52. ハッタリ
赤星と巫月が帝霧館で目を覚ましたのは、次の日の昼間だった。
Rが去った直後、二人は泥酔しているような状態であったため、巡回していた警察官に酔っぱらいと勘違いされ、警察署で朝まで保護された。その後、二人からの連絡がないことを心配した京園寺が、携帯電話のGPS機能で二人の場所を突き止め、警察署まで二人を迎えに行ったのである。
「起きろ、赤星っ、巫月っ」
京園寺が声をかけると、二人がゆっくり目を開ける。
「……う~ん、なんかすげーよく寝たなあ。ああ、隊長、ここは帝霧館の医務室っすか?」
赤星は、大きなあくびをしながら体を起こした。
一方で巫月は、目を覚ましてから少しのあいだ黙っており、それからすぐ思い出したかのように言葉を発した。
「あいつは、Rはどうしましたかっ?」
二人の起き方に、性格の違いがよく表れている。
「R? それは誰のことだ? お前たちが追っていた怪盗のことか?」
京園寺が訊くと、巫月は昨晩起きたことの説明を始めた。
途中、狭間が赤星と巫月の体のチェックを行ったが、問題ないと分かったため、すぐに医務室から出ていった。
説明が終わると、京園寺が困惑したような表情を見せる。
「物を入れ替える能力までは信じられるが、他人の平衡感覚を盗むなんて、そんな能力があるとはとても思えない。本当にあるのだとしたら脅威だぞ。全く戦えなくなるんだから」
「だけど、実際にそういう状態になったことを考えると、あるとしか思えねえんだよ、隊長」
話しながら、赤星は肩をすくめた。
京園寺が更に困惑した表情となる。
「巫月は、どうだ? 本当にそれが能力としてあり得ると思うか?」
京園寺に訊かれると、巫月は「分かりません。何とも言えない」とだけ答えた。
「そうか……。まあ、確かに判断材料が少なすぎるからな。うーむ……」
その後、三人は色々な可能性を出し合ったが、これだという結論には至らない。
そうして三人が話し合っていると、イズミが義経と共に医務室に入ってきた。
「大丈夫なのか、二人とも?」
心配そうな表情を見せるイズミに対し、赤星は「ああ」と答え、巫月は軽く頷く。
一方、義経は「MISTの隊員が警察の世話になるなんて愉快じゃないか~」と言いながら、空いているベッドに寝転んだ。
「いやいや、義経さんねえ、結構危なかったんですから~」
赤星が、顔の前で手を立てて左右に振る。
『へえ~。相手はそんなに強かったのかい?』
「いや、強いってわけじゃないんですけど、掴みどころがないっていうか、何ていうか……」
それから赤星は、巫月が京園寺にしたのと同じ話をイズミと義経に伝えた。
『あははははははっ。それで君たちは、そのRの話を本当に信じたのかい? 平衡感覚が盗まれたと?』
赤星の話を聞いた途端、義経が笑いだす。
「いや、だって、それ以外考えられないんですよっ」
『そんな能力があるわけないじゃないか。あははははははっ』
真顔で話す赤星に対し、義経は笑いが止まらない。
「いや、僕も同じ経験をしたから、可能性的にはあるんじゃないかと……」
そう巫月が言いだすと、ここでやっと義経の笑いが落ち着いた。
それから義経は、体を起こし、諭すように赤星と巫月に話しだす。
『いいかい、赤星、巫月。君たちも君たちの守護霊も強い。真っ向勝負すればその辺の霊能者や霊体には負けないだろう。だが、敵がいつも真っ向勝負してくれるとは限らない。だから、ずる賢い戦いをしてくる敵にも、もっと慣れるようにするんだ』
「……ってことは、俺たちはやっぱり騙されたってことっすか?」
赤星の問いに対し、義経は微笑んで頷いた。
『霊界も広いから、そういう能力が絶対にないとは言いきれない。しかし、君たちの話を聞いた限りでは、その能力は偽物だ』
「じゃあ、あの状態はいったい何だったんですか?」
巫月が体を乗り出し、真剣な表情で義経に訊く。
『君たちも君たちの守護霊も、互いの飛び道具が入れ替わって飛んできた時、一瞬大きく動揺したはずだ。違うかい?』
人差し指を立てて問う義経に、巫月は「はい、それは間違いないです」と素直に答えた。
『だろうね。無理もない。初めてそういう能力を見れば誰でもそうなるだろう。しかし、これは敵守護霊にとっては初めてじゃない。敵守護霊は確実にそこで相手が驚くと分かっている。だから奴は、その君たちが驚いて注意散漫になった瞬間を狙って、冷静に飛び道具を飛ばしたのさ。小さくて気づかれない、しかし大きい効果を持つ、毒針みたいな飛び道具をね』
「!!」
赤星と巫月が、驚いた表情で互いの顔を見合わす。
『なんだったら、あとで与一と半蔵の体をチェックさせてもらうといい。針が刺さったような小さな傷跡があるはずだ。多分、足首あたりかなあ。私だったらそのへんに飛ばすね』
義経の話を聞いて、赤星、巫月、そして京園寺まで、全員が「なぜ思い浮かばなかったんだあ!」という表情をした。
『それにしても今回の敵は、守護霊だけじゃなく、宿主もかなりの曲者だったようだね』
顎に手を当てる義経に、巫月が「宿主も、ですかっ?」と訊く。
『ああ。かなりハッタリが上手な奴だ。自身の守護霊が針を打ってから、その効果が出るまでの時間、君たちを引きつけておくのが上手かった。“ででん、でん、でん”は面白いアイデアだったと思うよ』
「ああっ、あの時か……」
赤星は、思い出して悔しそうな顔をした。
巫月は、悔しいというより、反省の表情を見せている。
『まぁ、いい勉強になったじゃないか。そういうところは、君たちも今後の参考にするといいよ。というわけで、私の所見はこんなところだ。質問がなければ、そろそろお暇させてもらうよ』
そう言ってベッドを降りると、義経は「そろそろ訓練に行こうか」とイズミに声をかけた。
イズミは、「分かった」と頷くと、まだ考え込んでいる様子の三人に「じゃあ、また後で」と声をかける。それから、義経と共にドアに向かって歩きだした。
「義経さん、あざっすっ」
「有難うございます、義経さんっ」
義経が医務室を出ていこうとすると、赤星と巫月が思い出したように礼を伝える。
『ハッタリっていうのはさあ、再戦した時にはもう効かないんだよね。奴の手の内を知った君たちは、もう彼に負けることはないと思うよ』
そう最後に言うと、義経はニコっと笑い、イズミと共に医務室を出ていった。
『イズミ、今日はちょっと新しいことを試してみようか?』
「新しいことって、何だ?」
『それは……』
廊下から聞こえるイズミと義経の声が、段々と遠ざかっていく。
二人の声が聞こえなくなると、医務室が静かになった。
「……なんつーかよお」
「義経さん……凄すぎですよね」
唖然とした空気に包まれた医務室で、赤星と巫月が呟く。
京園寺は、そんな二人の肩に手を乗せると、微笑んで言った。
「よかったな、あの人が敵じゃなくて」
医務室の窓から、春風がそっと入ってくる。
この後、半蔵と与一の体を確認したところ、針が刺さったような傷跡が見つかった。
当然、義経が言ったとおり、足首に。




