外伝 - NOT BLUE 後編 (上)
「弾田さんっ」
仁が呆然とする中、弾田が口角を上げる。
「見えるか、仁? こいつが霊能者を助ける守護霊ってやつだ」
話しながら、弾田は背後にいる浴衣姿の男を親指で指差した。
仁が、当惑しながら弾田の守護霊に目を向ける。
「守護霊……その青白い光を纏っている霊が……ですか……?」
「ああ、こいつは西郷だ。宜しくな」
弾田が答えると、西郷と呼ばれた背後霊は、仁に笑みを向けた。
『てめえ、霊能者か!? くそっ、俺の楽しみを邪魔しやがって。除霊なんてさせねえぞ、この野郎っ』
ここで仁と弾田の話に、悪霊が怒り口調で割り込んでくる。
その瞬間、西郷の纏う光が増幅した。
『黙れ、悪霊!! そのまま動くなっ!!』
『ぐっ!』
悪霊は、西郷の一喝で動きが止まる。
(……な……動けねえ……何をしやがったんだ)
悪霊が驚いた表情で立ちすくんでいる中、弾田は「そして、これこそ西郷の特殊能力だ」と仁に説明を始めた。
「特殊能力?」
「ああ。西郷の言葉には強い言霊が含まれていてな、その辺の霊なら思うがままに命令できるんだ。すげーだろ?」
仁は、理解が追いつかず、口を開けたまま驚いている。
弾田は、話しながら悪霊のもとに歩きだした。
「仁、霊っていうのはよお、霊じゃなきゃ倒せねえんだよ。だから俺たちは、こうして守護霊の力を借りて悪い霊たちをぶっとばすのさ」
そう言った後、弾田は悪霊の前で足を止める。そして、悪霊に対し不敵な笑みを見せた。
「よお、悪霊。だいぶ手間かけさせてくれたなあ」
弾田が声をかけると、悪霊が弾田を睨みつける。
『ふざけんなよ、こんなもんその気になれ……ぶばぁっ!!!!』
悪霊が言葉を発した瞬間、いきなり西郷が悪霊を殴りつけた。
――ゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!! ゴンッ!!!!――
西郷は、そのまま悪霊を無言で殴り続ける。
『がはぁっ、ぐはぁっ、ぐがぁっ!!!!』
悪霊が磔状態で殴られるのを、弾田は冷たい目で、仁のほうは呆然と、見つめていた。
――ゴンッ!! ゴンッ!! ゴンッ!!――
西郷に手を休める気配はない。
『分かったっ、俺が悪かった、もうしねえから勘弁してくれっ』
すぐに、耐えきれなくなった悪霊が謝罪を口にしだす。
悪霊は、そのまま弾田を説得し始めた。
『俺は生前、無実の罪で刑務所に入れられたっ。親はそれを苦に自殺したんだっ。ひでえだろっ?? そんな世の中に復讐したくなるのは当然だろっ??』
それは聞いた弾田は、少し黙ってから「ああ、そりゃあ可哀そうな人生だったなあ」と言った。しかし、その表情には一切同情の気持ちが見えない。それどころか悪霊を睨みつけて、先ほどの西郷の一喝にも負けないほどの大声で叫んだ。
「だからっつって、他人を不幸にしていい理由にはなんねえんだよっ!!」
その瞬間、西郷の手刀が悪霊の胸に突き刺さる。
『がはっ!!!!』
悪霊は、苦悶の表情を浮かべ、両膝をついた。
『な……何でだよ……生まれ変わるまでの……ちょっとした遊びだったのに……』
「魂を破壊したから、もうおめえに生まれ変わりはねえよ」
弾田が無表情で答える。
『そ……そんな……そんなーーーーっ!!!!』
「永遠に消え失せろ」
『いやだーっ!! 助け……』
――ブシャアァァァァッ!!――
悪霊は、叫びながら黒い花火のように弾け、そのまま黒い煙となって散失した。
「バカ野郎が……」
消えていく悪霊を見て、弾田が捨て台詞のように呟く。
――ポツッ、ポツッ、ポツッ――
ちょうどその時、パラパラと雨が降り始めた。
一度空を見上げてから、弾田が振り返る。
「終わったぜ。大丈夫か、仁?」
弾田が声をかけると、仁は俯いて立ち尽くしていた。
「俺は……」
仁が何かを言おうとしているが、その声は、降り始めた雨の音にかき消されるほど小さい。
「俺は何もできなかったよ、弾田さん」
「そんなことは……」
「何も……できなかったんだ」
顔を上げた仁の目から、涙が溢れ出す。
「姉ちゃんが俺を守ってくれたっていうのに、俺は何にもできなかったんだっ!!」
今度は、雨の音にも負けないほどの大声で叫んだ。
「何なんだよ、俺は!! めちゃくちゃ弱いじゃないかっ。あの悪霊が言ってたとおり、全然無力じゃないかっ!」
雨との違いがはっきり分かるほどの大粒の涙が、雨と共に地面に落ちていく。
「何だよおーーーーーーーーーーっ!!!!」
そう叫ぶと、仁は両膝をつき泣き崩れた。悔しさと情けなさが入り混じった声が、辺りに響き渡る。
「うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!!」
それから仁は、地面を叩きながら、ただただ大声で泣いた。
弾田は、そんな仁を何も言わずに見守る。
その時の弾田の瞳には、仁の姿と共に、大泣きしている過去の自分が映っていた。
――ザァァァァーーーーーーッ――
雨脚が段々と強くなっていく。
「……なあ、仁」
ドシャ降りになった頃、弾田は仁に声をかけた。
「お前、俺の組織に来ねえか?」
この言葉は、雨の音で仁に聞こえていたかどうか分からない。
しかし、この言葉が仁のその後の人生を決めることとなる。
「その痛みを知ってる奴は、きっとたくさんの人を救えるよ」
そう言うと、弾田は雨空を見上げた。




