39. 生き方
「馬っ鹿もーーーーんっっ!!」
医務室において、ベッドで寝ているイズミの耳に、誰かの叱り声が聞こえてくる。
目を開けてみると、声の主の正体は、医務室の長である狭間紋次郎であった。
「うっせーな。んなでけー声出すなよ、ハゲっ。けが人だぞ、こっちは」
「ケガならもう治しておるわいっ。大体、お前って奴は謹慎明けの初日からこんな問題行動をしおって。全く反省しとらんじゃないかっ」
叱られているのは、先ほどまでイズミと模擬戦を行っていた赤星である。
赤星は、イズミの隣のベッドに座り、狭間と言い合っている。
「しょうがねえだろ、だいた……ん? おっ、起きたかイズミ」
話の途中で、赤星がイズミが目を覚ましたことに気づく。
「ああ。俺も、気を失っていたんだな」
イズミは、寝ころんだまま答えた。
「そうだぜ。まったく、なに勝ったお前までぶっ倒れちゃってんだよ?」
「すまない。身の丈に合わない技を使ったから、体が持たなかったらしい」
イズミが少し体を起こす。
「あれなーっ。くやしいけど、お前すごかったぜー。あんなん初めて見たわ。っていうか見えなかったけどよー。はははっ」
赤星は、激闘の疲れもあるだろうに、とてもいい笑顔で笑っている。
イズミは、寝起きでまだ少し頭がぼーっとしていたが、この笑顔を見て、ふと叔父の言葉を思い出した。
「いいかいイズミ、人は悔しいときこそ本性が出る。そこを見てみると、相手がどんな人間かよく分かるよ」
イズミは、その言葉の意味を、赤星を見てすっと理解する。
会ってまだ間もないが、言葉を積み重ねるよりもずっと早く、赤星という人間に信頼を感じるようになった。
「はははっじゃないわいっ。イズミ、お前もお前じゃ。あんな激しい模擬戦をするバカがおるかっ。二度とあんなことはするなっ」
イズミと赤星の会話に、狭間が割って入る。
「すいません、先生。今後気をつけます。あと治療、有難うございました」
赤星と違い、イズミは素直に謝る。
狭間は、「うむ」と言うと、イズミを指差し、顔を赤星のほうに向けた。
「これじゃ、この態度じゃ。お前も見習え、アホ星」
「うるせえなあ、ハゲ仙人。早く山へ帰って修行でもしやがれ」
「なんじゃと!」
イズミは、この二人のやりとりを聞いて、思わず笑ってしまう。
二人はまた言い合いを始めたが、そこでイズミだけは笑顔であった。
「いいか、赤星。イズミもよく聞け」
そんな中、ふと狭間が真剣な顔をして、赤星とイズミに話しだす。
「わしらは、普段から霊体たちと接しているせいで、たまに死に対して疎くなることがある。だからこそ、たまに自分を戒めにゃいかんのだ。もっと命を大事に使えと、次の世界があるなんて思うなと、な」
狭間のこの言葉には、さすがの赤星も言い返そうとしなかった。
「わしら三人の守護霊たちだって、命を粗末にして死んだわけではないのじゃ。彼らは命を大事な人たちのために燃やし、最後の塵となるまで燃やしきったからこそ、英霊と呼ばれる存在になったんじゃぞ」
狭間が、齢九十を超える者とは思えないほど力強い目で、二人を見つめる。
「お前らも、いつか英霊となれるような生き方をせい」
この言葉に、イズミは静かに頷いた。それから少し遅れて、照れくさそうに口をとがらせた赤星が返事をする。
「分かったよ、ジジイ。悪かったよ」
「……分かればいいんじゃ」
狭間は、そう言うと笑みを見せた。
――バタンッ!――
ちょうどその時、医務室のドアが力強く開き、血相を変えた巫月が飛び込んでくる。
