47. 花見
「や、やめろ、赤星っ。俺は酒は飲まんと言ってるだろっ。どんなときでも緊急時に備えておかなければいけないんだっ」
「まぁまぁ、そう言わずにさ~。今日みたいに喪服を着てないときぐらい、ちょっとハメ外そうぜ~、隊長」
この日、赤星たっての要望で、一、二番隊と椿木は花見に来ていた。
この花見スポットは、帝霧館からさほど遠くない場所にあり、この時期の休日はたくさんの人で賑わう。この日は平日で、人数はまばらだったが、それでも普段にはない賑わいを見せていた。
ここで、酔いが回った赤星がしつこく酒を勧めているが、京園寺は頑なにそれを断っている。
「京園寺は珍しいほどの下戸だからな。何年か前に私と弾田で無理やり飲ませたら、ひどい醜態を晒すことになった。お猪口で二、三杯飲むだけで、一気に弾けだすぞ」
「えー、そうなんですか、京園寺さん? それは意外ですねー」
椿木の言葉を聞き、蛍が京園寺に言い寄った。
「つ、椿木さんっ、そのことは言わない約束じゃっ……」
焦る京園寺の顔を見て、椿木が微笑む。
「……なるほど。そういうことなら、絶対に飲まさなきゃいけねーなあ、桜」
「ふっ。そうねえ、赤星。これはもはや任務よ。最重要任務だわっ」
京園寺がひどい下戸と知って、赤星と桜の目が輝いた。
「お、お前ら、何だその表情はっ」
後ずさりする京園寺に、悪い顔をした二人が猫のように近づく。
「いまだっ! 押さえろ、桜!」
「まっかせなさい!」
京園寺は、後ろに回り込んだ桜に、あっという間に羽交い絞めにされた。
「や、やめろ、お前ら。俺は隊長……」
京園寺が話す間もなく、赤星が「今日は無礼講だぜーっ!」と叫ぶ。その勢いで一升瓶を京園寺の口に突っ込んだ。
「ぐぼぉっ」
否応なしに京園寺の口に酒が入っていく。
「あーあ、何でこの人たちはこんなに幼稚なんですかねえ。まっ、僕に被害がなければいいですけど」
巫月は、酒を飲まされる京園寺を横目に、並べられた料理の中から唐揚げを取った。そのまま呆れ顔で、唐揚げを口に頬張る。
イズミと蛍は、そんな大騒ぎを見ながら、楽しそうに微笑んでいた。
ちなみに、ここに坂楽がいないのは留守番を買って出たからである。
「じゃあ、僕はこのへんで」
そんな坂楽を思ってか、巫月は、食事を済ませるとさっさと帝霧館に戻っていった。戻り際に「坂楽さんへのお土産宜しくでーす」と椿木に頼んでいったところに、巫月の優しさが表れている。
(一緒にいればいるほど、あの歳で隊長に選ばれた理由が分かるな)
巫月が戻っていく後ろ姿を見て、イズミはふと思った。
二時間もすると、パンツ一丁で酔い潰れた京園寺を枕に、赤星と桜は寝てしまう。
「では、坂楽さんは、当分のあいだ現場に出ずに、隊外構成員として後方支援に専念するんですね?」
「ああ。全快したといっても、桜と違って後遺症が残ってるようだしな。もともと彼の守護霊は、戦闘向きでなくサポート向きの霊体だから、そのほうがいいと思う」
三人が寝ているあいだに、イズミと蛍は坂楽の当面の役割について話を聞いていた。
阿形が引退し、坂楽が現場に出なくなることで、他の隊員の負担が前よりも大きくなる。しかし、イズミも蛍も椿木の考えに異論はなく、二人の同意に椿木は礼を述べた。
「さて、そろそろこいつらを起こして戻るか。蛍、残った料理をまとめて坂楽に持っていってくれるか? イズミは、近くの売店で酔い覚まし用の水を買ってきてやってくれ」
話が終わる頃、あまり飲んでいないイズミや蛍と違い、椿木は一升瓶を二本も開けていた。しかし、全く酔っている様子はなく、いつもと変わらぬ調子で二人に指示を出す。
(……ものすごい酒豪なんだな)
そんなことを思いつつ、イズミは蛍と共に「はい」と答えた。
売店に向かう途中、イズミが桜の木々のあいだを歩いていると、心地よい風が吹いてくる。
そのまま桜吹雪に包まれると、桜の香りが漂ってきた。
「気持ちいいな……」
イズミは少し立ち止まって、一番近くの桜の木を見上げる。
桜の香りは、今でもふと母親を思い出させることがあり、この時も少しだけ母親のことを思い出した。
(母さんの香り……今では義経の香りでもあるか)
そんなことを思って、イズミが微笑む。
「桜の木、お好きなんですか?」
その時、誰かが背後から声をかけてきた。
振り返ると、そこには白いスーツの青年が立っている。
巫月と同年代か少し上のその青年は、女性のような顔つきで、体もあまり大きくない。スーツの上からでも華奢なのが分かる。
「あ、ああ。亡き母との思い出があってね」
イズミがいきなりの問いかけに戸惑いながら答えると、青年は優しく微笑んだ。
「そうですか。私も亡き妹との思い出が桜にあって、だから桜は大好きなんです」
「妹さん?」
この青年の妹ということは、まだ10代だったのであろう。イズミは、彼の妹が若くして亡くなったことを察した。
「ええ。たった一人の、とても可愛い妹でした」
「……それは、お気の毒に」
「不公平ですよね。同じ命なのに生きられる長さが違うなんて」
青年が少し神妙な面持ちを見せ、話を続ける。
「あなたは、亡くなったお母様に会いたいと思ったりはしませんか?」
青年が訊くと、イズミは少し間を置いて優しく答えた。
「勿論、思うよ。特に桜を見たときなんかは、よく思う」
「……ですよね。やっぱりそう思いますよね」
青年が、気持ちが分かるとでも言いたげに何度も頷く。その後、「どんな方だったんですか?」と首を傾けて訊いた。
「……母は、何というか、愛されるっていうのがどういうことか、めいっぱい教えてくれた人だったよ。一緒にいると、いつも守られている感じがして、ほっとした」
母親のことを話すイズミは、微笑んではいるが、少し俯き気味である。
「素敵な人だったんですね」
「ああ。そういう人だったから、今でも本当に会いたくなるんだ。会いたいよ、とても」
そう言うと、イズミはまた桜を見上げた。
その姿が、イズミの“母親に会いたい”という気持ちを、言葉以上に青年に伝える。
青年は、そんなイズミを長いこと見つめた後、納得したように頷いた。
「……よかった。あなたとは分かり合えるかもしれない」
「??」
「申し遅れました。私は創世会の教祖をしている白玖と申します」
壊滅したアニマと肩を並べる巨大な霊能者集団、創世会。この青年は、その創始者の一人であり、教祖である白玖黎明だった。
白玖は、イズミに挨拶をすると、深々と頭を下げた。




