41. 討伐
この日、長野にあるアニマのアジトでは、大掛かりな荷物の運び出しが行われていた。
MISTにアジトの場所が露呈したため、頭目の甲斐がアジトの緊急移転を命じたのである。
周辺の森林を伐採して作った広大な敷地には、荷物を運び出す構成員と、MISTの襲撃に備えて巡回する構成員が、200人近く動き回っている。
その様子は、まるで兵隊アリであった。
「ったく、面倒くせーよなあ。アジトがバレたぐれーで引っ越しなんてよー。MISTなんてぶっ潰しちまえばいいんだよ」
「うっせーな。ぐちぐち言ってんじゃねーよ。金が貰えりゃなんでもいいじゃねえか」
ところどころで構成員たちが不満を口にしているが、作業は順調に進んでおり、早ければ数日でアジトの移転が完結しそうである。
「そうだよ、守護霊なんて便利なもんも貰えたしよお。なんかあったらこのまま逃げちまえば……んっ……何だ?」
構成員の一人が空を見上げると、一台のヘリコプターがアジトの上空を飛んでいた。
「おっ、もしかして荷物運びにヘリを使ってくれんのか? こりゃいいねえ。楽でき……あ? なんか出てきたぞ……」
構成員たちがヘリコプターを凝視する。
――ダッ、ダッダッ、ダッ!――
すると、ヘリコプターから四人の男が飛び降りた。
「ひっ、人だ!!」
男たちは、アジトに向かって一直線に落ちてくる。
『走れ言霊、風流支配っ』
――シュファァァァッ!――
途中、小柄な男の守護霊が咒文を結ぶと、上昇気流が起きた。それによって、男たちの落下スピードが減速する。
――ドォンッッ! ドォンッ! ドォンッッッッ! ドォンッッ!――
それでも、彼らが地上に降り立った時の衝撃は、それぞれ前夜に積もった雪を吹き飛ばすほどであった。
「黒服!」
アニマの構成員たちが、飛び降りてきた男たちの正体に気づく。
「こいつら……MISTだ!!」
言葉のとおり、そこに降り立ったのは京園寺、赤星、巫月、そしてイズミであった。
「痛ってぇっ。魂力で強化しててもやっぱあの高さから落ちると痛てぇもんだな。つーか上昇気流、あんま役に立ってなかったぞ、巫月」
「だから言ったでしょっ、そんなに強い上昇気流はまだ出せないってっ! それでもやらせたの赤星さんじゃないですか!」
「まだまだだなあ。そんなんだから秀才止まりなんだぜ、巫月くん」
「何だよ、自分だってアホ星のくせに」
「んだとっ」
到着早々、赤星と巫月は言い合っている。
「二人とも、そのへんにしておけ。もう囲まれているぞ。イズミはすでに戦闘態勢に入っている」
京園寺が二人を止めた時、すでにMISTの四人はアニマの構成員たちに囲まれていた。アニマの構成員たちは、傍らに守護霊を出して四人を睨みつけている。その守護霊たちは、ほとんどが動物の霊体であるが、中には人間の霊体もいた。
そんな中、すでにイズミも背後に義経を置き、身構えている。
それを見ると、赤星と巫月も真剣な表情となり、戦闘態勢を取った。
「ではみんな、手筈どおりにいくぞっ」
「おお!」
「我らに武運を!」
京園寺が叫ぶと同時に、東郷が背後に出現し、いきなり咒文を発する。
『駆けろ言霊、魂声援応!』
――フオォォォォッッ!!――
その瞬間、東郷から飛び出した三つの光球が、イズミ、赤星、巫月の体を包んだ。
それにより、三人が纏う魂力の光が増大する。
「うおぉぉぉぉ、力がみなぎってくるぜぇ」
叫んだ赤星も他の二人も、魂力が増大し、肉体が更に強化された。これこそ東郷が発した咒文の効果である。
魂声援応という咒文は、自身の肉体強化は望めないが、周囲の味方であれば複数人の肉体強化を行うことができる。そのため、京園寺と共に戦う場合、味方の者は普段以上の戦いが期待できるのだ。
「次は僕の番だっ」
