表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/71

33. 百万光年

――パァンッッ!!!!――


 万次が桜の顔に狙いを定めたちょうどその時、雪山に銃声が響いた。


『パォォォォッッ!!!!』


 その瞬間、マンモスの霊体が咆哮(ほうこう)を上げる。それと同時に、万次も「ぐぬぅっ」と苦悶の表情を見せた。

 桜と万次が、同時に銃声の出どころに目を向ける。


「はあっ、はあっ。桜……大丈……夫?」


 そこにいたのは、先ほどまで気絶していた坂楽であった。

 背後に立つ源内は、両手で少し変わった形のライフルを構えている。


「……坂楽。お前……そんな状態で立ったらダメだっ」


 桜は、自身が声を出せるような状態でなかったにもかかわらず、ふらふらの坂楽を見て、堪らず声を上げた。


「はあっ、はあっ。大丈夫さ……源内さんのこの霊銃なら……いくらマンモスでも数分は(しび)れて動けなくなるはず。だから……桜は今のうちに逃げて……」


 背中を強打した人間というのは、その後、息苦しさや吐き気を感じることがある。その場合、神経が損傷している可能性があり、この時の坂楽もまさにその状態であった。


「くっ。やってくれたな、この野郎。てめえ、まだ動けたのか」


 マンモスと感覚を共有している万次も、少なからず体の自由が利かなくなっている。しかし、ここで万次は坂楽に向かってゆっくり歩き始めた。


「んぐぅ、こんなもんで俺が、マンモスが止まるわけねえだろぉ」


 足に重りを付けているかのような動きだが、その動きは段々早くなる。


「そんな……こんなに早く痺れが止まるはずが……ないのに。源内さん……もう一発だっ」


――パァンッッ!!!!――


『パォォッッ!!!!』


 二発目の弾で、またもマンモスの霊体が咆哮を上げる。しかし、それでも万次は止まろうとしない。「ぐっ!!」と(うめ)きながらも坂楽に向かっていった。

 坂楽の目の前まで来ると、怯んでいる坂楽を睨みつける。


「まずい!」


――ドガァァァァンッッ!!――


 桜が言葉を発したとき、万次の拳が坂楽の顔の形を(ゆが)ませた。


「あがぁっ!!!!」


 坂楽が吹っ飛び、辺りの雪に坂楽の血が飛ぶ。


「坂楽!!」


 桜は叫ぶが、体が動かない。

 万次は、またも坂楽のもとに寄っていく。


「変な飛び道具使いやがって。てめえも先に潰しちまえばよかったなあっ!」


――ドゴォンッッ!!――


 言葉と同時に、万次は横たわっている坂楽の腹に豪快な蹴りを入れた。


「ぐふぁっ!」


 坂楽が吹っ飛び、今度は木に体を強打する。


『ぬあぁぁっ!!』


 坂楽の守護霊である源内も、痛みで蹲った。


「坂楽!!!! 源内さん!! おい万次、てめえ、こっちを狙えよバカ野郎っ」


 桜が万次を挑発するが、万次はそれに乗ってこない。


「てめえは、最後に一番苦しませてやるから待ってな。そこで仲間が潰されんのを見て、泣き(わめ)いてりゃいいさ」


 そう言うと、万次はまた坂楽に向かって歩く。


(くそっ、くそっ、くそっ)


「ぐはぁっ!!」


 桜が見ている前で、またも坂楽の血が飛び散った。


(どうすればいい!? どうすればっ!?)


