30. 捜査
長野県のスキー場で有名な地域に、広大な土地を活かしたドーム型の巨大社屋がある。ここは、もともとは大手通信会社の長野支社だったのだが、赤字により売りに出され、現在ではある土木会社が所有している。
実際に土木業務を行っているかどうかはさておき、この会社こそがアニマの表の顔であり、この社屋こそがアニマのアジトである。アニマは、守護霊を持たせた構成員たちを使い、闇社会の何でも屋を行ってきた。その結果、ここまでの大組織となったのである。
今、ここの最上階の一室で、アニマの頭目である甲斐万三郎が、中国人の男と話していた。
「……だから、あと一か月だ。あと一か月だけ時間をくれ、朱さん。頼むよ」
甲斐は、テーブルに両手をついて頭を下げており、朱と呼ばれた中国人は、それを冷たい目で見ている。
「……いいでしょう。だがそれ以上はもう待ちませんよ。ウチのボスはかなりご立腹でして、これ以上待たせると、何をしでかすか分かりませんからね」
「本当に、創世会が幻宝の情報を得たのは間違いないんだっ。それを得ようとしてるんだが、MISTの奴らがいつも邪魔しやがって」
甲斐が自身の坊主頭を撫でる。
「そちらの事情など関係ありません。こちらはそれなりの援助をしているんだ。今度ダメだったら、援助を打ち切るだけでなく、それなりの代償を払ってもらいますからね。ウチの霊能者たちの怖さは、ご存知のはずだ」
「分かってる、分かってるって。あんたたちの怖さは知ってる。もうヘマはしねえよ」
「そうしてください。急がないと、アメリカのSAROにでも嗅ぎつけられたら面倒なことになる」
「SARO?」
「……いえ、こちらの話です。とにかく急ぐように。では私は忙しいので、これで」
朱は、立ち上がってパナマ帽をかぶると、すぐに部屋から出ていった。
朱が去ると、甲斐はすぐに内線をかける。その額には、青筋がくっきりと立っていた。
「おいっ、イタコのババアに召喚の回数を増やせと言えっ。あんだけの人数がMISTの連中に捕まっちまったんだ。もっと守護霊持ちを増やさねーと間に合わねえっ」
唾を飛ばしながら、甲斐が受話器に向かって叫ぶ。
「とにかく増やして、がんがん京都に送り込めっ。創世会の奴らを片っ端から捕まえて情報を吐かせるんだっ。いいなっ」
――ガチャーーンッ――
受話器を荒っぽく置くと、電話機を持って壁に投げつけた。
「ちくしょう、中国マフィアめ。日本でデカい面しやがって……」
イラつきながら、またも自身の坊主頭を撫でる。
こうして甲斐が激昂している頃、アジトから数百メートルほど離れた丘の上では、桜が京園寺と携帯電話で連絡を取っていた。
「ええ、確かにアジトの周りには結界が張ってあるけど、これは特定の霊能者しか入れなくするって感じの強い結界じゃないわね。単に、奴らを外部から感知させなくするためのものじゃないかしら」
桜は、坂楽と阿形と共にアジトの偵察に来ており、その報告を京園寺にしているのである。京園寺が同行していないとき、桜はこうしてリーダー的役割を果たすことが多かった。
「だから、結界の心配はしなくてもいいんじゃないかな。それよりも、今アジトから出ていった奴がいて、気になったから坂楽に調べてもらったのよ。そしたら、中国マフィアの構成員だったわ」
桜の後方では、その坂楽が座ってパソコンを操作しており、それを阿形が覗き込んでいる。スクリーンには、拡大された朱の画像が映し出されていた。
「隊長の言うとおり、アニマの裏には奴らがいると見て間違いないんじゃない?」
桜が、懸念を含んだ視線をアジトに向ける。
電話の向こうの京園寺は、一通り報告を聞くと、桜たちに戻るよう指示した。
「了解、じゃあ一旦ホテルに戻るわ。そっちも気をつけて」
桜がそう言ったのが聞こえると、坂楽と阿形がこちらに目を向ける。
桜は、電話を切ると、二人に「戻るよー」と声をかけた。
三人は、まだ雪が薄く残る山道を、アジトとは反対側の方向に向かって歩きだす。
