31. スタミナ
「アガちゃんはそっちをやるってことね。じゃあ、アタシはニワトリ頭をやるわ」
桜が振り向いて、小鴉を睨みつけると、背後から道山が現れる。
出現するとすぐに、道山は「鳥の守護霊持ちのようだな」と腕を組んだ。
「ニワトリ頭だと、くそ女~。てめえこそ雪山で上半身裸の守護霊なんか出しやがって、変態かよ」
「あぁ!? これこそレスラーの正装だろうがっ」
「知るか。あんなヤラセの見世物」
「この野郎、道山とプロレスをバカにしたな~。道山っ、まだちょっとアタシの中に入っててっ。まずこいつを一人でぶっとばす!」
道山が「やれやれ」と言いながら、口角を上げて戻っていく。
――ダッ!――
道山が戻ると、桜はいきなり小鴉に向かっていき、飛び蹴りを放った。
「当たるか、アホっ」
小鴉が後方に跳び退って、これを避ける。
「まだまだあっ」
それでも桜は、足を止めなかった。更に突進して延髄蹴りを入れようとする。
――ガンッ!――
小鴉は、今度は避けることなく、しっかり腕でガードした。
一瞬膠着状態となるが、それでも桜の勢いは止まらない。今度はパンチの連打を繰り出し始めた。
――ガガガガ、ガガガガガガガガッ!――
「くっ」
小鴉は、後方に移動しながら桜のラッシュをガードし続ける。
「おらおらおらおらーっ」
「しつけーなっ、てめー」
通常、パンチの連打をしてくる者は、疲労により途中でスピードが落ちる。そのときが相手の攻撃チャンスとなるのだが、桜のスピードはなかなか落ちなかった。
「何だこの女っ」
小鴉が知る由もないが、桜はMISTの隊員の中で最も持久力がある。若い頃から厳しい走り込みを続けているおかげもあるが、なにより、それによって魂力を効率良くスタミナに変換する術を心得ているからである。
「くっ、いいかげんに一回止まれっ」
小鴉は、桜のラッシュに耐えきれず、無理やり攻撃を繰り出そうとした。しかし、これは手痛い失敗となる。
防御意識が一瞬低くなったことを、桜は見逃さなかった。
(ここだっ!)
――ドゴォォォォンッ!!――
小鴉の胸に、桜の手刀打ちがさく裂する。
「ぐはぁっ!」
小鴉の息が、一瞬止まった。
「もう一発食らえ!!」
ここぞとばかりに、桜が二度目の手刀打ちを繰り出す。
「くっ!」
ギリギリのところで、小鴉は地面を蹴って上空に逃れた。
小鴉の背後には、鷹の守護霊が現れている。
桜は、さすがに動きを止め、上空を見据えた。
(……そうだった。こいつは飛行可能な守護霊を持っているんだった。だけど、いくら鷹の守護霊でも、ずっと人を空中に浮かせているのは無理なはずよね。それなら、降りてきたところを仕留めるか)
桜が見据える中、小鴉は浮遊したまま、しかめ面で胸を押さえている。
桜は、そんな小鴉に対し、両手を口に添えて「降りてこい、ボケーっ!」と叫んだ。
小鴉が「うっせえっ」と言い返し、気を取り直す。
「おい、MISTの女っ。そんなにやりたきゃやってやるから、お前がこっちに来いっ。ここまでジャンプしてこいやっ!」
「はあっ? バカか、お前っ。わざわざお前が得意な空中戦をしてやるわけねえだろっ」
桜は、両手を腰に当て、呆れた口調で言った。
小鴉が舌打ちをし、「そーかいそーかい」と不敵な笑みを浮かべる。
「じゃあ、しょうがねえ。こっちから行ってやるよっ」
――バッ!――
言い終わるのと同時に、小鴉は桜に向かって急降下した。
(速い!)