「かはぁっ!!」


 桜の中に打開策が浮かばないまま、積もり始めた雪が坂楽の血で染まっていく。


「ごほぉっ!!」


 桜の瞳に、飛び散った血が容赦なく映り込む。


(やめろ、本当に坂楽が死んじゃうだろ。やめてく――――――――)


 坂楽が再度蹴り上げられた時、桜の世界から音が消えた。


「――――死んでも守んなきゃな。ヒーローなんだから」


 桜の頭の中に、若い青年の言葉が響く。

 その言葉が響くと、動きが止まっていた桜の瞳が揺れた。


(……そうだ。そうだった)


 ここで、この白い雪と赤い血が交わる冷たく残酷な世界に、音が戻る。

 そして、桜の心の中で何かが決した。


「……道山、あれをやるよ」


 魂が繋がっている道山には、“あれ”だけで何を意味しているかが分かる。


『……本気なのか、桜』


「ええ、本気。こうなったらもう他に手はないわよね」


 険しい表情を見せる道山に、桜は吹っ切れたような表情で答えた。


『しかし、あれをやったら今のお前だと死ぬかもしれないのだぞ。それが分かって……』


「もうアタシのために誰かが死ぬのは嫌なんだよっ!!」


 桜の必死の叫びで、道山は口をつぐむ。

 そして、少しのあいだ桜を見つめた後、ゆっくり答えた。


『……そうか、ではもう何も言うまい。私は、お前を誇りに思う』


「ありがと、道山」


 道山が静かに咒文を唱え始めると、桜はふらふらと立ち上がった。


「おい、万次!」


 桜が大声で名前を呼ぶと、万次の動きが止まる。


「あぁ? 何だよ、さっきから人の名前呼び捨てにしやがって。おめえの相手は後でするって言っただろっ」


「こっからアタシが本気出すから、よく見てな」


「あぁ?」


「惚れるぜっ!!!!」


 桜は、力を振り絞って叫んだ。


『よく言ったあ、桜!!』


 その横で、道山も迫力ある声で叫ぶ。そのまま、力強く咒文を結んだ。


『走れ言霊、命魂激燃!!!!』


――ブアァァァァッッッッ!!!!!!――


 その瞬間、桜が纏う魂力の光が数倍に膨れ上がる。


「何だあっ!?」


 あまりの輝きに、万次は目を細めた。


「うおぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!!」


 道山の姿が消えていく中、桜が雄叫びを上げる。


「何だ!? 何をしやがったんだ!?」


 跳ね上がった桜の魂力を感じて、万次は困惑した。

 そんな万次を、一転して押し黙った桜が見据える。


「なっ、何だよ、お嬢ちゃん……」


 数メートル先で怯む万次に対して、桜は無言で跳躍の体勢を取った。


「こいつ……まだやる気……」


――シュッッッッ!!!!――


 その瞬間、拳を振り上げた桜が万次の眼前に現れる。


「はっ、はや……」


――ゴォォォォンッッッッ!!!!――


 万次が言葉を発する間もなく、桜の拳が万次の顔に入った。


「ぐはぁっ!!」


 万次が、血を吐きながら吹っ飛ぶ。

 そこから、桜の拳のラッシュが始まった。


「おらおらおらおらぁっ!!!!」


 桜の容赦ない攻撃が万次を襲う。


――ゴゴォォンッッ!! ドゴォォンッッ!! ドゴォォンッッ!!――


 強烈な打撃音が辺りに何度も響いた。


(い、一撃一撃が重いっ。何だこいつ、別人のようだっ!)


 万次がこう思うのも無理はない。道山が唱えた“命魂激燃”は、守護霊の全魂力を一気に宿主に流し込み、一時的に宿主の力、スピード、反射神経を爆発的に高める咒文だからである。

 しかし、これは宿主への魂力の負荷を一切無視したものであり、そのため宿主が魂力を全て消耗する頃には、体が致死の損傷を受けていることもある。また、魂力を全て宿主に与えた守護霊は、顕現が解け、戦闘が不可能となる。

 つまり、この咒文は、守護霊と宿主の全てを懸けた最後の切り札なのである。


(くっ、くそ。いっ、意識が飛びそうだ)


 並の霊能者ならすでに意識を失っているだろうが、マンモスの強靭性を得ている万次は、ぎりぎりで桜の連打に耐えていた。


(だが、こんなとこで俺はやられねえぞ。絶対に、やられねえっ)


