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40. 引退

 桜と坂楽の治療は、夜になっても続いていた。

 京園寺、赤星、巫月、そしてイズミは、椿木と共に翌日の作戦について話し合った後、そのまま帝霧館で一晩を過ごす。

 月が高尾の山々を照らす中、イズミはテニスコートを使って夜のランニングを行っていた。椿木から早めに休むように言われたが、体を動かさずにはいられなかったのである。


「ここにいたんだね、イズミ君」


 そこに車イスに乗った阿形がやってきた。


「どうしたんですか、阿形さん? 休んでいないと体に障りますよ」


「いや、ちょっとイズミ君に話があってね」


「……珍しいですね。阿形さんのほうから話しかけてくるなんて」


 イズミがランニングをやめ、阿形の車イスの横に座り込む。


「それにしても、今日は月が綺麗ですね」


 阿形が空を見上げて気持ちよさそうに言うと、イズミも空を見上げ、「ええ」と答えた。


「桜さんと坂楽くん、早く良くなるといいんですが……」


「狭間先生と蛍が頑張ってくれてるから、きっと大丈夫ですよ」


 イズミがそう言うと、阿形は微笑んで「そうですね」と答えた。そして、少し間を置いてから、再度口を開く。


「イズミ君、私ね、MISTを引退することにしました」


「えっ!?」


「椿木部長には、前々から今回の任務が最後だと伝えてあったんですが、さっき他のみんなにも伝えました」


「……そうなんですか。何というか、突然で驚きました……」


 イズミが、少し寂しそうな表情を見せる。


「これは子供が生まれた時からずっと考えていたことなんです。この仕事はやはり危険が伴うでしょう? 私に何かあったら父親がいなくなってしまいますから」


「……そうですね。親がいない子供の気持ちはよく分かりますから、辞めるのは正しい判断だと思います」


 阿形は、優しい目でイズミを見つめ、「そう言ってくれて、ありがとう」と言った。


「心残りは、最後の仕事で桜さんや坂楽くんにあんなことが起きてしまったことです。特に桜さんなんて、アガちゃんアガちゃんと言って親しく接してくれてましたから、あんなことになって本当に悔しい」


「……ですよね。でも、阿形さんや、桜や坂楽がしてくれたことは無駄にはしませんよ。明日、しっかりアニマと決着をつけてきます」


 イズミの顔には、一点の不安も感じられない。そこには決意しかなった。


「さすがですね、イズミ君は。MISTに来た時からそうだったが、あなたは本当にブレない。とても強い意思を持っている。私はね、あなたはいつかMISTを背負って立つような存在になると思っています」


「そんな、俺なんかまだまだ義経の力に頼りっきりです。あいつを見ていると、自分の非力さを痛感するばかりで……」


 イズミは、遠くの山々を見つめながら答えた。


「いえいえ。私は、あなただから義経さんという大英霊の宿主に選ばれたんだと思います。だからこそ、今夜は一つだけお願いがあります」


「……お願い?」


「はい。雷電を、私の大切な守護霊を、あなたと共に連れていってください」


「!?」


 イズミが、驚いた表情を見せる。


「私がこんなだから彼にはあまり活躍させてあげられなかったが、彼は本来もっともっと強い霊体なんです。このまま霊界に返したくない。負けたまま帰すなど絶対にさせたくないんです」


