19. 常勝の怪物
「銀髪の霊能者?」
イズミが訊くと、椿木は少し険しい表情をして話を続ける。
「ああ。背丈は君と同じ180前後、銀色の長髪、彫刻のような綺麗な顔をした男だ。今なら君とちょうど同じぐらいの年齢かな。いくら幻宝のためでも、彼とは絶対に戦ってはいけない」
「……なぜですか?」
「君は数回の戦闘経験だけで、あの白狼を倒すに至っている。その意味では、王の能力を抜きにして考えても、才能があるといっていいだろう。もしかしたら、天才というものなのかもしれない。だが奴だけはダメだ。戦闘になったら勝ち目はない」
義経は、「ふ~ん」と言って両手を頭の裏で組んだ。
全く気にかける様子のない義経と違い、イズミは真剣に話を聞く。
「そんなにすごい霊能者なんですか?」
「彼は、もともとMISTの構成員だったんだ。当時から恐ろしく強かった。過去に何があったかは知らないが、鬼気迫るほどの訓練をいつも自分に課していてね。生来の才能も相まって、二十歳になる頃にはもう東方最強などといわれていたよ」
「二十歳で!?」
「ああ。彼は仲間にはとても優しい男だったから、仲間からの信頼も厚くてね。ただ、自身の守護霊が傷つくことをひどく嫌っていたから、敵には全く容赦がなかった。常に敵の守護霊を消滅させていたよ。そうやって負けなしの完全勝利が続き、ついたあだ名が“常勝の怪物”さ」
『常勝の怪物とは、大層なあだ名だな~。ウチのイズミも一度も負けたことないけどねー』
真面目に聞こうとしない義経に、イズミが「ちゃんと聞いておけよ、義経」と言うと、義経は「はいはい」と答えた。
「そういう男だから、敵守護霊の消滅をモットーとしたRAINが創立されると、すぐにRAINのほうについてしまったんだ。まぁ、同じ政府機関の者である以上、こちらから手出ししない限りは向こうも戦いは仕掛けてこないだろう。だから彼には手を出すな」
「……なるほど。それほどの霊能者がRAINにいるというのは、知っておいてよかったです」
イズミは、頭を少し下げて礼を言った。
『で、そいつの守護霊って、どんな奴なんだい?』
ここで、イズミが頭を上げる前に、義経が椿木に質問した。
「普段は、主に黒豹の守護霊を連れています」
『黒豹か~。確かに強い霊体ではあるけども……ん? 普段? 主に?』
「はい。私はあれが彼の本当の守護霊ではないと考えています」
『どういう意味だい?』
義経の目つきが変わった。
「昔、彼と二人で中国の霊能者集団と戦ったことがあるのですが、かなりの強敵で私は深手を負いました。意識が朦朧として死を覚悟したのですが、その時、彼はいつもの黒豹とは違う守護霊を出したのです。はっきりとは見えませんでしたが、彼がその守護霊を出した瞬間、敵が一掃されました」
『それが、彼の本当の守護霊だと? 君は自分が言っていることの意味が分かっているのかい?』
「はい。私は、彼もイズミ君と同じ能力を持っているのではないかと思っています。この考えは、以前は推測の域を出るものではありませんでした。しかし、イズミ君と今日実際に会って、王の能力が実在すると分かり、確信に変わりました」
『バカな。あれは数百年に一度しか出ないといわれているような能力だぞ』
義経が、頭の裏に組んでいた両手を離し、動揺を見せる。
「分かっています。しかし、それ以外考えられないのです。常に敵守護霊を消滅させるような男でしたから、実際に彼が敵守護霊を奪った姿などは見たことがありませんが、単独任務を行っているときであれば、いくらでもそれは可能だったはずです」
椿木が言うと、隣の空海も義経に話す。
『義経、私も椿木と同意見だ。中国の者たちと戦った時は私もかなりの痛手を負っていたが、椿木と同じものを見ている』
『……そんなことがありえるのか』
義経が黙り、思考を巡らせ始める。
イズミは、こういうときの義経には話しかけない。義経は、膨大な可能性を急速に脳内処理しており、イズミには魂帯越しにそれが分かるからである。
話さないこと、それがこういったときのイズミの協力のかたちであった。
『……確かに、可能性としてはゼロではないな。ありえないことではない』
素早い熟思の後、義経は呟く。
『とにかく、この情報を得られたことは大きい。今日一番の収穫だ。ありがとう、椿木ちゃん』
「いえ、役に立てたのならよかったです。義経さん、あなたが強いのは分かっていますが、イズミ君はまだまだ成長段階です。ですので、無理はなさらないでください」
『分かっているよ。イズミを危険に晒すことは、私が最も望まないことだ。だから、その点は大丈夫さ』
椿木は「そうですか」と言うと微笑んだ。
『では、そろそろ行こう、イズミ』
義経が声をかけると、イズミは椿木と空海に頭を下げる。
「気をつけてな、イズミ君」
そう言う椿木に、イズミは「はい」とだけ言い、部屋を出た。
そのままエレベーターで一階に降りる。
ホールを歩いていると、佐治が深々と頭を下げた。
「有難うございました、佐治さん」
イズミも頭を下げて、見送る佐治に挨拶をする。
帝霧館を出ると、すでに西の空が赤みを帯びていた。
夕方になり、急に気温が下がり始めている。北風がイズミの顔を一気に冷やした。
『どうするイズミ、タクシーを呼ぶかい?』
義経が訊くと、イズミは周りの木々をゆっくり見渡した。
「いや、少し歩きたい気分だから、駅まで歩こう」
『ふむ、それもまた風流だね。では、そうしますか』
「ああ」
夕日に照らされた紅葉が、舗装されていない道を彩り、日本の秋を感じさせている。
「そういえば、みんなお前を大英霊って呼ぶけど、お前ってそんなに偉いのか?」
『う~ん、どうだろうね。でも、まぁ、私は私さ』
「……そっか。そうだな、お前はお前だ」
笑い合う二人のあいだに、まだ少し赤みが残る、ひとひらの枯れ葉が舞い落ちた。
冬が少しずつ近づいてきている。
これから一週間後、イズミは椿木に電話し、「宜しくお願いします」と伝えた。




