42. 成長
「しょうがねえなあ。じゃあ、あのデカいのは俺がやるぜ。あいつがマンモスの守護霊を宿してるって奴だろ? 面白そうだから俺にやらせてくれ」
赤星が言うと、イズミは「分かった」と裏に引いた。
周囲では京園寺と巫月が奮闘し、イズミと赤星に他の敵を近づけない。
「よしっ、今度こそ俺の出番だ!」
赤星のこのセリフを皮切りに、赤星と万次の戦いが始まった。
――ドガァッ!――
赤星が拳を繰り出すが、万次が包帯を巻いた腕でこれをガードする。
「ぐっ、痛えな、この野郎!」
――ビュッ、ダッ――
万次が殴り返すと、赤星は飛び退って避けた。
「力馬鹿には、ヒットアンドランが定石だな」
当然のごとく、赤星も桜と同じ戦法を取ることを決める。
「しっかし、怪我人を相手にすんのはやりにくいねえ。半蔵を呼ぶ気にもなんねーぜっ、おらっ」
――ドゴォッ――
今度は赤星の飛び蹴りが、万次の顔を捉えた。
「くっ、こんのっ」
――ダッ――
すぐに後方へ跳躍し、またも万次の反撃から逃げる。
「義経、ちょっと訊きたいんだが、いいか?」
赤星がヒットアンドランを繰り返す中、イズミは義経に話しかけた。
『何だい?』
「さっきあのモヒカン男を殴った時に感じたんだが、体がいつもよりずっと軽い。しかも、いつもよりずっとパワーが出る。どういうことなんだ?」
『……それは単に、東郷の魂声援応によるものじゃないのか?』
「いや、違う。前にも同じ咒文をかけてもらったことがあるが、あの時と違うんだ。これは、あの咒文だけによるものじゃない。何かこう内側に力がみなぎってる感じなんだ」
『……ふむ。そういうことか。それはきっと、赤星との模擬戦で神速を使った影響だ』
「神速の?」
『あの時、神速を使うために、一気に許容量以上の魂力を体に流しただろ? それで君の中の魂力を流す道が、無理やり広げられたのさ。だから今は、私からの魂力をより多く体内に流せるようになったんだ。そういう成長の仕方もある」
「……そういうことか。しかし、こういう成長方法があるなら、なぜもっと早く教えてくれなかったんだ?」
イズミと義経が話している向こう側で、殴られて倒れていた小鴉がふらふらと立ち上がる。義経はそれを横目で見たが、話を続けた。
『君は、それを知ったら、成長するためにどんどん体に無理をさせるだろ? だからさ』
「……確かに、そうかもしれないが」
『なんにしても、君の“私に追いつきたい”って想いが私に神速を使わせ、君をまた成長させたんだ。よかったじゃないか』
「なっ、お前、あれ聞こえてたのか?」
『当たり前だろ。私たちは一心同体なんだから。前にも言ったように、そういう“想い”が君を強くする。無茶は良くないが、それは今後も憶えておくんだぞ、イズミ』
義経の言葉に対し、イズミは、親から教えを受けた子供のように「分かった」と返事をした。
義経のほうは、見守る親のような笑みを見せる。
『では、君の疑問も解決したことだし、そろそろ私たちも動くとしよう。まずは、あいつをやりたいんだが、“神速の大英霊”の宿主らしく三秒で片付けてくれるかい?』
義経は、側方にいる小鴉を親指で指差し、今度はイタズラする子供のような笑みを見せた。
イズミが一瞬だけ口元を緩める。
――ダンッッッッ!――
すぐにイズミは、小鴉に向かって跳躍した。
イズミの動きが、今までと比べものにならないほど速い。
まず、小鴉の目の前まで移動するのに一秒。
――シュバンッ!――
そして、驚いて守護霊を出した小鴉の魂帯を斬りつけるのに一秒。
――フオンッ――
最後に、その鷹と思われる守護霊を吸収するのに一秒。