 まだ、かろうじて反撃する意思を持っている。


「ここだっ、おらあっ!」


 桜の攻撃の合間を縫って、何とか桜を羽交い絞めにした。


「捕まえたぞ、こうすりゃ攻撃できねえだろっ。もう離さねえからな、このまま窒息死させてやるっ」


 しかし、桜は顔色一つ変えない。


「ぬるいんだよっ!!!!」


――ゴォォォォンッッッッ!!――


 桜は万次に、鉄槌のような頭突きを食らわせた。


「うがっっ!!」


 万次の羽交い絞めが解ける。


「くたばれ、万次っ!!!!」


 桜は、そのまま前方宙返りをして、かかと落としを万次の頭に食らわせた。


――ドガァァッッン!!!!――


 その威力で、万次が地面に頭を打ちつける。地面から雪と土が同時に飛び散った。


――スタッ――


 着地すると、桜は足を開いて仁王立ちする。


「はあっ、はあっ」


 肩で息をしながら、倒れ込んだ万次を見下ろした。


「やった……か? ぐっ、ぐあぁぁぁぁ!!!!」


 ここで、攻撃をしていた桜のほうが激痛に襲われる。


(くそっ、やっぱ体がもたない……。もう立ってくるなっ)


 痛みに耐えながらの願いだったが、残念ながら、この願いは届かなかった。

 万次がふらふらとまた立ってくる。


――ダッ!!――


 桜は、後方に大きく跳び、万次と距離を取った。


「ち、ちきしょおっ。俺は負けねえぞっ。俺は、アニマの頭目の息子、万次だっ。うぉぉぉぉ!!!!」


 万次が叫んで、桜のほうに走ってくる。


「しつこいっ!! 決着をつけてやる!!!!」


 言葉と同時に、桜も万次に向かって走りだした。


――ダッ! クルッ!――


 万次が拳を振り上げた瞬間、万次より高く跳ね、そのまま前方宙返りで万次の背後にまわる。


「これはアガちゃんの分!!」


 桜は、着地した瞬間、そう言って万次の背中に膝蹴りを入れた。


「がぁぁっっ!!!!」


 万次が、膝をついて倒れ込む。


「そして!!」


 続けて桜は、背後から万次の腰を両腕で抱えた。


――ダッ!――


 そのまま、万次もろとも上方へ高く跳ぶ。


「これは!!」


 空中で後方へ反りかえると、万次と共に頭から急降下した。


「坂楽の分だぁぁぁぁ!!!!!!」


――ドゴォォォォォォォォンッッッッッッッッ!!!!!!!!――


 雪降る山に、この日最も大きい衝撃音が響き渡る。

 衝突の直前で桜は万次から離れたが、万次はそのまま頭から地面に衝突した。その衝撃は凄まじく、血の混ざった雪が四方八方に飛び散った。


「がはぁっ!!!!」


 逆さ十字のようになった万次は、血を吐いた途端、白目を剥き出しにする。その後、どさっと地面に倒れると、仰向けのまま動かなくなった。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 辺りがあっという間に静まり返る。雪風が一瞬吹きつけたが、すぐにやんだ。

 静寂の中、もはや桜の荒い息遣いしか聞こえてこない。桜たった一人の息遣いしか聞こえてこない。

 最後にこの場で立っていたのは、他の誰でもない、桜だった。

 桜が、この怒涛の連戦を制したのである。


「……やった……か」


 見事な変則バックドロップで勝利した桜だったが、喜ぶ余裕などなく、足がふらついている。体中に激痛が走っており、目が虚ろになってきていた。


「くっ」


 それでも桜は、ゆっくり万次に近づいていく。


「はあっ、はあっ」


 息も絶え絶えに万次のそばまで行くと、倒れる万次を見下ろした。


「見たか……」


 よろめきながら、何とか言葉を発する。

 そして痛みで震える拳を、万次に向けて突き出した。


「アタシに……か……勝とうなんて……百万光年……早いん……だ……よ…………」


 降り注ぐ雪が更に強くなっていく。

 桜は、この言葉を言いきった後、白い世界の中で倒れ伏した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