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35. 模擬戦

「イズミ……って呼べばいいんだよな? 模擬戦を快諾(かいだく)してくれて感謝するぜ」


「こちらこそだ。俺も、もっと訓練が必要だと思っていたところだから、申し出に感謝する」


 謹慎明けの赤星は、半刻ほど前に帝霧館内で偶然イズミと会った。そして自己紹介するや否や、いきなりイズミに模擬戦を持ちかけたのである。


「突然で悪かったが、鈍ってる体を手っ取り早く鍛えなおすには、やっぱり強い奴と戦うのが一番だからよっ」


「巫月から赤星の事情は聞いていたから、問題ないさ。それに手合わせは、お互いを知る上でちょうどいいだろう。今後、共に任務を遂行する場合にも、能力を知っていたほうが連携が取りやすいだろうし」


「そう言ってくれると有難い。俺はとにかく強くならなきゃなんねえから、ガチの勝負で頼むわ。ちなみに俺の守護霊はこいつ、忍者の半蔵だ。技数の多さじゃ誰にも負けねえと思ってる」


 赤星が紹介すると、半蔵が赤星の背後から現れた。

 そのまま半蔵が一礼をすると、イズミの背後に義経が出現する。


『ふむ、そういうふうに正々堂々と紹介されたら、私も名乗らなければならないな。私は義経だ。宜しく頼む。私は、かなり強いぞ』


 イズミが申し訳なさそうに「こういう奴ですまない」と言うと、赤星は笑顔を見せた。

 続けて、半蔵が義経に話す。


『大英霊さま、お初にお目にかかります。この度は、我が宿主のわがままを聞いていただき有難うございます』


 半蔵は、義経に深々と頭を下げた。

 義経は、微笑んでそれに答える。


『堅苦しいのはやめようじゃないか。義経でいい。それに会うのは初めてじゃないだろう? この前の朝方、道ですれ違ったじゃないか』


 それを聞くと、赤星は「げっ、バレてたのか!」と焦った表情を見せた。

 義経は、「そうなのか?」と訊くイズミに対し、「君は気づいてなかったけどね」と笑う。


『あの時は敵か味方か分からなかったので、咄嗟に気配を消したのですが……。気づかれていたとは、さすがです』


 半蔵は感心するように言った。


『いや、半蔵は完璧に気配を消していたよ。さすが忍者というだけのことはある。あの時に私が気づけたのは、この赤星がいまいち魂力を抑えきれていなかったからさ。酔いが回ってたせいもあるんだろう』


