25. 舞うように
「はあっ、はあっ。くそ、速えぇ奴だな。何なんだ、てめえはっ?」
萩原は息を切らしながら、涼しい顔をしているイズミに言った。
イズミは、萩原の問いに答えようともしない。
『お前たち、もう魂力が尽き始めているのか? 私たちと戦うには魂力の総量が低すぎるな。幹部の白狼とえらい違いじゃないか』
言葉を発しないイズミに代わり、義経が腕を組んで答えた。
「うるせえぇーっ!!」
萩原が向かってくると、義経と二位一体の動きをしながら、イズミが後方に跳び退る。
「隙ありだぁーっ!」
その瞬間、イズミの着地を狙いすまし、別の男が背後から攻撃を仕掛けた。
イズミが背を向けたまま、今度は上方に跳躍する。そのまま向かってくる男の頭を踏み台にして、攻撃をやり過ごした。
「なっ、なにっ」
――ドガッッ!!――
勢い余って通り過ぎた男の背中に、イズミの素早い蹴りが入る。
その衝撃で、男は萩原のほうに吹っ飛んだ。
――ゴンッ!!!!――
結果として、萩原とこの男が正面衝突することとなる。
「くそおぉ!」
すぐさま別の男がイズミに殴りかかってくるが、イズミはこれを手で払うと、その男の隣にいた男を足払いで転ばせた。
「ぐおっ!!」
これで、五人中三人が地面に倒れ込む。
イズミは、敵の攻撃を避け、別の敵に攻撃を仕掛け、更に別の敵の攻撃を避け、また別の敵に攻撃を仕掛ける、という攻撃を、この短時間で何度も繰り返していた。
これにより、敵の五人は満遍なく魂力を削られていっている。
「ちきしょうっ」
萩原はそう言って起き上がった。
「おいお前ら、こいつを取り囲めっ」
萩原が命令すると、他の男たちがゆっくりとイズミを取り囲む。
萩原を含め、男たちは円状に並ぶかたちを取った。
イズミが視線だけを左右に動かし、見える範囲の敵の位置を確認する。
「これで逃げ場はねえぞ。窮地だなあ、おい」
萩原は、脅すように言った。
これに対し、イズミの背後にいる義経が鼻で笑う。
『窮地? こんなことは何度も経験してるし、全く問題ない。私は、お前たちのような徒党を組む臆病者と違って、多対一の戦いに慣れてるんでね』
萩原は義経の言葉に舌打ちをすると、返す言葉が見つからずに、ただ「やるぞぉっ!」と叫んだ。
萩原の掛け声とともに、取り囲む五人の男たちが、中心にいるイズミに一斉に襲いかかる。
「確かに。この程度なら窮地じゃないな、義経」
イズミは、五人の攻撃が当たる瞬間、義経と共に地面を蹴り、地上に背を向けるように上空に跳ね上がった。
――ガゴォンッ!!――
勢い余った男たちが衝突し合う。
するとイズミは、そのままの姿勢で後方宙返りをした。いわゆる後方伸身宙返りというものである。
それと同時に、二位一体の動きをする義経が咒文の詠唱を始める。イズミと義経を包む魂力の光が、微かに輝きを増した。
「……なんていうか、イズミさんと義経さんて、見れば見るほど戦い方が美しいよね」
イズミ、そして同様の動きをする義経を遠くから見ていた巫月が呟く。
『そうですなあ。相変わらず舞うように戦いますなあ、あの方たちは。惚れ惚れしますわい』
それに答えるように、与一が称賛の言葉を口にした。
巫月と与一が見守る中、降下中の義経が咒文の結びを口にする。
『走れ言霊、微電走流っ』
――ビリビリビリビリッッッッ!!!!――
その瞬間、体を突き抜けるような電流が男たちの体に流れた。
「ぐあぁぁぁっ!」
男たちの動きが一斉に止まる。
そこに、イズミが降下してきた。
イズミは、まず着地前に敵一人の顔面に蹴りをいれ、その反動を利用して萩原の顔にも蹴りをいれる。
「ぶへっ!!」
この二人が吹っ飛ぶと、着地するのと同時に、残った三人のうちの一人の腹を拳で打ちつけた。後方にいたもう一人の腹には、強烈な肘打ちをいれる。
「がはあっ!!」
