挨拶を返し、また仁との会話を続ける。
『さっきの場合だと、“ナイフで魂帯を斬ってやる”っていう思念が文字として見えたと、そういうことかい?』
仁は「そうですね」と頷いた。
『ふむ、面白い能力だな。心を読む能力に近い。では、もう一つ質問なんだが、あの幽霊の頬に書いた文字、あれは強い言霊を文字にしたものだね?』
「……あれだけで、そこまで分かっちゃいましたか。大英霊に会うのは二人目ですが、やっぱり大英霊っていうのはみんな鋭いなあ」
『ふむ、やっぱりそういう仕組みか。咒文でなく文字で言霊の具現化を成すとは、非常に面白い。札に類似するものか……』
義経が顎に手を当てて考えているあいだに、イズミが話しだす。
「じゃあ、ここは手伝ってもらえると思っていいんだな、仁?」
「ああ、任せてくれていいよ。幽霊なら、優しくエスコートすれば、良い気持ちで成仏させてあげられるでしょ」
仁は右手を差し出し、イズミと握手を交わした。
『そこのとこだけど、二人とも、ここの幽霊を普通の幽霊と思わないほうがいい』
イズミと仁が話していると、そこに義経が入ってくる。
『さっき、あの女幽霊は私たちの魂帯を狙って斬りつけてきただろ? あんなことは普通の幽霊ならありえない。霊界に行ったことがないただの幽霊に、そんな知識があるわけがないんだ』
「……確かに、そうですねえ」
仁は、芥川と顔を見合わせて頷いた。
イズミも「そうか」と顎に手を当てる。
『どうやら、彼女に入れ知恵をした悪い奴が背後にいるぞ』
そう言うと、義経は不敵な笑みを見せた。
「悪い奴っていうと、もしかして……」
――ヒュウゥゥゥゥ……――
仁が何かを義経に訊こうとしたが、その途端、辺りを強い冷気が包む。
同時に、各部屋のドアをすり抜けて幽霊たちが現れ出てきた。
『ここは~誰にも渡さないぃぃぃぃ~』
『帰れえ、ここは俺たちの住処だぁ。邪魔をするなあ』
『俺たちから奪わないでくれぇぇぇぇ』
動きはゆっくりだが、多数の幽霊がイズミたちを囲み始める。
階段のほうを見ると、上階からも幽霊の集団が降りてきていた。
「ひえ~。さすがにこの数の幽霊を説得するのは無理かなあ……。さっきの幽霊みたいに無理やり成仏させるしかないかぁ?」
仁が周囲を見回しながら呟く。
「どうする、義経?」
イズミが訊くと、義経は答えることなく大きく息を吸い込んだ。
そして、耳をつんざくような大声で叫ぶ。
『聞けえっ、この世に未練を残す幽体たち!! 私は大英霊義経!! 私を信じろ!! 君たちがこのまま成仏すれば、霊界での安堵を約束しよう!!』
空気と魂が同時に震えるような義経の言葉は、魂力の波動として、爆発するように周囲に広がった。
これにより、幽霊たちは一気に動きを止める。
『もし、この世にやり残したことがあるならば、生まれ変わって果たすがいい!! 生まれ変わってから成すべきことをなせっ!!』
義経が、ダメ押しするかのように再度声を上げる。
――パアァァッ、パアァァァァッ、パアァッ、パアァァッ、パアァァァァァァッ――
すると、幽霊たちが光を放ち、次々と散失し始めた。
「なっ!?」
口を開けて仁が驚く。
イズミは仁ほど驚くことはなく、冷静に口元を緩めた。これまで、義経の凄さを一番近くで目の当たりにしてきたため、多少のことでは驚かなくなっているのである。
――パアァァッ、パアァァァァッ、パアァッ……――
気がつくと、イズミたちの周りには、一人の幽霊もいなくなっていた。
「すっ、すごいねー。あっという間に、みんな成仏しちゃったよ」
驚く仁に、義経は笑いかける。
『私は、書くより言葉にするほうが得意でね』
そう言った義経の顔は、先ほど見せた大英霊の顔ではなく、時折見せるやんちゃな顔であった。
(言葉に乗せた魂力が桁違いだなあ……。弾田さんとこの特殊能力ほどじゃないけど、通常の言葉であれだけできるなんて、やっぱり大英霊というのは普通じゃない)
義経とは対照的に、仁のほうは真剣な表情を見せている。
『さて、それじゃあ、こんなつまらんことを思いついた奴をお仕置きしに行くか』
義経がそう言うと、イズミたちは上階に上り始めた。
エレベーターなどは当然動いていないため、階段を一段一段踏みしめて登っていく。
結局、目的の敵がいたのは、かつてスイートルームと呼ばれていた最上階の部屋だった。
「まったく、わざわざ一番上で大物感出す必要はないのにねえ。大抵こういう奴って自慢げでイヤミな顔の……って、わおっ、すっごい美人さんじゃんっ」
仁の予想が外れ、パーティードレスに身を包んだ若い女性が、ぼろぼろのベッドに座っている。
『言っておくが、あの女性は憑依されているだけで、全く今回の件には関係ない女性だぞ』
義経がそう言うと、仁は「分かってます、分かってますって」と言った後、親指を上げて言葉を付け加えた。
「でも、どうせ助けるなら美人さんのほうがいいでしょっ」
仁の白い歯がまた光る。
この後、イズミ、義経、芥川の三人が全員呆れた顔を見せた。