「赤星さんっ、イズミさん! 緊急ですっ。偵察に行った合同隊がやられましたっ」
「何だと!?」
言葉にした赤星を含め、イズミも狭間も吃驚した。
「さっき椿木さんに連絡が入ったそうでっ。今、合同隊は蛍さんの治療を受けながらヘリでここに向かってますが、桜さんと坂楽さんは重傷っ。阿形さんは、意識は戻りましたが動けない状態らしいですっ」
「マジかよ……」
赤星が険しい表情を見せる中、そのまま巫月は、狭間に治療準備を要請する。
「狭間先生、彼らはもうすぐここに着きますから、すぐに集中治療の準備を始めてくださいっ」
狭間は、「分かった」と言うとすぐに動きだした。
「イズミ、俺たちがいると邪魔になる。出ようぜ」
「ああ」
赤星の言葉でイズミはベッドから降り、医務室から出る。
それから10分も経たないうちに、二台のヘリコプターが帝霧館のテニスコートに順次降り立った。
ストレッチャーに乗せられた桜と坂楽が、蛍に付き添われ医務室に運び込まれる。
その後、阿形が乗った車イスを押して、京園寺がヘリコプターから降りた。
「すまない、阿形。お前の治療は後になる」
「私のほうは、後からゆっくり治療を受けるので大丈夫です。今はとにかく桜さんと坂楽君に回復してもらわないと……」
阿形は、不安そうな表情で帝霧館を見つめた。
京園寺と阿形が医務室の前まで行くと、そこにはイズミ、赤星、巫月がいた。三人とも、廊下の壁に寄り掛かって深刻な表情をしている。
「お前たち……」
三人が目に入ると、京園寺は足を止めた。
腕を組んで天井を見上げていた赤星が、最初に京園寺と阿形に気づく。
「アガさん、あんたは大丈夫なのか?」
赤星が駆け寄って話しかけると、阿形は力なく微笑んだ。
「いったい何があったんだよっ、隊長?」
せっついて訊く赤星に対して、京園寺が説明を始める。
「三人は、アニマのアジトの偵察から戻る途中で、敵に遭遇したそうだ。俺は、坂楽から救助信号を貰って駆けつけたんだが、その時には、すでに三人とも意識がなかった。阿形の話では敵は二人で、そのうち一人は桜が倒したそうだ。その後、桜はもう一人とも戦闘になったそうだが、その結果は分からん」
「あいつ、またなんか無茶しやがったな」
「俺が行った時、すでに敵はいなかった。二人とも桜に倒され、その後に仲間に回収されたか、または一人が桜を倒し、倒れていたもう一人を連れて帰ったか、そのどちらかだ」
「……じゃあ、最初のほうだ。桜がそう簡単に倒されるわけねえし」
赤星と桜は、普段決して仲が良いほうではない。むしろ、よく口喧嘩をしている。しかし、こういうところで、どれほど赤星が桜を信頼しているかが分かる。
「幸いだったのは、俺が早くそこに着いたことだ。あのままいたら三人とも凍死していた。坂楽は、最初の攻撃で一度気絶したらしいから、きっと意識が戻った時にすぐ携帯から救助信号を出したんだろう。それが結果的に三人の命を救うことになった」
「さすが坂楽だ。いい仕事をしたな。敵には逃げられちまったが」
「いや、逃がさない。こうなった以上、敵はアジトを移動しようと考えるだろうが、そうはさせん」
京園寺の目が、眼鏡の奥で強く輝く。
「……ってことは」
「ああ。明日、すぐに戻って奴らを叩き潰すっ。赤星、巫月、イズミ、お前たちにも手伝ってもらうぞっ」
「よっしゃ、そうこなくちゃな!」
赤星が、左の手のひらを右拳で打った。
「了解ですっ」
「はいっ」
巫月とイズミもそれに続いて、力強く返事をする。
このとき、この場にいた者全てが同じ表情を見せた。ただ一人、車イスに乗る阿形を除いては。




