20. 隊
雪風が舞う冬のある日、MISTの構成員二名がアニマに拉致された。
この二名は、まだ“隊”には属していなかったものの、いずれも霊能者の男女であり、アニマの構成員を尾行している最中に攫われている。
アニマは、彼らと引き換えに、MISTの古株である禅尚節子を渡すことを要求。そのためMISTの帝霧館では、これへの対策が二番隊および三番隊によって話し合われていた。
禅尚は、MISTと霊界との仲介役を担っており、守護霊を有していない者たちは、彼女の仲立ちにより降霊を行う。また、彼女が霊界から得た情報や彼女の守護霊による予知情報は、MISTの隊員たちに送られ、それを基に隊員たちが動くことも多い。これらを踏まえると、禅尚はMISTの中核を担う霊能者の一人であり、MISTとしては絶対に彼女を失うわけにはいかなかった。
アンティークの椅子や長机が並ぶ会議室から、隊員たちの声が聞こえてくる。
「アニマは、埼玉郊外にある球場を指定してきた。明後日の深夜だ。一番隊が海外派遣でいない今、これには我々二番隊とお前たち三番隊だけで対応しなければならない」
会議室において、中心となって話しているのは二番隊隊長の京園寺秀人である。
MISTでは、現在、一番隊から三番隊までの各隊全てが四名で構成されており、そこにはそれぞれ隊長が存在する。
京園寺は、神経質すぎると揶揄されることもあるが、その頑固ともいえる真面目さとひたむきな努力によって数々の功績を挙げており、その功績から二番隊隊長に任命された。自分に厳しく他人に優しい彼は、面倒見も良いため、他の隊員たちからの信頼も厚く、お兄さん的な存在になっている。
「まったく。だから言ったのよ、隊外構成員だけで行かせたら危ないって。そもそも、こういうことが起きないように各隊を少数精鋭にしてんでしょうが」
「まぁまぁ。心配なのは分かるけど、そんなに怒んないの、桜」
「べつに怒ってなんかないわよ」
この不機嫌そうにしているのは二番隊唯一の女性隊員、神咲桜である。女性といえども、魂力を抜きにした純粋な体術では、MISTの中でも一、二を争うといわれている。彼女の凛々しくも可愛らしい顔立ちと無駄のない細身の体は、たいていの敵を油断させるが、そういった敵は多くが大ケガをすることとなる。彼女がいつも髪をミディアムボブに維持しているのも、これ以上伸ばすと戦いの邪魔になるかららしい。
彼女を宥めているのは、二番隊で主にコンピューターオペレーションを担当している坂楽栄太である。彼が守護霊と共に行うハッキングやクラッキングは、防ぐ手立てがないといわれている。宿主と守護霊が二人して機械好きということもあり、霊的武器を発明することもあるが、趣味の域は出ていない。彼は高身長、いわゆるのっぽであり、周りを見下ろすことが多いことから、前かがみの姿勢が癖になっている。
「大体、赤星のアホはまだ謹慎処分が解けないの? 完全に今人手が足りてないでしょ、ウチ」
桜は話しながら頭の裏で手を組んだ。
「赤星っていうのは?」
イズミが、隣に座る巫月に声を抑えて訊く。
「ああ、イズミさんはまだ入って三か月だから、赤星さんには会ってないんでしたっけ。二番隊の隊員なんですけど、今、謹慎処分をくらってるんですよ。あの人、実力はすごいけど素行態度に問題がありまして。あの人がいれば、かなりの戦力になったんですけどねぇ」
巫月は、腕を組んで、やれやれといわんばかりの表情を見せた。しかし、すぐに気を取り直して言う。
「まあ、今は三番隊にイズミさんもいるし、きっと大丈夫でしょう」
巫月の言うとおり、イズミは三番隊に入った。MISTに入る際、老齢の隊員の後任として一番隊に入ることを要請されたのだが、それを断ったのである。
「守護霊が大英霊だからといって、特別扱いはしないでください」
三か月前、イズミがそう言うと、椿木は「ふむ、どうしたものか」と義経にも意見を求めた。
『イズミがそれでいいなら、私はどこでもかまわないよ。やることは変わらないし、何より私は、イズミのそういうところが好きだしね』
義経があくびをしながら了承すると、空海は「お前たちは二人とも面白いのう」と言い、椿木は納得の表情を見せた。
「分かりました。ではこれからは特別扱いはしないぞ、イズミ。三番隊にちょうど空きがあるので、そこに入ってもらう」
椿木が初めてイズミの名前を呼び捨てにし、イズミが「はい」と微笑む。こうして、イズミの三番隊入りが決まった。
それからイズミは、三番隊として他の隊員たちと共に何度か戦い、今に至る。
「そういうことだ、イズミ。確かに赤星がいたらかなり戦力になったが、いない者はしょうがない。この任務は二番隊の三名、三番隊の四名、そして隊外構成員の数名で行う。三番隊のみんなとは、個々にコンビを組んだり、隊同士の合同任務を行ったりしているので連携に問題はないだろう。今回も宜しく頼むぞ、巫月、阿形、蛍、そしてイズミ」
京園寺が声をかけると、三番隊の者が口を揃えて「はい」と答えた。
三番隊には、イズミと巫月以外に阿形剛也と水元蛍という霊能者がいる。
阿形は三番隊の中では年長者であり、唯一の妻子持ちである。大柄で無口なことから、彼を知らない人からは怖いという印象を持たれることが多いが、彼の人柄をよく知る仲間たちからは、“気は優しくて力持ち”として慕われていた。
一方、蛍は温厚でマイペースな、俗に言う天然女子である。天然とはいえ、理知的な面も併せ持ち、守護霊が“療治”という希少な特殊能力を有していることもあって、MISTではとても頼りにされていた。ちなみに、彼女が掛けている大きめの丸眼鏡は、なぜかいつも少しズレている。
三番隊は、巫月を隊長として、イズミとこの二人によって構成されているのである。
「では、基本的な作戦案を発表するから、忌憚のない意見を聞かせてくれ」
京園寺が、おもむろに眼鏡を掛け、作戦案を話し始めた。




