26. 非常識
「ちく……しょう」
萩原が最後にやっと搾り出した言葉がこれであった。この言葉を発した後、萩原は痛みのあまり両膝をついて倒れ込む。
そこから、他の男たちも同じように両膝をついて倒れていった。
敵が全員倒れたのを確認すると、義経は「そろそろやるよ」とイズミに声をかけ、魂帯を斬る合図を送る。
これに対し、イズミは少し考えてから答えた。
「分かった。ただ、俺はこいつらの守護霊は欲しいとは思わない。だから、今回は守護霊の吸収は行わないが、それでいいか?」
『……そうだな。それでいいよ。私も同感だ』
二人の意見が合ったところで、イズミと義経は弧を描くように周囲を駆け、次々と敵の魂帯を斬っていく。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
男たちは皆叫び声を上げたが、なかでも萩原の叫び声が一番大きかった。
『この程度で殺しがどうだこうだ語るとは、戦の中で強く生きた先祖たちに失礼だ』
義経が、ぶざまに意識を失った萩原たちを見て、捨て台詞を吐く。
戦いが終わると、イズミは辺りをゆっくり見回した。
球場内で立っている者の中に、もはやアニマの構成員と思われる者は誰もいない。
「おーい、イズミさーんっ、義経さーんっ」
そこに巫月が駆け寄ってきた。
「もうアニマの連中は全滅ですよ。ああ、でも、義経さんが言ったとおり、一人はわざと逃がしておきました」
『そうか、ありがとう。じゃあ、あとは坂楽の仕事だな』
「ええ。多分、そっちも大丈夫だと思います。しっかし、今回も全て義経さんの計画したとおりになりましたね。さすがだ。ここからの後処理は隊外構成員に任せるので、二人はもう休んでください」
ここで、笑顔の巫月にイズミが尋ねる。
「巫月、今回はけっこう数が多いが大丈夫なのか? いつもどおり、何らかの罪状を付けて奴らを警察に引き渡すんだろう?」
「ああ、そのへんは上のほうで手を回してくれるので大丈夫ですよ。心配せずにお二人はゆっくりしてください。イズミさんたちは今やウチのエースになりつつあるんですから、疲れが残ったりしたら困るじゃないですか。じゃあ、僕は本部への連絡や隊外構成員への指示があるんで、これで」
そう言うと、巫月はいそいそと球場の外へ出ていった。
『ふむ、若いのに大した子だな。あの年齢で隊長を任されているのも分かる気がする。なあ、イズミ』
巫月を見送りながら話しかける義経に対し、イズミは何か考え事をしているようで返事を返さない。
『ん? イズミ? どうした?』
「……なあ義経、あらためて思うけど、お前はすごいな」
イズミは、頬を緩めて、しみじみと言った。
『何だい、急に?』
「今や、俺を含め皆がお前を信頼している。なんて言えばいいのか、お前といると負ける気がしないんだよ。きっと、みんなそう思っていると思う」
『……それは買いかぶりすぎだよ、イズミ。私だって無敵じゃない』
義経が、笑顔で否定する。
「そうかな、お前より強い奴なんているのか?」
『いるさ。少なくとも一人、霊界で一度も勝てなかった奴がいるよ』
「そうなのか!?」
『ああ。そういえば、そいつも、百回戦って一度しか勝てなかった奴がいるって言ってたなあ』
「えっ!!」
『霊界も広いんだ。当然だろ。しかも、これは英霊と呼ばれる者たちに限っての話だ。神霊は含まれていない』
「神霊?」
『生前“神”と呼ばれていたような連中だ。彼らの力は私たちと比べて桁違いなんだよ。彼らを含めたら、私なんぞまだまだ子供のレベルさ』
「……そうか。上には上がいるんだな」
『ああ』
イズミは、顎に手を当てて少し考えてから、「じゃあ」と切り出した。
「俺たちは、もっともっと強くならないといけないな」
『?』
「そうしないと、もし神霊が敵として出てきたら勝てないじゃないか」
真顔でそういうイズミに対して、義経は一瞬固まった後、大声で笑いだす。
『あははははははっ! いいねー。さっすがイズミだ。私の宿主はそうでなきゃ困る』
義経は、イズミの肩に手を回した。
「な、何だよ? 真面目に言っているんだぞ」
『分かってる、分かってる。君は真面目に神霊と戦って勝とうとしてるっ。あははははははっ』
神霊にもピンからキリまでいるが、霊界の常識から考えて、英霊レベルの者が神霊に勝つことなどありえない。知らないとは言え、そういう常識を物ともしないイズミの言葉には、義経が満面の笑顔を浮かべるほどの頼もしさがあった。
義経はひとしきり笑った後、大きく深呼吸し、イズミを見つめた。
『では、一ついいことを教えよう。君は霊体を吸収することで魂力の総量を上げられる。魂力の総量は強さの指標といってもいいものだから、これはすごいことだ。ただ……』
「……ただ?」
真剣な表情に戻った義経に対し、笑われて赤ら顔になっていたイズミも冷静になっている。
『魂力の総量だけで強さが決まるものではない、というのもまた事実だ。だからイズミ、本当に強くなりたければ魂を成長させるんだ』
「魂を……成長?」
『ああ。そして魂を成長させるのは“想い”だ。それを憶えておいてくれ』
この時のイズミは、この義経の言葉の意味をはっきり理解したわけではなかった。しかし、義経の表情から、とても大切なことを教わったというのは分かる。
「ああ、憶えておくよ」
イズミは、とてもいい顔をして、深く頷いた。
それを見て、義経も優しく微笑む。
『まぁ、とりあえず君は、私のレベルに追いつかなきゃねー。そうしないと、あの程度の咒文しか使えないからさ~。いや、待てよ、その前に演技の練習かっ。あの演技力じゃハッタリもかませないからな~。今日の演技はまあまあだったけどさ~』
「なっ、さっきからお前は揶揄ってるのか真面目に言ってるのかどっちなんだ、まったく~!!」
『あははははっ』
義経が清々しく笑う中、ナイター照明によって映し出されたイズミの複数の影が、揃って腰に手を当てた。




