43. 責任
「何だ、まずはてめえが死にてえのかっ? おらあっ!」
万次は、強烈なパンチをいきなりイズミに向けて放った。
――ブオッ――
しかし、これは空振りとなる。一瞬にして万次の視界からイズミが消えたからである。
「くそっ、どこ行った?」
万次が辺りを見渡し、最後に上空を見上げると、そこにイズミの姿があった。
「何だとおっ?」
イズミは、先ほど奪ったばかりの鷹の守護霊を出し、一瞬で遥か上空まで飛んだのである。
『これはいい能力じゃないか、イズミ』
「ああ。長時間は無理だが、数分ならこうして浮いていられそうだ。それに視力がかなり向上している」
万次の攻撃が届かないところで、イズミと義経は悠々と話をしている。
「あいつ、いつの間にあんな能力を……」
地上から見ている赤星も、口角を上げて驚いた。
「イズミさん、飛べたの!?」
「まったく、あの二人には驚かされてばかりだな」
巫月と京園寺も、敵を相手にしながら、空に目を向けて驚いている。
周囲の敵は、そんな余裕が二人に出るほど、残り少なくなっていた。
「ありゃあ、小鴉の守護霊だろぉ……。てめえっ、何をしやがったっ? 降りてきやがれっ!」
万次は、知った能力をイズミが使っていることで、騒ぎ始めている。
そんな万次を見下ろしながら、イズミと義経は話を続けた。
「義経、あいつのマンモスの守護霊についてだが……」
『吸収する気はないんだろ。手ひどくやられた桜や坂楽の心情を考えれば、そうなるだろうね』
「ああ、すまない」
『いいさ。だがあのマンモスの霊体が悪いわけじゃないってことだけは、分かってあげてくれよ。全て召喚している宿主の責任だ』
「ああ、それは分かってる」
『ならいい。では、さっさと決着をつけよう。こうしている間に、アニマの頭目が逃げ出したら意味がない』
イズミは、こくりと頷くと、右手を上げて叫んだ。
「頼んだぞ、雷電!!!!」
イズミの呼びかけにより、目を赤く光らせ、イズミと同じように右手を上げた雷電が背後に現れる。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!――
しかも雷電の右手の上には、青白く光る巨大な岩石が、ゆっくり回転しながら乗っていた。
「な、何だよ、ありゃあっ!?」
地上では、万次が岩石を見て怯んでいる。
――キッ――
イズミは、そんな万次を睨みつけた。
「あいつにお前の力を!! 見せてやれっ!!!!」
叫びながら、右腕を一気に振り下ろすイズミ。
同時に雷電も右腕を振り下ろし、直下にいるマンモスに岩石を投げつけた。
――ブオォォォォッ!!――
巨大な岩石が風を切り裂く。
――ドゴオォォォォォォンッッッッ!!!!――
次の瞬間、マンモスの頭に岩石が直撃した。
『パオォォォォーーーーンッ!!』
咆哮とともに、マンモスの巨大な体が地面に倒れ込む。
「ぐああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
同時に、感覚を共有する万次も倒れ込んだ。
「い、痛えぇぇぇぇっ。頭が割れそうだっ」
――スゥゥゥゥッ――
苦しむ万次を見ながら、雷電が消えていく。
「うぐぅぅぅぅっ!」
万次が頭を抱えていると、そこにイズミが義経と共に降りてきた。
万次は、四つん這いのままイズミたちを見上げる。
「くっ、くそ。俺の守護霊はマンモスだぞっ。あのマンモスだっ。人間の霊体なんかに負けるはずがねえ!」
そう言う万次に対し、義経は冷静に話した。
『確かに動物の霊体は強いよ。しかし、原始の時代から人間が知恵や道具で動物たちに打ち勝ってきたように、人間の霊体には特殊能力というものがあるんだ。それが人間の霊体と動物の霊体の決定的な違いであり、動物の霊体が人間の霊体に勝てない理由さ』
「っ!!」
万次が悔しそうな表情を見せる。
「……で、でもなお前ら、それでも親父の守護霊には勝てねえぞ。驚けよっ。親父の守護霊は恐竜だ!! 恐竜だぞっ!! わざわざ南米まで行って召喚してきたんだからなっ!! 勝てるわけがねえっ!!!!」
万次は、イズミたちを睨みつけながら叫んだ。
この声は、戦いを見ていた赤星の耳にも入る。
「何だってえ!? バカじゃねえのかコイツらっ」
赤星は、半ば呆れたような表情で驚いた。
一方で、イズミたちは全く動じていない。無言で万次を見据えている。
「はあっ、はあっ。歴史上最強の生物だっ。いくら特殊能力があっても勝てっこねえんだ」
そう言いながら、万次はふらふらと立ち上がった。
『ゼェッ……ゼェッ……ゼェッ……ゼェッ……』
同じように、隣にいるマンモスの霊体も、荒い息づかいで何とか立ち上がる。
――チラッ――
イズミは、そんなマンモスに目を向けると、視線を万次に戻してから呟いた。
「……気の毒だな」
イズミの言葉に対し、万次が頭を押さえながら「あぁ?」と威嚇する。
「お前の守護霊を早く解放してやりたいから、お前はもう黙れ。親父さんの話になど興味ない」
「何だとおっ……ぐっ、頭が」
叫んだ拍子に万次の頭に激痛が走る。
イズミは、そんなことに構うことなく、再度雷電を呼んだ。
「一気に決めてやれえっ、雷電!」
――フオォォォォンッッッッ!――
雷電は、マンモスの前に出現すると、いきなり張り手の構えを取る。
雷電の手に、急速に魂力が集中し始めた。
「はあっ、はあっ。あいつ、やっぱり俺がこの前ぶっ飛ばした霊体だな。何でお前が……?」
肩で息をする万次に、イズミが口を開く。
「それはな……」
――ブオォォォォッッ!――
ここで雷電の手を包む光が、手の形を成したまま大きく膨れ上がった。
「俺がぁ!」
イズミが、叫ぶのと同時に自身の拳を振り上げる。
「彼の宿主だった人から想いを受け継いだからだぁっ!!!!」
――ゴオォォォォォォォォンッ!!!! ドオォォォォォォォォンッ!!!!――
イズミの拳が万次に当たるのと同時に、雷電の張り手がマンモスに直撃した。
「ぐほぉっっっっ!!!!」
『パオォォォォーーーーン!!!!』
万次が敷地の外の林まで吹っ飛び、マンモスの霊体がその場に倒れ込む。
「守護霊をもののように扱っているお前には、一生そういう想いは理解できないだろうな」
そう呟くと、イズミは倒れ込んだマンモスを見て、少し悲しい表情を見せた。
「すまない……」
それからマンモスの霊体の近くまで行き、魂帯に向けて右腕を振り上げる。
イズミに連動して、義経も刀を握った腕を振り上げた。
二人の表情は、とても勝者のものとは思えない。
『古代の優しい生き物よ、霊界に戻りゆっくり休むがいい』
義経がそう声をかけた後、二人はゆっくり腕を振り下ろした。