巫月が叫ぶと、背後に与一が現れる。
与一は、すぐに弓矢を上空に向けて構えた。
「いくぞ、百矢乱れ打ち!」
――ビュビュビュビュビュビュビュビュッ!!――
巫月の掛け声とともに、与一が矢を連射し始める。その連射速度は、まるで機関銃のそれのようで、数秒で百の矢が上空に放たれた。
矢の集団は、ある程度まで上がると方向を変え、地上に向けて急降下し始める。
「百の矢たちよ、敵の魂帯を狙い打てっ」
巫月は目を閉じ、両腕を矢の大群に向かって伸ばした。そのまま矢の飛行方向を制御するように両腕を動かす。
「はあぁぁぁぁ!!!!」
深い咆哮とともに、巫月の腕が勢いよく振り下ろされた。
同時に、矢が一気に加速する。
――ドドドドドドドドドドッ!!!!――
文字どおり、矢の雨が地上に降り始めた。
「ぐわぁ!!」
「ぎゃあああーっ」
魂帯を撃ち抜かれ、叫び倒れるアニマの構成員たち。
「やばい、逃げろ!!」
アニマの構成員の中には、守護霊と共に逃げ出す者もいるが、巫月は彼らを逃がさない。
「逃げても無駄だよ。僕の矢は確実に魂帯に向かっていく」
巫月の言うとおり、その矢は敵を追尾し続けた。
「ぎゃあーー!!」
「ぐあぁぁぁぁ!!」
アジトの巨大な敷地に、構成員たちの叫び声が響き渡る。
気がつくと、あっという間に構成員の半数が倒れていた。
「今だっ、イズミ、赤星!」
京園寺が声をかけると、イズミと赤星が一気にアジトの建物に向かって走りだす。
「くそーっ、MISTの奴らを建物に入れるなあっ!!」
当然のごとく、残ったアニマの構成員たちが二人の行く手を阻もうとするが、これを京園寺と巫月が次々と打ち倒していく。
「二人の邪魔はさせん!」
そう言った京園寺の背後には、右手に拳銃を持ち、左手に軍刀を持った東郷が仁王立ちしていた。
「うっ……」
その迫力に、アニマの構成員たちが圧倒され、足を止める。
「よし、建物に突入するぜ、イズミ」
入口のすぐ近くまで辿り着くと、赤星がイズミに声をかけた。
その時、建物から包帯姿の二人の男が飛び出してくる。
「はあっ、はあっ。おいおい、にーちゃんたち、こっから先に行けると思うなよっ」
道を封じたのは、桜に一度倒された万次と小鴉であった。
二人は、桜との戦いで意識不明となった後、アニマの構成員たちに救助されていた。その後、アジトで治療を受けていたのである。
「何だよおめーら、すでにボロボロじゃねーか? そんなミイラみてーな格好で出てくんじゃねーよ。殴るのに気が引けるだろっ」
赤星が両手を腰に当てて話すと、万次が怒り口調で答える。
「うるせえっ。おい、あの女はいねーのかっ。あいつは俺がやらねえと気がすまねえ!」
それを聞くと、赤星は目を丸くした。
「……はは~ん。おめーらか、桜とやった奴らは。やっぱりあいつが勝ってたんだなあ。そうかそうか」
赤星は、ニヤニヤと嬉しそうに万次たちのケガを見回す。
「何だよ、てめーは!」
「いやいや、あいつ、ムカつくよなあ。気持ち分かるぜ。俺も何度もあいつにぶっ飛ばされたからよお。まっ、あいつに当たったのが運の尽きだと思ってあきらめろ、包帯ブラザーズ」
赤星がニヤリと笑うと、「てめーっ」と言って小鴉が赤星に急突進する。
「ふっ、やんのか? 俺はもっと強い……」
――ドゴォォォォンッ!!!!――
赤星が構えようとしたが、小鴉は赤星に到達する前に、横から飛び出してきたイズミのパンチを受けて吹き飛んだ。
小鴉が「んがあっ」と言って、アジトの建物に衝突する。
「……おいおい、せっかく俺が格好良く決めようとしてたのに、何で出てきちゃうんだよ」
「すまない。阿形さんたちのことを思ったら、体が勝手に動いてしまってな」
頭を掻く赤星に、イズミが悪びれることなく答えた。




