48. 白玖
「創世会!?」
驚いたイズミが、すぐに戦闘態勢を取る。
「待ってくださいっ。MISTが私たちを敵視してるのは知ってますが、今日はこちらに戦う意思はありません。だから落ち着いてください」
白玖は、両方の手のひらをイズミに向けて、戦意のなさを示した。
それを見たイズミは、すぐには攻撃に入らず、まず問いかける。
「……どういうことだ? そもそも、なぜ京都の組織のトップがこんな所にいる?」
「今日はあなたに会いに来たんですよ、イズミさん」
「……なぜ俺に?」
「失礼ながら、あなたのことは前もって調べさせていただきました。あなたは王の能力を持っており、そして幻宝を追っているんですよね?」
イズミは、戦闘態勢を崩さぬまま「そうだ」と答えた。
「だからです。あなたに話したいことがあるんです。決して戦うつもりはありません」
「……それを俺に信じろと?」
「そうです。戦うつもりがあるなら、わざわざここまで一人で来たりしません。ですから、そう身構えないでください。ここで私とあなたが戦いを始めたら、周りで楽しく花見をしている一般の方々に迷惑がかかりますよ。きっと怪我人が出ます」
白玖の言葉を受け、イズミが視線だけ動かして周囲を見渡す。
「信じてください。私は、油断させておいて攻撃するような卑怯なことはしない」
白玖は、イズミの目をまっすぐに見つめた。
緊迫した空気の中、イズミが白玖を見据えながら思考を巡らす。
「……分かった」
程なくして、イズミは戦闘態勢を解いた。
「本当にその立場で一人で来たんだとしたら、敬意を払うべきだものな」
「……ありがとう。私は、ミステリアスな教祖など気取るつもりはありませんから、本音で真実のみをお話します」
ここで、白玖を目の前にしながらも義経が出てこないことに、イズミは疑問を感じる。しかし、敵に手の内を晒したくないのだと判断した。
白玖が続けて話しだす。
「ご存知かもしれませんが、先日、私たちはヨーロッパの霊能者組織から幻宝についての情報を得ました」
「ああ、そうらしいな。創世会はその組織と繋がっているのか?」
「いえ、彼らの日本での活動に干渉しないという約束で、情報を得ただけです。彼らの中にルカというイタリア人霊能者がいるのですが、その守護霊が霊界で夢幻力の研究をしていたらしく、彼らと敵対するよりは、友好関係を築いて情報を得るほうが利が多いと判断しました」
イズミは、「そういうことか」と言いつつ、念話で義経に「霊界に夢幻力の研究をしている者などいるのか?」と訊いた。
すると、ここで初めて義経が口を開く。
(確かに、夢幻力について調べている者は昔から何人かいるね。前に、椿木ちゃんが新訳の存在について教えてくれたろ? あれを唱えた者だって、きっとそういった連中の一人だ)
イズミは、これに「そうか」と納得すると、すぐに念話を終えた。何もなかったかのように白玖を見据え、話の続きを聞く。
「ルカの話によれば、夢幻力が封じ込められている幻宝には特別な結界が張られていて、霊界からでは決して感知できないようです。かといって、現世にいる人間や現世に来た霊体が見つけられるかというと、そう簡単ではない。強い魂力がなければ、目に映ることもないそうです」
「……なるほど。幻宝が今まで見つけられずにきたのは、そういう仕掛けがあったからなのか」
「ええ。そして幻宝の封印を解けるのは、王の能力を持つ者、つまり“王の器”のみです」
白玖は、この点を今までの話の中で最も強調した。
何となく予想していたことであったため、イズミは抵抗なく受け入れる。
「やはりそうか。強い魂力を持つ人間だけが封印を解けると聞いていたが、そういうことなんだな?」
「はい。そして今、あなたを含め、世界には12人の“王の器”が存在すると分かりました」
「12人!? 何人かいることは予想していたが、予想以上に多いな」
イズミは、義経もこの人数に強く反応したことを、体の中で感じた。
「そうですね。ですから、まずは、器同士の潰し合いが始まることが予想されます」
「……まあ、そうなるだろうな」
イズミが顎に手を当てて考える。
それを見た白玖は、かねてより考えていた提案を、ここで切り出すことにした。
「そこでですが、イズミさん。あなた、私たちの支援を受けるつもりはありませんか?」
「どういうことだ?」
「海外の霊能者の中には、恐ろしく強い者が何人もいます。王の器なんていったら尚更だ。正直言って、あなたがMISTだけの後ろ盾でこの潰し合いを勝ち抜けるとは思えません。しかし、私たち創世会の後ろ盾もあれば、勝つ可能性も上がる。だから提案しているんです」
「……その見返りとして何かを求めるんじゃないのか?」
「ええ。見返りとして、あなたが夢幻力を得たときに、創世会の者だけでも霊界と繋がらせてほしい」
「俺に幻宝の封印を解けと?」
「はい。あなたはMISTにいるような人間ですから、きっと倫理的な観点から幻宝の保護を目的としているのでしょう? しかし幻宝の封印を解いたとしても、夢幻力を不必要に使わなければいいだけの話です」
「君たちのためだけに使うならいいだろうと、そういうことか?」
「はい。私たちも命をかけてあなたの支援をするんだ。それぐらいの見返りがあってもいいと思っています」
