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23. 古典的なカラクリ

 イズミが連れてきた禅尚は、本物の禅尚ではない。禅尚に変装した蛍である。

 まず、特殊メイクを蛍の顔に施し、老人らしい服を着させる。そして首や手の甲など肌が露出する部分に匂いの強い湿布を貼り、最後に坂楽が作った木々由来の香水を全身に振りかければ、アニマの鼻にも目にも察知されない(にせ)禅尚の出来上がりであった。

 イズミはその偽禅尚を五人の男の前まで連れていくと、守護霊を出せと言われたタイミングで、自身の従霊の一人を偽禅尚の背中から浮上させた。そして、義経の強力な魂力を流し込み、あたかも高名な禅尚の守護霊であるかのように見せかけたのだ。

 その結果、敵はまんまとこの女性の霊体を禅尚の霊体だと思い込み、魂帯を斬ったというわけである。


「それだと、従霊が身代わりになって可哀想じゃないか」


 作戦の説明時、そう言うイズミに対し、義経は「大丈夫。私が彼女にしっかり話をしておくから。君は彼女の魂が斬られないようにさえしてくれればいい」と言った。

 魂さえ破壊されなければ、霊体は霊界に戻れる。そのため、イズミは何としてでもこの霊体の魂帯のほうが斬られるように仕向けなければならなかった。情けなく懇願する演技は、そのためのものだったのだ。

 ここだけは賭けであったが、結果的に、敵は魂帯しか斬らなかった。

 偽禅尚、すなわち蛍は、拉致された二人の上に倒れ込んだ後、「療治」の能力で二人の自己治癒に関連する魂力を急増させた。


『走れ言霊、魂力増溢』


 そこでイズミが大声で禅尚の名を叫び続けたのは、蛍の守護霊である(ぎん)()が咒文を詠唱し、この言霊を発するまで、それを敵に気づかせないようにするためである。

 これにより、拉致されていた二人は、走って逃げられる程度まで身体の傷が癒えた。

 この二人は、隊に入れていないとは言え、MISTに在籍する霊能者である。援護さえあれば、球場外まで逃げることは、さほど難しいことではない。

 二人の救出後、球場になだれ込んだのは、京園寺、桜、阿形、巫月である。四人は球場の周囲に身を隠し、蛍が身に着けていた盗聴器によって、イズミとアニマの男たちとのやりとりを聞いていた。そして蛍の詠唱が終わったのを確認すると、球場に突入したのである。

 鼻が利くアニマの構成員たちに、なぜ球場近くにいた京園寺たちがここまで気づかれなかったのか。それは巫月の能力によるものだった。


「台風みたいなのは無理ですけど、強風ぐらいなら意図的に吹かせられますよ」


 巫月の守護霊与一は、特殊能力の一つとして、魂力を風に変換する力も持っており、巫月は二十歳にしてこれを扱える。それを聞いていた義経は、これを使おうと考えたのである。

 巫月は、球場のちょうど中心の上空から、球場に向かって下降する強風を流した。球場の地面に当たると、風は球場の外に向かって四方八方に広がる。これにより、球場中心から外側に流れる気流ができ、結果的に球場の外の空気は球場に流れ込まなくなる。そのため、京園寺たちの匂いが球場内にいるアニマの者たちに気づかれることはなかったのである。

 これには、偽禅尚の湿布や香水も一役買っており、偽禅尚の強い匂いが気になればなるほど、アニマの者は球場外へ意識が向かなくなっていた。匂いに鋭いアニマに向けた二重の嗅覚対策である。


『大丈夫。全て上手くいく』


 そう言った義経の言葉どおり、結果的に全てが作戦どおりになった。

 偽禅尚の役をしていた蛍と拉致されていた二人は球場外に逃げ、あとはここにいるアニマの者たちを屈服させるだけである。


「おい兄ちゃん、ふざけたことしてくれたなあ」


 偽禅尚の魂帯を斬らされた萩原は、見るからに頭に血が上っている様子であった。


「俺を含め、ここにいるアニマの構成員五人の守護霊はな、みんな殺し屋だった奴らだ。なかなか珍しいぜ~、日本人の殺し屋っていうのはよぉ。おめーの弱っそうな守護霊なんぞ瞬殺だからな、覚悟しろよ」


 萩原の言葉にイズミは顔色一つ変えない。


「アニマというだけあって、動物並みに威嚇が好きなんだな。戦いたいなら、早くかかってこい」


 イズミの挑発に、萩原は更に目の色を変えた。

 戦闘中、イズミは攻撃的な発言をすることが多いが、実は彼は故意に敵の神経を逆撫ですることを言っている。これは、「戦闘中はできるだけ敵を怒らせろ」という義経の教えを守っているからである。

 敵に冷静さを失わせ、通常の力を出せなくさせる。単純な戦法であるが、これもあらゆる角度から勝率を上げようとする義経の戦法の一つであった。


「望みどおりやってやるぜえ、死ねやーっ!」


 叫ぶと同時に萩原は攻撃を仕掛けてきた。それに合わせ、他の四人の男たちも攻撃を仕掛けてくる。

 これにより、球場の中心で一対五の戦いが始まった。

 球場内の乱戦が、ますます激しくなっていく。

 一方、球場の外では、坂楽がたった一人で待機していた。彼だけは、義経から別の任務を指示されていたからである。


「いよいよ戦いが始まったか。蛍ちゃんのほうは上手く逃げたみたいだし、全て予定どおりだな。あとは、こっちも失敗しないようにしっかり準備しておかないと」


 暗闇の中、坂楽が軽い屈伸運動を始める。


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