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16. 帝霧館

 白狼戦から三日後、イズミはMISTの東京本部である帝霧館の前にいた。

 白狼との戦いを見た巫月から、ある提案があったからである。



――三日前、白狼戦直後。

 巫月がイズミに話しかけると、イズミの目つきが変わった。

 それと同時に、義経が刀の柄に手をかける。


「あっ、いや、ちょっと待って。あやしい者じゃありませんっ」


 巫月は、イズミたちの敵意を感じ、すぐに手のひらを突き出した。

 即座に巫月の体から与一が飛び出し、焦った口調で喋りだす。


『この者の言うことは本当です、大英霊さま。私たちは敵ではございません。公務によりここに参りました。まずお話だけでも聞いていただければと』


(……大英霊? 確か、あの事件を起こした悪霊もその言葉を口にしていたな。義経のことなのか?)


 イズミは、その聞き覚えのある言葉が義経を指すものだと解し、義経を横目で見る。

 与一の言葉を聞いた義経は、戦闘態勢を崩さぬまま、巫月と与一を順番に見定め始めた。


『……んっ?』


 義経の視線が与一のところで止まる。義経は、そこで驚いたように声を上げた。


『お前、もしかして与一か!?』


『おおっ、憶えていてくださったのですか、義経さまっ』


『日の本一の弓の名手を忘れるわけがないだろう』


 感動の声を上げる与一に、義経が柄から手を離して笑みを見せる。

 イズミは、目を丸くして「知り合いか、義経?」と訊いた。


『ああ、生前にちょっとね。しかし、与一、なぜすぐに名乗らなかったんだっ?』


『いや、義経さまが私のことを憶えていてくださってるとは夢にも思いませんでしたし、今や義経さまは大英霊ですから、私などが馴れ馴れしくするなどおこがましいかと……』


『……ふっ。変わらないな、お前は』


 義経が、昔を懐かしむかのように微笑む。

 それから義経は、巫月を見ながらイズミに伝えた。


『大丈夫だ、イズミ。彼は信頼できるし、彼の宿主ならこの青年も大丈夫だろう』


 イズミが「そうみたいだな」と言って、体の緊張を解く。


『有難うございます、義経さま』


 与一は、感謝の言葉を述べ、義経に深々と頭を下げた。


「誤解されなくてよかった~~~~っ」


 同時に、ほっとした巫月が胸を撫で下ろす。

 そんな巫月に対し、友好的になったイズミが話しかけた。


「それで、敵じゃないことは分かったが、君は誰なんだ? 霊能者だということは分かっているが」


「ああ、自己紹介が遅くなりましたね。僕は巫月光。MISTという組織の者です」


「……MISTというのは、さっき戦った霊能者も口にしていたな。知っているか、義経?」


 義経は顎に手を当てて考えている。


『いや……ん……ちょっと待て。MIST? もしかして君は“霧雨”の者かい?』


 巫月たちに問う義経に、イズミが話しかける。


「霧雨?」


『ああ、前に話しただろ。霊界と密約を交わして、個人の勝手な召喚などを取り締まっている組織が日本にはあるって。その組織名が“霧雨”だ』


 巫月は、与一と顔を一度合わせてから、義経の質問に答えた。


「“霧雨”はMISTの前身です。色々あって、今はMISTと呼ばれているんです」


 それを聞いた義経は、なるほどと手を打つ。


『そうだったのか。私は長いこと霧雨とは関わっていなかったからな。名称が変わったことも知らなかったよ』


「そうなんですね。これで、あやしい者じゃないっていうのは完全に分かってもらえましたよね?」


『ああ。それは分かったが、そのMISTの者が私たちに何のようだい? 私は霊界からの許可を得て、このイズミと動いている。君たちの除霊対象にはならないはずだが』


 それを聞いた巫月は、即座に片手を左右に振った。


「大英霊を除霊なんて、とんでもない。僕たちは、あなたたちの目的が知りたいと思っていただけなんです。それでもし利害が一致すれば、協力体制もとれるし、情報交換もできるし」


『……そういうことか』


 義経が腕を組んで、イズミと顔を見合わせる。

 巫月は、そのまま話を続けた。


「そういうわけで先ほどの戦いを見ていたんですけど、そしたら、そこの……イズミさんといいましたっけ? あなたが霊体をいきなり取り込んだので、驚いてしまって」


『……ああ。イズミの能力か。まぁ、それは驚くだろうな』


「あれは、敵の守護霊を奪ったんですか!?」


『そうだ。彼にはその能力がある』


「やっぱりそうか。すごい、そんな能力があるだなんて。しかも大英霊が守護霊なんて前代未聞だ。ぜひウチに来てほしい……。あのっ、それであなたたちの目的は何なんですか?」


『これは君の組織の創立目的の一つでもあるはずなんだが、長い時を経て、もう忘れられているのかもしれないな。私たちの目的は、幻宝を探して確保することさ』


「幻宝って、最近話題になっているあれですね。霊界も直接動き始めているなんて、あんなものが本当にあるってことか……」


『そのために、霊界から情報を得て、様々な霊能者との接触を試みているんだ。ときには戦って守護霊を奪うが、これも幻宝に近づくために必要だと考えているからさ』


「あなたたちがMISTより早く霊能者たちに接触できていたのは、そういうことだったんですね。霊界から直接情報を得ているなら、ウチより動きが早いはずだ……」


 巫月は、腕を組んで考え始めた。


(いずれにしても、ウチと目的が重なる部分があるってことだよなぁ……)