そして、最後の一人には、胸部への豪快な掌底打ちを入れた。
――ドゴォンッ!!――
これにより、残った三人全員が後方に吹っ飛び、苦しそうに蹲る。
結果的に、イズミを囲んで、五人の男たちが這いつくばった。
「ひゅー、カッコいいー」
巫月が思わず口にする。
イズミが追い討ちをかけずに仁王立ちをしていると、男たちはふらふらと立ち上がった。
最後に立ち上がった萩原が、膝に手をつきながらイズミに話しかける。
「くっ、兄ちゃん、おめーのことをバカにしてて悪かったよ。すぐ魂帯を斬れると思ったが、そりゃ厳しいようだ。だから、一気におめーの守護霊の魂を破壊させてもらうぜ」
そう言うと、萩原は自身の守護霊に拳銃を出させ、義経に向けさせた。
他の男たちも同じように自身の守護霊に拳銃を出させ、義経に向けさせる。
これにより、義経は周囲五方向から拳銃を向けられるかたちとなった。
「殺し屋らしく、最初からこうすりゃよかったな。知ってるか? 守護霊の魂を破壊されると、それはそれは痛えらしいぞ。意識を失うなんてざらにあることで、下手すると精神崩壊を起こすらしい」
萩原は脅しのつもりで言っているらしいが、イズミは全く動じていない。
「霊能者同士の戦いってのは、ここがいいよなぁ。守護霊をやっちまっても警察に捕まることなんてねーし、それによって宿主がおかしくなっちまっても、全くお咎めなしだ。俺たちみてーに殺し屋を召喚した連中にとっては、いい金儲けの場だ」
長々と話す萩原であったが、このあいだもイズミは何も喋らなかった。
実は、イズミはここで義経と念話を行っているのだが、萩原は全くそれに気づいていない。
「おい、聞いてんのか兄ちゃんっ。おめーは今から死ぬような思いをするって親切に教えてやってんだよ! 殺し屋に刃向かったことを後悔するんだな!」
イズミの態度にむかついた萩原が、口調を強める。
これに対しイズミは、無言のまま右手の人差し指を上げ、顔の横で上空を指差した。
「あ? 何だ?」
指を上げたままイズミが空を見上げると、萩原も他の男たちも、それにつられて一斉に上空を見上げる。
見上げた夜空には当然のように何もないが、ここで一瞬、ほんの一瞬だけ萩原たちは油断した。
その瞬間、イズミの体から、青白い鎖分銅が五方向に向かって飛び出す。
――ギャチンッ! ギャチンッ! ギャチンッ! ギャチンッ! ギャチンッ!――
鎖分銅は、萩原たちの霊体に巻きつき、それぞれを拘束した。
イズミ側では、宍戸が現れ、目を赤く光らせながら鎖分銅五本を束ねて握っている。
「なっ、何だ!? 何が起きた!? この霊体はいったいどこから来たんだ!?」
萩原は、何が起きたかまだ理解できていない。
『言ったとおりになったろう、イズミ?』
「ああ。人って、こんな簡単に騙せてしまうものなんだな」
『頭に血が上った人間っていうのは、こんなもんさ。指一本で騙されるんだ』
宍戸の横では、イズミと義経が、戦いの最中とは思えないほど落ち着いた様子で会話をしていた。
「な!? くそ! てめーまた狡いことしやがって!!!!」
霊体たちが強く拘束されたことで、感覚を共有する萩原たちの体を、絞めつけられたような痛みが襲う。
「……くっ、痛え、ぐぅぅ」
痛みで動きが鈍くなっている萩原たちに対し、義経が話し始めた。
『殺し屋ねえ。お前たちが思う殺し屋っていうのは、そんなにすごいものなのか?』
「なん……だと?」
『お前たちが言っている殺し屋というのは、殺したといっても、せいぜい二、三十人だろ? そんなのは戦に出れば掃いて捨てるほどいた。その程度で思い上がっていたら、あっという間に死んでいたぞ』
痛みのせいか、それとも言い返せないのか、萩原は言葉を発しない。
『次に私たちと戦いたかったら、もっと歴史の勉強をしてから来るんだな』
義経が冷たい目で、見下すように言い放った。