『いやいや、単にこいつが未熟なだけです。お恥ずかしい』


 半蔵がそう言うと、赤星は不満げに「おいっ」とツッコミを入れる。そして「いいからもう始めようぜ」と恥ずかしさをごまかすように言った。

 そんな赤星に、義経が腕を組んで話しかける。


『始めるのはいいが、赤星、君はなぜそこまで強くなりたいんだい?』


「ああ、好きな女のためっす」


 即答する赤星に義経は両眉を上げた。それから、すぐに満足げに微笑む。


『……そうか。よく分かった。では始めようか』


「うっす」


 義経の言葉を受け、赤星は半蔵と共にフィールドの端に向かって歩き始めた。

 義経は、それを見ながらイズミに話しかける。


『イズミ、私はああいう男は好きだ』


「ああ、なんか気持ちのいい奴だな」


『人が強くなりたい動機っていうのは、本来ああいうものであるべきなんだろう』


 イズミは「そうかもな」と言うと、微笑んで逆の端に歩き始めた。

 テニスコートの周りの野次馬は更に増えていたが、イズミも赤星も周囲を気にする様子は全くない。

 両者は、フィールドの端に着くと、振り向いて相手と向き合った。

 フィールドには微かな風しか吹いておらず、太陽の光が優しく降り注いでいる。


「さて、やるかっ」


 赤星がそう言うと、半蔵は指先から小さな火の球を出し、斜め上方に向かって撃ち出した。

 その後、半蔵は赤星に自身の体を重ね、密かに咒文を唱え始める。


――ボボボボ……――


 火の球はある程度上空まで上がると、フィールドの中央に向かって下降し始めた。


『なるほど。あれが地上に落ちた瞬間が開戦らしいぞ、イズミ』


「そうだな」


 イズミが火の玉を見ながら、両手を腰に当てて義経に答える。


『しかし、いきなり火の能力を見せてくるとは。本当に何も隠さない奴だな』


 義経は「面白い」と言いながら、体をイズミに重ねた。


――ポフンッ!――


「いくぞっ!」


 火の球が地上に落ちて弾けた瞬間、イズミが掛け声を叫ぶ。

 同時に二人は、赤星たちに向かって二位一体で駆けだした。


「速いっ。こっちもいきなり本気でいくぜ、半蔵」


 「ああ」と答えると、半蔵は先ほどから唱えていた咒文をここで結ぶ。


『走れ言霊、瞬霧散開』


――フシュウゥゥゥゥーーーーッ!――


 その瞬間、フィールド内が濃霧で包まれた。


「ちっ」


 霧に視界を遮られ、イズミが急停止をかける。


『イズミ、反響探知だっ』


「ああっ。頼むぞ、(たき)っ」


 義経が声をかけると、イズミは瀧という従霊を呼び出した。出現したのは、眼鏡をかけた七三分けの霊体である。

 瀧が両腕を広げると、その両サイドにピアノの鍵盤のみが顕現する。


――タタァーーーーンッッッッ!――


 すぐに瀧は、両手でそれぞれの鍵盤を強く弾いた。

 弾かれた白鍵の音が濃霧の中に広がっていく。


「右斜め上にいるっ。跳んだかっ」


 イズミは、音の反響によって、すぐさま赤星の位置を把握した。

 瀧は元音楽家の従霊であり、その特殊能力の一つは、音の反響からあらゆる物の位置を把握できるというものなのである。


「まずいっ。飛び道具を飛ばしてきたぞ、義経!」


 霧の中から手裏剣が次々と飛んでくる。


――キィンッ、キィンッ、キキィンッ、キィンッッ――


 義経は、反響を頼りに全ての手裏剣を刀で叩き落した。

 弾かれる音によって、赤星は全ての手裏剣が回避されたことを悟る。


「マジか!? これを初見で全回避とはっ。さすがとしか言いようが……」


 その瞬間、霧を引き裂いて、鎖分銅が赤星に向かって飛んできた。


――ギャチャンッッ!――


 半蔵は、それを刀で受け止めるが、鎖が刀と両腕に絡まる。


『ぐっ、しまった』


「やばいぞっ、半蔵!」


 更に、霧の中から黄色い目を光らせた獣が飛び出してくる。


『ガオォォォォッ!』


「狼っ!?」


 赤星が目にしたその白い狼は、伸びてピンと張った鎖の上を駆けてきて、半蔵に飛び掛かった。


『くっ、瞬転!!』


 半蔵がぎりぎりで反応する。その瞬間、半蔵は刀を残してその場から消えた。


――シュッ!――


 次の瞬間、狼の真上に現れる。


『そう簡単には取らせん!!』


 半蔵は、そのまま狼の腰に手刀を入れた。


『キャイィンッ!!』


 鳴き声とともに狼が消えていく。同時に、鎖分銅も消えた。


「大丈夫か、半蔵!」


『ああ、だが今の霊体はいったい……』


 赤星と半蔵が話している途中で、霧が急速に晴れていく。

 霧が晴れてみると、イズミたちと赤星たちの距離はかなり近くなっていた。


『すごいなあ、今のは瞬間移動かい?』


 いきなり始まった目まぐるしい攻防の入れ替わりは、義経のこの質問で一旦止まった。


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