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29. 友達

 日が沈み、近隣住宅からほとんど明かりが消えた頃、泣き疲れて寝てしまった佐々岡は、低くかすれた声によって目を覚ました。


『なぜだ……なぜ……殺されなければいけなかったんだ……』


 佐々岡は、目を見開き、部屋を見渡す。しかし、そこには誰もいない。ただ声だけが響いてくる。


『どうして……殺されなければいけなかったんだ……どうしてだ……』


「あぁ、ああ、ああ、助けて……。誰か助けて!! 誰か!!!!」


 狼狽える佐々岡が叫んでも、誰も来ない。


『どうして……どうして……どうして』


「何だよ!? 誰だよ!? いったい何なんだよ!?」


『分かるだろ……お前も道連れだ……一緒に逝こう……一緒にぃぃ!!!!』


「やっ、山城か!? 山城だよな!? 違うんだ! あれはわざとじゃなかったんだっ。落とす真似をしたら本当に手が当たってしまってっ」


『じゃあ……僕は……僕はどうなんだ……僕は君に両手で突き落とされた』


「飯田か!? 飯田だろ!? あれはお前が本当のことを話すなんて言うから!! 裏切ろうとするから!! 友達なのに裏切ろうとするから!!!!」


『友達? 友達なら一緒に……一緒に逝こう……一緒に……さあ!! さあ!!!!』


「嫌だ! 嫌だ! ごめん!! 自首するから!! 自首するから許して!! 許してください!!!!」


――パチンッ――


 佐々岡が許しを求めた瞬間、消えていた電気が点いた。


――ガチャ――


 部屋のドアがゆっくり開く。


「意地悪なことをして悪かったね。これは全部僕たちが仕組んだことなんだ。君に自白してほしくて」


 そう言いながら、巫月がゆっくり部屋に入ってきた。


「君の悪霊についての説明に疑問を感じた僕らは、昨日の夜、金田くんに鎌をかけてみたんだ。そしたら全部話してくれたよ。君のやったこと全てね」


 佐々岡は、放心状態となっている。


「彼は、君に口止めされて、とても苦しかったと言っていた。友達だから裏切れない、でも罪悪感で押し潰されそうだったって。金田くんが自殺したというのは嘘だけど、あのままだったら、本当に自殺していたかもしれないよ」