白玖は、先ほど本音で真実のみを話すと言った。イズミは、ここまでの白玖の話と躊躇なく見返りを求めた姿勢から、この言葉に嘘偽りがないことを悟る。
「……まったく、気持ちがいいほどストレートな交渉だな。だが、どうしてそこまでする?」
訊きながら、イズミは軽く腕を組んだ。
「創世会にいるのは、愛する者を失った人間ばかりです。そういう人間が、逝ってしまった人たちにもう一度会いたいと願うのは、おかしなことではないでしょう?」
白玖が、少し口調を強めて続ける。
「会いたいんですよ。会いたくて、会いたくて、仕方がないんです。もう一度顔が見られたら、伝えられなかったことが伝えられたら、そう思うのは当然じゃないですかっ」
イズミは、白玖の言っていることが間違っているとは思っていない。しかし、同意の言葉を口にすることもなかった。
「あなただって、先ほど、亡くなった母親にもう一度会いたいと言った。あれは本心のはずだっ」
白玖が両腕を広げて主張を強める。
「会えるんですよっ。封印を解けば、お母様に会えるんですっ」
白玖は、そのままイズミの両腕をぐっと掴んだ
「だから、どうか、どうか私の申し出を受けてください!」
敵であっても味方であっても、人の真剣な眼差しというものに変わりはない。その眼差しによって、白玖に悪意がないことは充分にイズミに伝わった。
だからこそ、イズミの表情が曇る。
「……今の話を聞いて、君たちに悪意がないことも、純粋に亡き人との再会を望んでいるだけだということも、よく分かったよ。だが、申し訳ない。それでも俺は、幻宝の封印を解くのには反対だ」
「……それは、どうしてですか?」
白玖がイズミの腕から手を離し、イズミをじっと見つめる。
イズミは「白玖」と語りかけてから答えた。
「創世会じゃなくても、子供を失った人、伴侶を失った人、親を失った人、恋人を失った人、友達を失った人、そういうふうに大切な人を失った人たちが、世の中にはたくさんいる」
「そんなことは分かってますっ」
白玖が声を荒らげたが、イズミは冷静に話を続ける。
「そういう人たちは、心の中で、もう過去のようには笑えないかもしれないって何度も思うんだ。君だって思ったことあるだろ?」
「……ええ」
「だけど、みんな、それでも頑張って笑おうとするんだ。いつか、逝ってしまった人たちがいなくても、過去の自分のように笑える日が来ると信じて」
「その日をただ待つということですか?」
「その日に向かって進んでいくんだよ。苦しんで、泣いて、それでも立ち上がって、未来を信じて日々を過ごすんだ」
「そんな美辞麗句を並べたって、何もしないことに変わりない! 信じるだけなんて、悲しすぎるじゃないですか!」
「だけど、それが生きるってことだろ!」
イズミが初めて声を荒らげた。
「…………生きる、ということ」
イズミの言葉を聞いて、白玖が繰り返すように呟く。同時に、その瞳が一瞬揺らいだ。
「そうやって生きる全ての人たちを否定して、自分だけ亡き人にもう一度会おうなんて、俺にはできない。誰も、そんなことをしてはいけないんだ」
「……っ」
「否定はまた否定を生んで、やがて争いが起こる。だから、俺は幻宝の封印は解かないよ」
イズミが、強く見つめる白玖を優しく見つめ返す。そこには、もはや敵対心というものがないように感じられた。
白玖は黙り込んで、大きく溜息をついてから言葉を発する。
「やはり……そういう結論になりますか。きっと、あなたのような人は、何を言っても考えがブレないんでしょうね。そうなると、やはり私たちは戦うことになるのか……」
「すまない。残念ながら、そうなってしまうな」
「……イズミさん、私は外国の連中に夢幻力を渡すくらいなら、あなたを強制的にこちらに引き込み、あなたを使って私たちが夢幻力を手に入れますよ。それは憶えておいてください」
白玖の瞳に、強い意思が感じられる。
白玖は、ここで宣戦布告のような発言をしたが、イズミは嫌な印象を受けなかった。そこに感じたのが、敵意でなく決意だったからである。
「ああ、分かった。だが、彼らに夢幻力が渡ることはないから、そこは心配しなくていい。俺は、誰にも負けない」
イズミがそう言うと、白玖は厳しい表情をしながらも、少しだけ微笑んだ。
そこで白玖が視線をイズミの先に向けると、こちらに椿木が歩いてくるのが見える。
「どうやら、仲間の方に気づかれてしまったようですね」
白玖の視線に気づくと、イズミは椿木のほうに振り返って「そのようだな」と答えた。
「では、今日のところはこれぐらいにしましょう」
「ああ」
イズミが返事をするとともに、白玖がゆっくり桜吹雪に包まれていく。
白玖は、そのまま「結果がどうであれ、あなたと話せてよかった」という言葉を残し、フッと消えた。
舞っていた数百の桜の葉が、ゆっくり地面に落ちていく。
「イズミ!」
そこに、消えた白玖を見て焦った椿木が駆け寄ってきた。
「大丈夫かっ? 今のは何者だ?」
そう訊く椿木に、イズミが「白玖、創世会の教祖です」とだけ答える。
「創世会の教祖だと!?」
椿木が驚く中、イズミは、最後の葉が落ちるまで白玖がいた場所を見つめていた。




