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53. 幽霊ホテル

 ゴールデンウィークも終わる頃、イズミは、叔父から貰い受けたバイクで山梨県の山道を走っていた。

 後ろのタンデムシートには、義経が座っている。


『自分の愛車をプレゼントしてくれるとは、君の叔父さんも粋なことをするじゃないか』


 普通なら風にかき消されてしまうような声も、魂に直接話しかける義経の場合、しっかり聞こえる。


「ああ。このバイクは、俺が中学生の頃から欲しがってた物だからな。もともと俺がバイクの免許を取ったのも、叔父の影響だったんだ。小さい頃は、よく後ろに乗せてもらったものさ」


『ふむ、いい思い出じゃないか。それに、このバイクという乗り物は、初めて乗ったが気持ちがいい』


「だろう? これが任務じゃなければ良いツーリングになったんだけどな。んっ、あれか、目的の場所は。義経、そろそろ着くぞ」


『了解だ。本当に、任務というのが残念でならないよっ』


 大きな湖を通り過ぎ、二人が到着したのは、湖畔にある廃墟ホテルだった。

 禅尚の予知情報によれば、ここに成仏できなかった霊、いわゆる幽体が集まりつつあり、やがて一般市民に害をなす。そのため、それを未然に防ぐためとして、二人が派遣されたのである。


「ここか……」


 バイクを降りると、六階建ての古い建物を見上げてイズミが呟く。

 このホテルは横長の造りになっており、一階中央にエントランスがあった。開けっ放しになっているこのエントランスには、立入禁止を示す黄色いテープが、行く手を遮るように貼られている。

 ひとしきり周囲を見渡すと、イズミはヘルメットを脱いだ。


「じゃあ、早速入ろう」


 イズミがためらうことなくエントランスに向かう。そして黄色いテープを片手で取り去ると、ホテルに足を踏み入れた。

 ホテル内は、窓からの光が入ってきているものの、やはり薄暗い。


「……いるな」


『ああ、そうだね』


 イズミと義経は、内部に入った途端、幽体が発する冷気を感じ取った。

 イズミが少し警戒を強める。

 義経のほうは、顔色一つ変えず、とても落ち着いた様子であった。


『イズミ、警戒するのは良いことだが、そこまで気負わなくていいよ。本来、幽体、いや幽霊と言ったほうが分かりやすいか。幽霊というものは攻撃的な存在ではないから、あまり身構えなくていい』


「……そうなのか?」


『ああ。憎しみで成仏できないような幽霊は別だが、そういう幽霊はそんなに多くない。ほとんどの幽霊は、未練で成仏できないだけなんだ。だから話を聞いてあげて、しっかり説得できれば、静かに成仏していくよ』


 イズミは「そっか、了解だ」と頷くと、少し肩の力を抜いた。そして、ホテルの一階からゆっくり調査を始めていく。

 一階には、受付カウンターやレストランなどがあったようだが、そこに幽霊の気配はない。建物がさほど大きくないこともあり、調査はすぐに終わった。


「このまま順番に上階に進んでいこう」


 二人は、そのまま二階に向かう。

 すると二階では、すぐに女の幽霊が目に入った。


『うっ、うっ、うっ』


 彼女は、こちらに背中を向けて、廊下の真ん中で蹲って泣いている。

 派手なスーツを着ていることから、20代から30代の女性の霊ではないかと思えた。


「説得か……」


 イズミが少し自信なさげに言うと、義経は「君に任せるから、優しく話してやってくれよ」と微笑んだ。


(……しょうがない、やってみるか)


 そう思いながら、イズミは彼女のもとに歩いていく。


「すいません」


 歩きながら彼女に声をかけるが、反応がない。

 そのため、イズミは更に彼女に近づいた。


「すいません、もし宜しけれ……」


 イズミがそう言いかけると、突然、後ろから男の叫ぶ声が聞こえる。


「離れてっ、彼女はナイフを隠し持ってるよ!!」


 男が叫んだ瞬間、女の幽霊はこちらに振り向いた。そして隠し持っていたナイフを振り上げ、イズミたちの魂帯を切り裂こうと襲いかかってくる。


「くっ」


『ふむっ』


 少し焦った表情のイズミと、不思議そうな表情の義経が後方に大きく跳ねる。


――ダッ!――


 その瞬間、イズミたちと入れ替わるように、先ほどの声の主が幽霊に向かっていった。


「やれっ、(あくた)(がわ)!!」


 その男が命令すると、男の体から着物を纏った霊体が飛び出す。


――ドガッ!――


 芥川と呼ばれた男性の霊体は、羽織をなびかせながら、そのまま彼女に蹴りを入れた。

 彼女が廊下の向こう側まで吹っ飛ぶ。


「いっ、ちょっとやりすぎだってっ」


『しょうがないだろう。それでどうする? このまま成仏させるか、仁?』


 そう訊かれると、仁と呼ばれた男は、「そうだねえ」と答え、再度彼女との距離を詰めた。

 そして、蹲っている彼女の顔を覗き込み、「ごめんね、お嬢さん」と声をかける。

 その直後、芥川の右手に青白く輝くペンが出現した。


――シャシャシャッシャシャッ――


 芥川の右手が急速に動き、彼女の頬に「成仏」と書き記す。

 彼女は、自分が何をされたか分からないまま、仁の顔を見つめた。


「生まれ変わって、もっといい人生を送ろうね」


 仁が、そんな彼女に優しく声をかける。


――パアァァァァッ――


 その瞬間、彼女は白く光り輝き、そのまま散失した。


「ふぅっ」


 軽く一息ついた仁が、振り返ってイズミのほうを見る。


「紹介が遅れてごめんねえ。俺は、RAINの群青仁。君はMISTのイズミだよね? 今後とも宜しく。同年代みたいだし、仁って呼び捨てにしてくれていいから」


 そう言うと、仁は白い歯を出して、笑顔を見せた。

 この群青仁という男であるが、彼はRAIN創立時にMISTから離反した霊能者の一人である。そのため、MISTには彼を知っている者も多い。

 本部長の椿木も彼をよく知る者の一人であり、そのため、研修前の挨拶に来ただけの彼に対し、いきなりイズミのサポートという任務を命じたのである。

 ちなみに彼は、紺色の髪にピアスという若者らしいファッションをしているが、MISTにいた頃から喪服というドレスコードはしっかり守っており、それはRAINに移っても変わらなかった。そのため、ネクタイはしていないものの、今日も黒スーツに身を包んでいる。


「ただ挨拶をしに来ただけの人間に任務を命じるなんて、椿木さんらしいな」


 仁からここに来た経緯を聞いたイズミは、微笑んでそう言った。


「だよねえ。まぁ、椿木さんは俺に色々教えてくれた先輩でもあるから、こき使われても文句言えないんだけどさあ。離反した今でも、世話になった先輩たちには頭が上がんないよ~」


『それで君は、さっき、どうして彼女がナイフを持っているのが分かったんだい?』


 仁が頭を掻いていると、義経がいきなり話題を変えて訊いた。


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