「しかし、それは……」


「雷電にはもう了承を得ています」


「いや、でも……」


 イズミが考え込んでいると、背後に真剣な表情の義経が現れた。


『イズミ、こういうときの人の気持ちというのは()むものだ』


「……義経」


『君にも色々思うところはあるだろうし、君なりの考えもあるだろう。しかし、覚悟を持った人間の意思は、どんなときでも尊重してあげなければいけないよ』


 義経の言葉を聞き、イズミが少し俯く。


「イズミ君、どうか明日の戦いに雷電を」


 阿形は、懇願するようにイズミを見つめた。

 考えているイズミの肩に、義経がそっと手を乗せる。


『……イズミ』


 義経が声をかけると、イズミは顔を上げ、「分かった」と答えた。

 イズミが立ち上がり、阿形のほうを見て頷く。


「ありがとう、イズミ君、義経さん」


 阿形は、礼を言うと、雷電を呼んだ。


――フオォォォォン――


 阿形の前に、雷電が静かに現れる。

 この時の雷電は、どこか吹っ切れたような表情をしていた。


『宿主共々ご迷惑をかけますな』


 雷電の言葉に、義経が無言で微笑む。


「じゃあ、雷電、やってもらうぞ」


『ああ。あれだけ話し合って、二人で辿り着いた結論だ。もう言い残すことはない』


 雷電が答えると、阿形は少しのあいだ雷電を見つめた。しばらくすると、俯いて少し寂しそうな表情を見せる。


「……雷電、私はお前のそういう(いさぎよ)いところが本当に好きだった」


『何を小っ恥ずかしいことを言っておる。まあ、(わし)もお前の不言実行な姿勢が好きだったがな。子供のためにも、これからはもう少し言葉にしてあげるようにするんだぞ』


「ははっ……分かったよ。頑張ってみる。本当に世話になったな」


『こちらこそだ』


 阿形の目に涙が浮かぶ。しかし阿形は、涙がこぼれる前にイズミに言った。


「では、頼みますっ。イズミ君!」


「……はいっ」


 返事とともに、イズミが義経に視線を送る。


――チャキッ――


 義経が刀を抜いて頷くと、イズミはゆっくり右腕を上げた。同時に義経も、刀を握った右腕を上げる。


「阿形さん、知っていると思いますが、かなりの激痛が襲いますよ。特に怪我をしている今の状態だと、怪我がひどくなる可能性もあるし、意識も保てるかどうか」


「大丈夫です。覚悟していますから気にしないでください」


「……分かりました。じゃあ、斬りますっ」


 そう言うと、イズミは阿形と雷電のあいだにある魂帯に狙いを定め、腕を振り下ろした。


(雷電、今まで本当にありがとう)


 阿形のこの気持ちが届いたのか、魂帯が切れる直前、雷電は微笑んだ。


――シュバンッッッ――


 義経の愛刀“白夜”が、今までで一番といってもいいほど丁寧に魂帯を斬り裂く。

 魂帯が切れると、イズミはすぐに手のひらを雷電に向け、自身に呼び込んだ。


――フオンッ――


 雷電がイズミの中に入り、そのタイミングで、阿形の体を強い痛みが襲い始める。


「ぐうぅっ!!」


 阿形は、車イスの肘掛けを強く握りしめた。

 ここで、イズミにビジョンが見え始める。


(……これは、阿形さんの家の中か)


 ビジョンには、赤ちゃんを抱きかかえる阿形が映っていた。

 阿形は、こちらのほうを見ると、「抱いてごらん」とでもいうように、赤ちゃんをこちらに差し出してくる。


(阿形さん、子供が生まれてすぐ雷電に紹介したのか)


 雷電は両手を振り、困りながら断っている。


(幸せそうな記憶だ。本当に二人は仲が良かったんだな……)


 ビジョンの中の阿形は、とても良い笑顔で笑っている。

 雷電の記憶であるから、雷電の表情は当然見えなかったが、それでも雷電が笑っているのも伝わってきた。

 ビジョンは、ここで終わる。


「……ふうぅ」


 イズミが深く呼吸し、現実の阿形のほうを見ると、彼の状態ももう落ち着いていた。

 通常より回復が早いことに少し驚いたが、阿形の背後で微笑む義経を見て、謎が解けた。

 どうやら義経が、自身の魂力を阿形に流し、痛みを素早く緩和させたようである。


(さすが義経だ。かなわないな)


 イズミがそう思っているところに、阿形が心配そうに話しかけてくる。


「雷電は、無事にイズミ君の守護霊になれましたか?」


「はい。彼を体の中に感じますので、大丈夫です」


 イズミが答えると、そこに義経が言葉を付け加える。


『ちなみに、従たる守護霊がいる場所は、一見牢獄のような見た目だけど、格子の中に入ると全然違うので心配しなくていい。どういう原理か分からないが、従霊各々が望む快適な空間が、そこに広がっているんだ』


「そうなんですか。それは……よかった」


 阿形は、安堵の表情を見せた。


「阿形さん、あなたの想いを継いだ雷電は、二度と負けることはありません。だから、安心して見ていてください」


「イズミ君……」


 イズミの言葉を聞いて、阿形の言葉が詰まる。


「これから……どうか……どうか雷電のことを宜しくお願いします」


 阿形は、車イスに座ったまま深々と頭を下げた。


――ポタッ、ポタッ――


 留めていた涙が、阿形の目からこぼれ落ちる。

 月とイズミたちが見守る中、大柄で無口な男が、静かに泣いた。


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