45. 冬の終わり
京園寺、赤星、巫月、そしてイズミの活躍により、最終的にアニマは降伏した。
アニマのアジトがあった広大な敷地では、MISTの隊外構成員たちが、アニマの構成員たちを警察官に引き渡している。
イズミは、それを眺めながら京園寺から話を聞いていた。
「天道コウ、それがあいつの名だ」
ここでイズミは、銀髪の男の名前を初めて知る。
「椿木さんに緊急連絡がいった際、たまたまそこにRAIN本部長の弾田さんがいたらしい。そこで応援が必要だと判断した弾田さんは、コウをここに送り込んだんだ。離反したといっても、俺たちの元上司だからな。俺たちのことを心配してくれたんだろう」
先ほど椿木と電話で話した京園寺は、聞いた内容を端的にイズミに伝えた。
「そういうことですか。しかし、それなら先に言ってくれればよかったのに。彼も何も言わずにすぐ立ち去ってしまったので、事態が把握できませんでした」
コウという男は、イズミとの邂逅の後、黒豹の守護霊を呼び出し、すぐにそこを立ち去った。去り際に少し微笑んだような気がしたが、最後まで彼が言葉を発することはなかった。
「これは、あくまでも俺たちの案件だからな。弾田さんも表立って行動しないようコウに指示していたんだろう。それに、コウ自身も俺たちから功績を奪うようなかたちにはしたくなかったんだと思う。あいつは、昔からそういう奴だからな」
「……いい奴、なんですね」
「仲間思いなんだよ、あいつは。昔から仲間に危険が迫ると、なぜか必ず現れてたしな。俺も何度あいつに救われたか分からん。本当に、アニメに出てくるヒーローのようだったよ」
「ヒーロー、ですか?」
「ああ。RAINに移ってはしまったが、どうやらそこだけは変わらんらしい」
京園寺は、瓦礫を見つめながら、昔を懐かしむような表情をしている。
イズミと京園寺が話していると、赤星と巫月もそこにやってきた。
「そうかあ、イズミもとうとうコウの奴に会ったかー」
「いいなあ。僕も久しぶりに天道さんに会いたかったですよお」
二人の口振りから、彼らもコウのことをよく知っているのだと分かる。
「なにより、一番隊が海外にいる今、イズミさんはもはやウチのエースですからね。そのイズミさんと旧エースの天道さんが会うとこを、ぜひ見たかったなあ」
赤星は、この巫月の「エース」という言葉を聞くと、ぴくっと反応した。
「いやいや、それは違うでしょお、巫月くん。エースといったらこの赤星さんじゃあありませんか?」
そう言いながら、赤星が巫月の肩に腕を回す。
「いや……赤星さんは……エースというより問題児でしょ」
「んだとおっ。お前は何も分かっとらん! そもそも、それは子供に使う言葉だろ!?」
「だって精神年齢が子供じゃん!!」
「てんめ~~~~っ」
懲りずにまた口ゲンカを始める二人を見て、京園寺が呆れ顔を見せる。
「何というか、作戦が口ゲンカで始まって」
「口ゲンカで終わりましたね」
京園寺の言葉をイズミが続けると、二人は目を合わせて笑った。
周辺では、木々に積もった雪が、日差しでぽたぽたと落ち始めている。
「じゃあ、帰ろう」
警察への引き渡しが済むと、京園寺が三人に声をかけた。
ヘリコプターに乗り込むと、赤星と巫月はすぐに眠りにつく。
イズミは京園寺の隣に座り、ぼうっと外を眺めた。
見下ろす景色が、束の間の時間で長野の山々から東京の山々に変わっていく。
「着いたぞ、お前たち」
帝霧館に到着すると、京園寺が寝ている赤星と巫月に声をかけた。
飛び起きた赤星と巫月を先頭に、四人がすぐさま医務室に直行する。
「よう、桜。このエース赤星様が、ボロクソにやられたお前の仇を取ってきてやったぜ~」
「まだエースにこだわってる。大人げないなあ、もう」
そう言って、赤星と巫月が医務室に入った時、桜は上半身を起こしてベッドから外を眺めていた。
「いや赤星には頼んでないし。そもそもアタシは負けてないから」
桜が口をとがらせて答える。
「んー? なんだよ、思ったより元気そうだなあ。すげー回復力だこと」
「狭間先生と蛍ちゃんのおかげね。アタシも坂楽も、この二人の治療がなかったら本当に危なかったわ」
桜が感謝の視線を向けた先には、治療を終えて疲れきった狭間と蛍がいた。二人はそれぞれ、六つあるベッドの一つを使って爆睡している。
「相変わらず、この二人はいい腕してんな。重症だった坂楽もすげーいい顔して寝てんじゃねえか。誰が重症患者だったか分かんねえわ」
「そうね。坂楽も無事に回復してよかった」
赤星と桜が話していると、イズミと京園寺が遅れて医務室に入ってきた。
「桜、もう起き上がって大丈夫なのか?」
入ってすぐ、心配そうな顔をした京園寺が桜に声をかける。
「ええ。隊長、ありがとね。隊長が駆けつけてくれなかったら、アタシたちはあのまま死んでたわ」
「いや、感謝なら坂楽にしてくれ。坂楽が連絡をくれなかったら、俺もすぐには動きだしてなかった」
「きっと、私を助けた時ね。敵に攻撃する前に、隊長に連絡してたのよ。よくあの状況で連絡を……」
京園寺と桜が話していると、そこに赤星が言葉を加える。
「こいつって普段は腰が低い優男なのに、いざってときに、すげー頼りになったりするからなあ」
「そうね、それが坂楽のいいとこでしょ。確かに普段はかなり優男だけどさ」
「そうなんだよなあ。かなりの優男のくせにけっこう……」
「いや、赤星さんも桜さんも優男優男言い過ぎでしょっ。もはや悪口になってんじゃんっ」
途中で、巫月が赤星と桜の会話にツッコミを入れた。
坂楽は、そんな会話の中で静かに優しい顔で寝ている。
「坂楽を含め、MISTにいる者は、みんな頼りになる連中ばかりだ。今回の任務も全員が誇りに思っていいだろう」
最後に、京園寺がこう会話を締めると、皆が笑顔で頷いた。
こうして、負傷者を出しながらもアニマの壊滅作戦は成功に終わる。
一連の戦いの中で、何人ものアニマの構成員と激闘を繰り広げたイズミだったが、こうして戦いが終わった後、イズミの胸に残ったのはアニマのことではなかった。
「天道……コウか……」
帰宅後、夜空の下でランニングするイズミの口から出たのは、彼の名だった。