 それから巫月は、急に視線をイズミに向ける。


「じゃあ、イズミさん! やっぱり一度ウチに来てください。同じ目的があるなら絶対にお互いに話しておいたほうがいいです!」


 巫月は、知らぬ間にイズミの両手を握っていた。


「いや、しかし……」


 巫月はイズミに話す機会を与えない。


「ウチと繋がれば、こういうふうに敵と戦ったときの後始末もウチの者がやりますし、他にも……」


 この後、興奮気味に話す巫月の説得は20分ほど続いた。その結果、なかば強引に帝霧館への訪問を約束させられたイズミと義経であったが、訪問する利点の多さはしっかり認識していた。



――そして約束の日。

 イズミと義経は、帝霧館の玄関扉に手をかけた。

 そこで義経があることに気づく。


『イズミ、ここには特定の霊体しか入れないような結界が張られている。ぶち破ることも可能だが、ここで目立つのは得策じゃない。なので、私は一旦君の中に戻るぞ。結界内に入ってしまえば、いつでも自由に出てこられるから心配はいらない』


 イズミは「分かった」と言うと、義経が体に入るのを待ち、帝霧館の玄関を跨いだ。

 義経が、結界を越えながら呟く。


(へえ、けっこう良い結界じゃないか。これじゃあ許可のない霊体はそうそう中に入れないな。しかも、外から中の霊体が感知されないようにもなってるじゃないか。見事なもの……ん? まてよ、この結界は……)


 帝霧館に入ると、そこはまさに洋館といった造りになっていた。ホールには、ダークブラウンのフローリングの上に赤絨毯が敷かれており、上部には巨大なシャンデリアが設置されている。何人かのMIST構成員と思われる者たちが、黒服で行き来していた。

 巫月から、MISTは50名ほどの中規模の組織だと聞いていたが、館内の雰囲気だけ見ると、もう少し小規模な印象である。

 イズミは高級感溢れる内装を一旦見渡してから、左奥にある受付カウンターに向かった。

 そこには、髪をオールバックにまとめ、黒縁の眼鏡をかけた細身の男が立っている。

 イズミたちも後々知ることになるが、この気難しそうな男の名は佐治(さじ)誠三(せいぞう)。帝霧館の受付と管理を任されている霊能者である。


(イズミ、魂力を抑えているが、この男も霊能者だ。念のため気をつけてくれ)


(ああ。微かに魂力の光が体から漏れているな。俺にも見えているから大丈夫だ)


 イズミは、義経と念話を行いながらカウンターの前に立った。すると、佐治が渋い声で話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。お泊りですか?」


「いえ、こちらでは雨の日に綺麗な月が見えると聞いたもので」


 イズミのこの答えは、事前に巫月から教えられていた合言葉であった。

 帝霧館は、名ばかりといえどホテルである。一般の客が来ることもゼロではない。そのため、一般の客と霊能者を区別するための合言葉が用いられていた。

 イズミが合言葉を発すると、佐治は見定めるような目つきでイズミを下から上まで見る。


「あなたが巫月が言っていた花風様ですか。なるほど。上手に魂力を抑えておられますね。ぱっと見では霊能者と分からないほどだ」


「……あなたほどでは、ありませんよ」


「ほう、それが分かるとは素晴らしい。では本人確認をするため二つほど試させていただきますが、宜しいですか?」


「構いません」


 イズミは、内容を訊くこともなく堂々と答えた。

 そんなイズミを、佐治はひややかな目で見る。そして、視線をイズミから逸らすと、確認作業を始めた。


「では、まず一つ目です。あなたには私の背後にいる者が見えますか?」


 佐治が質問を投げかけると同時に、佐治の後ろに羽織袴を着て(まげ)を結った守護霊が現れる。


「ええ。立派な髭と眉毛をしていますね」


 イズミが答えると、佐治は「有難うございます。彼は関と申します」と言い、紹介された関は頭を深々と下げる。


「では、次にあなたと守護霊さまの魂力を計らせていただきます。巫月の話からすると、あなたたちの魂力の総量はかなり大きいはずなので、あなたが本物の花風様なら相応の結果が出るはずです」


「そんなことができるんですか?」


「ええ、二人の魂力の合計値が分かります。関、頼む」


 佐治が声をかけると、関の手のひらの上に、青白く光る算盤(そろばん)が出現する。


『では、始めます』


 そう言うと、関は動きが見えないほどの速さで算盤を弾き始めた。


(ほう、これは面白い能力だ)


 イズミの中で、義経が呟く。

 佐治は、算盤の上に浮かび上がる数値を見ていた。この数値は、他人からは見えないものであるが、これが対象者の魂力の合計値である。

 関の指の動きは、数秒ほどで止まった。


(……魂力値1180か、言うほど大した値ではないな。偽物か?)


 佐治が考えていると、また関の指が算盤を弾き始める。


(何だ!? また関が計算を始めたっ。間違えたのか? いや、そんなはずはないっ)


 佐治が考えているあいだも、関の指は動き続ける。途中、止まったかと思うとまた動き始め、指が止まるたびに数値は上昇していった。


(……3260……4800……8960……信じられん。まだ上がり続けている。まるで魂力が加算されていってるようじゃないかっ)


 最終的に関の計算が終わったとき、佐治の顔はひきつっていた。


(1万9860だと~っ!? バカな、こんな数値は見たことがないぞっ)


 佐治の表情を見て、イズミが話しかける。


「何か問題でも?」


「いっ、いえ。あなたは花風様で間違いないようです。それでは、本部長の部屋にご案内いたしますので、あちらのエレベーターに」


 佐治は、イズミを案内しながら、額にじっとり出た汗をハンカチで拭いた。


(この青年は、いったい何者なんだ!?)


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