 まだ何が起きたか事態が飲み込めていない佐々岡に対し、巫月は、いつになく冷たい表情で話を続けた。


「今の君の発言は全て録音させてもらったから。君が自首しなかったら、僕はこれを警察に渡すつもりだ」


 佐々岡の顔が青ざめていく。

 イズミは、部屋の外で、壁にもたれかかって話を聞いていた。


「本当に君が彼らを友達と思っていたなら、やるべきことは分かってるね?」


 巫月の言葉によって、佐々岡の目に涙が溢れ始める。


「あとは君次第だよ、佐々岡くん」


 そう言うと、巫月は振り返り、静かに部屋を出た。


「悪霊の真似までさせてすまなかったね、爺」


『いえ』


 重々しい表情の巫月に対し、与一も口数が少ない。

 イズミも、自分から巫月に声をかけるようなことはしなかった。


「もう行きましょう。とても不愉快な事件だった。これならまだ悪霊と戦っていたほうがマシだ」


 巫月が階段を降り始めると、佐々岡の部屋から泣き声が聞こえてくる。


「……泣き声はまだ子供だな」


 巫月は一度足を止めたが、虚しそうにそう呟くと、また階段を降り始めた。

 イズミは、しばらく壁にもたれかかっていたが、義経が「行こうか」と声をかけると、無言で歩き始め、佐々岡の家を出た。


「友達を殺してしまう人間と、無差別に人を殺してしまう悪霊って、どっちが残酷なんでしょうね。友達って、何なんだろうな……」


 帰路についた車の中で、誰かを思い出しながら発した巫月の言葉は、イズミの心に長く残る。

 イズミは、その問いに答えることなく、ただ流れていく景色を見つめた。


「じゃあ、また帝霧館で」


 イズミが車を降りる頃には、すでに朝日が昇り始めていた。

 マンションに向かって歩いていると、冬の朝日が少し目に染みる。


「……なぁ、義経。友達って何だろうな?」


 ここで、イズミの心の中のもどかしさが、質問となって義経に発せられた。


『ん? そうだなあ。そういうのって、理屈じゃなく、心に従えば分かるんじゃないか?』


「心に?」


『ああ。きっと、どんなに離れても、どんなに時が経っても、それでも会いたいと思えるのが友達なんだよ』


 義経がイズミの中から出ないままで答える。イズミの陰鬱(いんうつ)な気持ちが分かっているからこそ、義経はあえて明るい口調で話した。


「……そうか」


『君はどうだい? そういう友達がいるかい?』


 義経が、優しく訊く。


「……会いたいと思う友達……か」


 義経のこの質問は、イズミにある少年を思い出させた。


「イズミ、俺たちは運良く、目も、耳も、腕も、足もある。だから、俺たちにできないことなんてないはずだ」


 記憶の中の少年は、勇ましい目でイズミを見つめている。


「英雄になるぞ、イズミ」


 少年は、力強くそう言うと、自信ありげに微笑んだ。

 少年のことを思い出したイズミの表情が、少しだけ緩む。


「ああ。一人だけいるよ。もうずっと前、養護施設で出会った友達だ」


『ああ、あの男の子か。憶えてるよ』


「憶えてるって……。そうか、お前はその頃からもう俺のことを見ていてくれてたんだったな」


『そうさ。だから、あの男の子のこともよく憶えてる。あの子には、女性の守護霊が憑いていたよ』


 イズミは「えっ?」と言って一瞬足を止めたが、すぐにまた歩きだす。


「そうなのか? それは……知らなかった」


『君が知らなかったのは当然さ。彼自身も知っていたかどうか。もしかしたら、無意識のうちに降霊の契りを結んでいたのかもしれないね』


「そんなことあるのか?」


『あるよ。子供のうちなんか特にね。まぁ、そういうケースのほとんどは、守護霊だけの意思によるものだ。子供は夢うつつのあいだに応えちゃってるだけさ』


「へえ、何だか憑依みたいだな」


『あの守護霊、私よりずっと昔の時代に生きた女性なんじゃないかなあ。強い魂力を放ってる割に、とても優しそうな、美しい霊体でさ。いつもあの男の子のことを愛おしそうな目で見てたよ』


「……そうだったのか」


 イズミの中に、安心したような気持ちと懐かしい気持ちが、同時に込み上げてきた。


「そんな守護霊が憑いてるんだったら、きっとあいつは、今も幸せにやってるな」


『ああ、そうだね』


 イズミの表情に明るさが戻る。知らない間に、イズミはいい顔をしていた。


「……なんか、本当に会いたくなったな」


『そうか、それはとても良いことだ。それが友達ってことだよ』


「……そうだな。うん、お前の言うとおりだ」


 朝日が照らすように、義経はイズミの心を照らす。

 任務で重くなっていたイズミの心が、いつものごとく義経との会話で軽くなった。


――スタッ、スタッ、スタッ――


 そんなイズミの前から、黒い革ジャンを着た赤髪の男が歩いてくる。

 男がイズミの視界に入った瞬間、義経が一瞬だけ会話を止めるが、すぐに会話を再開したため、イズミは気にも留めなかった。


「ふぁ~。また、こんな時間まで飲んじまったなあ。雅さんがいないと、寂しくて結局飲んじまう」


 男があくびをすると、そのタレ目に涙がたまる。

 男は、ふらふらと歩きながらイズミのほうに向かってきて、姿なき存在と話すイズミとすれ違った。

 ここでイズミは気づかなかったが、男はイズミとすれ違った瞬間、目の色が変わる。そして、振り返ってイズミを見据えた。


「……なんか、すげー奴がいるな。酔いが一気に醒めたぞ。何だあいつは? お前も感じたか?」


 男が話しかけると、背中から幽かに男の守護霊が姿を見せる。


『ああ。私も感じた。あれは大英霊レベルの魂力だぞ。まさかこんな所で会うとは。気づかれぬよう魂力は抑えておけよ。敵だったら厄介だ』


 男は「マジか」と驚いた後、嬉しそうな表情を見せた。


「ちょっと戦ってみてーな」


 それを聞くと、男の守護霊はあきれ顔になる。


『やめておけ。やっと謹慎処分が解けるんだ。馬鹿なことはするなよ』


「何だよ~。でも、どうだ? やったらどっちが勝つと思う?」


『さあ、どうだろな』


 男の守護霊は口元を緩めて答えた。すると男が胸を張って言う。


「バカヤロー。そこは即答しやがれ。この赤星様が勝つってよ!!」


 この男の名は赤星翔馬。

 この男こそが、謹慎処分を受けていた二番隊隊員である。


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