桜が、大きく水平に跳ねて交わす。
「甘いぜっ」
――ギュイィィィィンッ!――
避けたと思ったのも束の間、小鴉は地上ギリギリで方向を変え、勢いそのままに桜に向かってきた。
「なっ!?」
――ドゴオォォォォン!――
小鴉の頭突きが、桜の脇腹に直撃する。
「かはっ!」
桜は、衝撃で道沿いの茂みの中に吹っ飛んだ。
「大当たり~!」
小鴉が、バカにしたような口調で笑う。手応えから、桜に大きなダメージを与えた確信があったのである。
実際、今の一撃は桜に骨折の痛手を与えている。
『桜、大丈夫か?』
茂みの中で、道山が出現し桜に話しかけた。
「くそっ。あばら骨が何本か折れたかもね。あいつ、球場で戦った連中よりずっと強いよ」
『だろうな。球場にいた者たちは、純然たる霊能者ではなかった。召喚で守護霊を持たされていただけだ。それにひきかえ、この敵は恐らく生来の霊能者。生来の霊能者が守護霊を持つと、やはり強い』
「そういうことか。それで、どうしたらいい?』
桜が肋骨に当てていた手を離し、次のステップに意識を向ける。
『うむ、避けた方向にも飛んでこられるというのは脅威だな。しかし、それが分かっていれば対処のしようはあるだろう。方向を変えた後、相手は必ず攻撃が当たると思って油断するだろうから、そこにカウンターの攻撃を食らわせるんだ』
「なるほどね、了解。絶対上手くやるから、道山はもう一度体の中に戻ってて」
『ふっ、お前は一度言い出すと聞かんからなあ』
「ありがとっ」
道山が戻ると、桜は茂みから走り出て、そのまま小鴉に再度突進していった。
「バカの一つ覚えか」
そう言って、小鴉がまた上空に逃げる。
――ザッ――
桜は、また動きを止めざるを得なくなった。
「何だよ、ニワトリ頭。また逃げるのかよ。そんなにアタシのことが恐くなったのか?」
「あぁ? 何だそりゃ。挑発のつもりか? そんなのに乗るわけねーだろ。地上にいるとてめえがしつこいから面倒くせーんだよ」
「やっぱ怖いんじゃねえか。お前ほんとチキンだな。おっ、頭とちょうど合ってんじゃん」
桜が頭の上で手を立て、トサカに見立てる。
「てめえ……。もう一回食らわせてやるよ」
「おー、来いよ。こっちこそ落ちてきたとこに、もう一回チョップを食らわせてやんよ」
小鴉は、「ほざけ」と言って急降下の構えを取った。
桜も手刀打ちの構えを取る。
(正直言って、あの速さに合わせて攻撃を食らわせるのは、今のアタシじゃ無理だ。だからここは……)
桜の頭の中では、もう次に何をするか決まっていた。
「いくぞっ。死ねーっ! クソ女!!!!」
桜が目を光らせる中、小鴉が急スピードで降下してくる。
「ここは、避ける!!!!」
そう宣言した後、桜は一度目と同じように水平に大きく跳ねた。小鴉も地上ギリギリで方向を変え、桜に向かってくる。
「バカが、同じことの繰り返しじゃね……なっ!?」
――ザザァッ!――
その瞬間、桜は右足のふんばりだけで跳躍を急停止した。そして、左足を後方に大きく振り上げ、蹴りの体勢を取る。
「くらえっ!! チキン野郎!!」
「くそっ、止まれね……!」
――ゴォォォォン!!!!――
桜の豪快な蹴りが、小鴉の顎を下から突き上げた。
「あがっ!!」
小鴉が吹っ飛んで、空中で仰向けとなる。
(あ……顎が……痛え……意識が……飛……)
――ガクッ――
小鴉は、そのまま意識を失った。
――クルッ――
桜のほうは、蹴り上げた勢いを利用し、後方に伸身宙返りを行う。
――スタッ――
そのまま綺麗に着地した。
――ドチャッ!――
対照的に、小鴉は無様に地面に落下する。もはやピクリとも動かない。
桜のサマーソルトキックによって、勝敗が決した瞬間だった。
「はぁ、はぁ。勝った」
顎の割れた小鴉を、桜が見下ろす。
さすがの桜も少し息を切らしているが、勝利を確信すると、すぐ次の戦いに意識が向いた。
「あとは万次とかいう奴だけね……」
そう言って、桜が万次と阿形のほうに目を向けた瞬間、大きい衝撃音が辺りに響き渡る。
――ドゴォォォォォォンッッッッ!!!!!!――
それは、殴られて吹っ飛んだ阿形が、後方の木に衝突した音だった。
衝撃で木が折れ、倒れてくる。
「まずいっ!!」
折れた木は、桜が叫ぶのと同時に阿形の上に倒れ込んだ。
「アガちゃん!!!!」
桜が、木と地面に挟まれた阿形に走り寄る。
「くそっ、大丈夫!?」
「桜さん、私は大丈夫だから、桜さんだけでも一旦逃げてください。あいつは強すぎる……」
「ちょっ……何言ってんのよ。いいから、ちょっと待ってて。すぐ救い出すから」
「桜さん、私のほうが年上なんだから、こんなときぐらい言うことを聞いてください……」
「バカっ、そんなことできるわけないでしょっ」
桜が心配そうに叫ぶ。
阿形は桜の腕を掴み、再度「逃げてください」と言ってから意識を失った。
「アガちゃん!! くそっ。待ってなよっ。すぐあいつを倒して助けるから!!」
その時、万次が後方から桜に話しかける。
「おいおい、お前が俺を倒すのか? 笑わせんなよ、お嬢ちゃん」
「あぁ!?」
桜が振り返ると、そこには守護霊を出した万次が立っていた。
「なっ……」
万次の守護霊を見て、桜が愕然とする。
「……そんな……それを召喚できるもの……なの?」
「おっ、いい反応だなあ。そういう表情を見たかったんだ、俺は」
「……そもそも……日本にいたの……?」
「知らねーのか、お嬢ちゃん。日本にもいたんだぜ、このマンモスはよお!!」
そう、万次の守護霊は、すでに絶滅した太古の生物“マンモス”であった。