イズミは、言われたとおり、三秒で小鴉を片付けた。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!!!」
ビジョンを見始めるイズミの裏で、小鴉がのたうち回る。
イズミがここで見たビジョンは、鷹が大空を飛び回る記憶だった。
(大空……これが大空を飛ぶ感覚なのか……蝶が見ていた世界とはまた違う)
鷹が見ていた世界は、海と大地を意識させる広大なものであり、遠くには水平線が見える。
イズミが「もう少し飛び続けたい気分だ」と思ったところで、ビジョンは消えた。
その頃には、小鴉は意識を失い倒れていた。
『ふむ、上出来だ。鳥の守護霊というのはとても有用だから、大切に使わせてもらおう』
神速の大英霊が満足気な表情を見せる。それにつられて、イズミも微笑んだ。
一方、赤星のほうも余裕の戦いを見せている。
「おめー、本当に桜にコテンパンにやられたんだなあ。受けた傷が全然癒えてねえだろ? 動くのさえ痛くてしょうがねえんじゃねえか?」
「くっ、うるせえっ。てめえらなんざ、こんなんでも余裕なんだよっ」
つまらなそうな表情で話す赤星に、万次が脂汗をかきながら答えた。
万次は、そのままパンチを連打してくる。
「おらあっ、おらあ!!」
万次は声だけは威勢がいいが、パンチが全く赤星に当たらない。
「だからあ、痛みを我慢しながら打つパンチなんざ、遅すぎてあくびが出んだよ」
赤星が、涼しい顔でひょいひょい攻撃を躱していく。
「はあっ、はあっ。くそっ、くそっ」
息を切らしながらパンチを打つ万次の足に、赤星は軽く足をかけた。
すると、万次は「ぬあっ」と情けない声を出して転んでしまう。
「……終わりだな、マンモス男」
「……くそおっ!」
赤星の言葉を聞いて、万次は悔しそうな表情で地面を叩き始めた。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
同じ言葉を何度か繰り返した後、地面を叩くのをやめて黙り込む。そして、すぐに「そうだ……もっと奪えばいいんだ」と呟いた。その表情は、理性を失いつつあるように見える。
「あ? 何だって?」
赤星が訊くと、万次はニヤっと笑い、立ち上がった。
「こんなもの、もっと魂力を流しこみゃすぐに治る。マンモスの魂力をもっと奪っちまえばいいだけの話じゃねーか」
それを聞いた赤星は、呆れ顔を見せる。
「バカか、おめー。そんなことしたら体がもたねえよ。本当に死んじまうぞ」
「うるせぇっ!! 出てこいっ、マンモス!!!!」
万次は、赤星の忠告も聞かず、目の前にマンモスの霊体を呼び出した。
「はあぁぁぁぁっ!!!!」
万次が、体の許容範囲を超えてマンモスの魂力を流し込んでいく。
数秒もすると筋肉が膨張し、体中の傷口から血が滲み始めた。
「ぐおぉぉぉぉ、いいぜえ、いいぜえ。痛みを感じなくなってきたあっ」
血走った目で万次が叫ぶ。
「バカが。そりゃ魂力の流しすぎで神経がぶっ壊れてきてるからだ」
赤星は、冷たい目で言い放った。
「力が溢れて今にも爆発しそうだぜえっ。見たかMISTの赤頭っ。これでてめーをぶっ殺せるぜぇっ!」
「ちっ、こいつこのままじゃ自滅して死ぬな。しょうがねえ、もう遊びは終わりだ! この赤星様がすぐに正義の鉄槌を下してや……」
「ちょっと待ってくれ、赤星!」
そこでイズミが赤星を止める。
「何だよ、イズミっ。せっかくカッコよく決めるとこだったのにっ」
「悪い、赤星。最後は俺にやらせてくれっ」
「なっ、なに!?」
「こいつを倒すのは、雷電でなければいけないんだ。阿形さんのためにもっ」
そう言うと、イズミは前に出ていき、万次と向き合った。
後ろで赤星が叫ぶ。
「ま、またかよ~~~~!! 俺の見せ場は~~~~~!?」




