32. 連戦
「マンモスだなんて……くっ!」
桜が、我に帰って万次を睨みつける。
「こいつを守護霊にすんのは苦労したんだぜえ。いくら動物の霊体は召喚しやすいっつっても、なかなかこいつレベルのは出てこねえからなぁ。んだから、イタコのババアに何十体も霊体を召喚させてよぉ、やっとこいつに当たったんだよ」
万次は、背後にいるマンモスの守護霊を自慢げに指差した。
(……そうか、やっぱりアニマにはイタコがいたのね。どうりで短期間でここまで召喚者を増やせたわけだ。しかも、このレベルの霊体まで呼び出せるとは……)
桜は、初めて見た巨大な守護霊を前に、未だ焦りを隠せないでいる。
「しっかし、あの召喚ってのは、ガチャみてーなもんだな。まぁ、俺は当たりだけもらって、ハズレは下の奴らにくれてたからいいんだけどよー」
万次は、ボサボサの頭を掻きながら話し続けた。
「お前らMISTは、召喚じゃなく降霊ってので守護霊を憑けるんだろ? おもしれーよなあ、そうすると守護霊と話ができるんだから。守護霊と話すって、どんな気分なんだ?」
馴れ馴れしく話しかける万次に、桜は答えようとしない。
「何だよ、ダンマリかよ。こんな機会は滅多にないから、ちょっとはお喋りしてもいいんじゃねえかと思ったんだがなあ」
ここで、やっと桜が口を開いた。
「……よく喋る男だな。一方的に喋る男はモテないって知らねえのか? そんなにアタシとお喋りしたかったら、アポとって列に並べよ」
高飛車な言い方をしながら、万次にガンを飛ばす。
それを聞いた万次は、怒るどころか口角を上げた。
「いいねえ、強気な女は好きだぜ」
「あんたじゃアタシと釣り合わないだろっ。いいから、さっさとかかってこいっ」
桜の言葉とともに、背後に道山が現れ、戦いの構えを取る。
「へえ、レスラーの守護霊かよ。おもしれー。じゃあ、まずは守護霊同士で力比べといこうか」
「なに!?」
万次が「いくぜ」と言った瞬間、マンモスが鼻を振り上げ、勢いよく道山に振り下ろした。
『ふんっ!!』
――ドォォォォォォンッッッッ!!!!――
道山が、それを両腕で受け止める。しかし、受け止めた衝撃が凄まじい。
『……ぐぬっ』
「くっ」
道山の体の軋みが、感覚を共有する桜にも伝わってきた。
「くそっ」
桜の体にも、道山と同様の痛みが走る。
「おー、大したもんだなあ。じゃあ、今度は宿主同士で力比べだっ」
――ガシッ!――
万次は、いきなり両手を伸ばして、桜の左右の腕を掴んだ。
(なっ、しまったっ!!)
本来の桜なら、この程度のものは軽く躱せていたはずである。しかし、この時は道山とマンモスのぶつかり合いに気がいっていた。
「くっ、離せっ」
――ググググググッッ!!――
万次がゆっくり力を入れ、桜の腕に圧をかけていく。
「ぐうぅぅっ」
桜が歯を食いしばっていると、万次は「我慢強いなあ」と言って、更に力を入れた。
「ぐああああぁぁぁぁ!!」
桜の叫び声が上がる。
(……まずいっ……このままじゃ腕が折られるっ……)
――ゴォンッ!!――
桜は、自由が利く右足で思い切り万次の顎を蹴り上げた。
「ぐっ」
当たりはしたものの、小鴉の顎を蹴り上げた時ほどの手応えはない。しかし、これにより万次の手の力が緩んだ。
――ガッ!!――
桜は、すぐさま左足で万次を蹴り押し、その反動で万次から離れる。
道山もそれに追従して、マンモスの鼻から逃れた。
「痛えなあ、おい」
万次が、蹴り上げられて上方を向いてしまった顔をゆっくり下げる。この「痛え」とは口ばかりで、ダメージを受けている様子は全くなかった。
桜のほうは本当に痛そうで、自身の腕を擦りながら道山と念話を行っている。
(ちっくしょ~。くっそ痛い。あやうく腕がもげるとこだったわ、あのバカ力っ。しかも、あいつ堅いっ)
(桜、先ほどの敵と違ってこいつにラッシュは危険だ。掴まれる可能性がある。一撃離脱を繰り返していこう)
(了解)
道山との念話が終わると、桜は腕の痛みを我慢してファイティングポーズを取った。
二位一体の動きをする道山も、全く同じファイティングポーズを取る。
「おっ、打撃戦か? いいぜ。じゃあ打撃戦で勝負しようじゃねえか」
桜の構えに応じて、万次はマンモスの前に仁王立ちした。そして、両拳に魂力を集中し始める。
――ギュオォォォォォォ……――
すぐに、万次の大きな拳が魂力の光で輝きだした。集まった魂力の質量から、その破壊力の大きさが窺える。
「当たったら死ぬぜ!」
そう口角を上げて言うと、万次は桜に殴りかかった。
――サッ――
桜は、当たる瞬間に万次の拳を躱す。
――ゴオォォォォンッ!!――
次の瞬間、桜の背後にあった大木に万次の拳が衝突し、鈍い衝撃音とともに折れた。
(やはり力はあるわね。だけど、スピードはないっ)
――ガッ!!――
桜が道山と共に万次の背後に回り込み、万次の膝の裏に蹴りを入れる。しかし万次は、多少体勢を崩しただけで、ダメージを受けていない。
「痒いな」
そう言って、再度桜に殴りかかった。
――ブォンッ、ブォッ、ブォッ、ブォッ――
荒い連打が繰り返され、そのたびに風を切る音が桜の耳に届いてくる。
桜は、この連打も見事に躱しきった。
――ガァンッ!――
そのまま隙を狙って万次の腹に拳を放つが、魂力で強化された強靭な腹筋が邪魔をする。桜は、万次が次の攻撃を繰り出す前に、後方に大きく跳躍した。
(やはりマンモスの堅固さは並じゃないわね。でも、これを繰り返すしかないっ。攻めて、避けて、攻めてだ!)