「アニマが中国マフィアからも依頼を受けてたとはね。最近、来日する霊能者がかなり増えてるけど、マフィアの連中もやっぱり幻宝を狙ってるのかな?」
帰路の途中、桜の裏を歩く坂楽が、前方の桜に話しかけた。
「さあね。ただ、今のウチは外国の霊能者まで相手にしてらんないから、奴らは後回しよ。今はアニマを潰すことだけに集中しないと。あいつらがいなくなるだけで、かなり違法召喚が減るはずだから」
桜が、早歩きをしながら、振り向かずに答える。
「確かにそうだね。桜はいつもブレなくていい……ん?」
「……どしたの、坂楽?」
「いや、今上空を何かが横切った気がし……」
――ガゴォォォォンッッッッ!!!!――
その瞬間、後方上空から男が滑空してきて、坂楽の背中に強烈な膝蹴りを入れた。
「がはぁっ!!」
坂楽が、一瞬で白目を剥いて意識を失う。
「坂楽っ!!」
桜が叫ぶ中、坂楽は雪が残る地面に倒れ込んだ。
「空から丸見えだったぜえ、お前ら」
急襲してきた男は、桜と阿形の前に立つと、嘲るように言う。ピンクのモヒカンが、白色が多い景色の中で異様に目立っていた。
「何だよ、てめえ」
坂楽がやられ、キレ気味の桜が男を睨みつける。
桜の横では、阿形が片膝をついて、坂楽の状態を確認していた。
「ん~? これはこれは、巡回中にすげえ獲物を見つけちまったようだなあ。おめえ、MISTの女霊能者だろ? 写真で見たことがあるぜ。アニマの幹部ん中じゃ、ちょっとした有名人だ」
男が桜の顔をまじまじと見る。
「ちっ……アニマの霊能者、しかも幹部クラスかよ。てめえは、全然有名じゃねえけどなあっ」
桜は、皮肉を交えて答えた。こういうときの目つきの悪さはMISTでも一番である。
「へっ。じゃあ、ここでみっちり俺の顔を憶えさせてやるぜ」
「あいにくアタシは物覚えが悪いんだよ。サイン書いてやるから、もう帰れや」
「そうはいくか。ぶっとばしてやるっ」
「じゃあ、決まりだな。アガちゃん、坂楽を頼むわよっ」
桜に言われると、阿形は無言で首を縦に振った。
(運良く相手は一人。アジトに報告される前に片をつけなきゃね)
気合とともに桜の魂力の光が増していく。
――ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――
その時、男と逆の方向から、また別の男が山道を上がってきた。
「おいっ、小鴉、てめー仕掛けんの早過ぎだっ」
「あー、すいませーんっ。だって万次さん、歩くの遅えから。どっちにしても、こいつらMISTだから死刑っしょ?」
万次という男は、大柄な阿形より更に大きい。その口振りから、小鴉という者より上の立場の者だと分かった。
(ちっ、もう一人いんのね……)
思惑が外れ、桜に焦りの色が見える。
「へえ~、こいつらMISTの奴らか。おい、俺はアニマの頭目である甲斐万三郎の息子、甲斐万次だっ。ナンバーツーだぜっ、宜しくなあっ」
万次は、アニマの頭目の本名や自身について、いきなり包み隠さずに話してきた。
(こいつ、いきなり正体を明かすなんてバカなの? んっ、甲斐万次? マンジ!? マンジって確か危険度Aの霊能者じゃないっ。今まで名字も不明な奴だったけど、アニマの頭目の息子だったのね)
桜は、少し戸惑ったが、冷静を装い話した。
「おいおい名前まで明かしちゃっていいのか、頭目の息子。今まで以上にMISTに狙われることになんぞ」
それを聞いて、万次が広い肩をすくめ、鼻で笑う。
「そんなのは、俺がここでお前らを潰せば済むことだろう。報告に帰らせたりしねえよ」
(やっぱ、そうなるわね。いいわ、返り討ちにしてやろうじゃないっ)
桜は、阿形に向けて二本指を立て、二対二で戦う合図を送った。
阿形は頷き、坂楽を道の端に寝転ばせると、そのまま万次の前に出る。
――フォォォォーン――
阿形の背後から、守護霊である雷電がゆっくり現れた。
「ほう、相撲取りの守護霊か。おもしれーな。俺も力比べは得意なんだ」
万次がニヤリと笑い、両腕を広げる。
阿形は、そんな万次を無言で睨みつけた。