ここから桜が一撃離脱を繰り返していく。
――ガァンッ! ダッ! ゴォンッ! ダッ!――
そのうち二人は山道から逸れ、密林に入り込んだ。
足場の悪い山の斜面を移動しながら、一進一退の攻防が繰り広げられる。
――ドゴォォォォンッッ!! ゴォォンッッ!! ドゴォォォォンッッ!!!!――
万次が振り回す拳によって、再三木々が折られていった。
「くっ」
桜は、先の戦いで小鴉にやられたあばら骨が痛むが、攻撃と回避の繰り返しをやめない。
――ゴォォンッッ!! ドゴォォォォンッッッッ!!!!!!――
そんな中、少し季節外れの雪がパラパラと降り始めた。
二人の視界が悪くなる。
「くそ、諦めの悪いお嬢ちゃんだ。いいかげん攻撃が効かねえって分かりやがれ。いらいらすんぜっ」
言葉どおり、これまで多くの敵を短時間で仕留めてきた万次は、この長引く戦闘にいらつき始めた。
(こうなったら、あの手を使うか)
戦闘の場が山道に戻った時、万次が動きを見せる。
――ビュッッッッ!!――
万次は、桜に攻撃を仕掛けた瞬間、守護霊のマンモスに道山を攻撃させた。
桜は万次の攻撃を避けたが、道山は向かってくるマンモスの鼻を避けきれない。
『ぐっ』
それでも道山は、この攻撃を何とか腕でガードした。
しかし、道山が動きを止めた瞬間、マンモスが右の前足を上げる。
『なにっ!』
マンモスの霊体は、そのまま道山を踏み潰しにかかった。
――ドスゥゥゥゥンッッ!!――
道山が、両手と背中でマンモスの足の裏を受け止める。
「まずいっ……!」
これに伴い、感覚を共有する桜の体にも負荷がかかり、動きが止まった。
――ドゴォンッッッッ!!――
そこに万次から、腹を狙ったパンチが入る。
「ぐはぁっ!!」
強烈なパンチをもらったことで、腹が破裂しそうな衝撃が桜を襲った。息が止まり、思わず倒れ込みそうになる。
しかし、万次は桜の髪を上から引っ張り、桜が倒れるのを許さなかった。
「やっとパンチが当たったんだから、もうちょっと楽しませろよ」
「……っ」
苦しそうな表情を見せながらも、万次を睨みつける桜。
「守護霊がこうなっちまうと、お嬢ちゃんもほとんど動けないよなあ。どうよ? 磔にされた気分だろ?」
桜は、無言のまま睨みつけるのをやめなかった。
「おいおい、またダンマリか? 泣いて謝ったら許してもらえるかもしんねーのに」
顔を近づける万次に対して、桜が鼻で笑って言う。
「……あんた、口臭いわよ」
「ああっ!? こいつ……っ! いいだろう、その空元気がいつまで持つんだろうなあ!!」
万次は魂力を右足に集中させ、桜の脚に思い切り蹴りを入れた。
――ゴガァァンッッ!!!!――
体に走った激痛から、一瞬で左脚にヒビが入ったと分かる。
「ぐああああぁぁぁぁ!!!!」
雪降る山に、桜の叫び声が上がった。
万次が手を離すと、桜が地面に崩れ落ちる。
『桜ぁぁぁぁっ!!』
道山は、マンモスの足を背負ったまま桜の名を叫んだ。
「こうなったら、もう歩くこともできねえだろ。本当だったらこのへんで楽にしてやってもいいんだけどなあ。お前はちょっと調子に乗りすぎた。もうちょっと痛めつけて、すげえ後悔させてやるよ」
桜が倒れ込んだ状態のまま顔を上げると、冷たい目をした万次が桜を見下ろしている。
「まずは、そのカワイイ顔をぐちゃぐちゃにするか」
万次は、ゆっくり右足を上げた。




