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12. 辛勝

『ふうっ、今のはちょっと危なかったな』


 義経が両手を腰に当てながら、宍戸を見下ろして言う。


『……凄まじい力だな。貴様、本当に何者なんだ?』


『いやいや、お前もすごいぞ。私相手にこれだけ健闘しているのだから』


『……ふっ、俺は貴様が宿主に気を取られている隙を突いているだけだ。余計なお世話かもしれんが、あいつは貴様の足枷になっていないか?』


 宍戸が眉間に皺を寄せて訊く。


「義経!! 大丈夫なのかっ?」


 そこにイズミが駆け寄ってきた。


『イズミは充分に私の力となっているよ。戦いは初めてだが、こう見えて王の器なんだぞ、私の宿主様は』


 義経が宍戸に笑みを見せながら、親指をイズミに向ける。

 すると宍戸は「なっ、何!?」と驚きの表情を見せた。そして、もう一度義経に確認する。


『聞いたことがあるぞ。王の器というのは、あの王の器か? 本当に存在するのか、あれが?』


『ああ、そうだ』


『……なんと』


 宍戸は、黙ってイズミを見つめた。

 そこで、義経がここぞとばかりに提案を持ちかける。


『宍戸、お前は強いよ。このまま私たちに除霊されては勿体(もったい)ない。だから、イズミの従霊、つまり従たる守護霊になってみないか?』


『な……何?』


『お前の魂帯を斬って強制的に従霊にしてもいいが、できたらお前が納得した上でなってもらいたい』


 義経の言葉に、宍戸は一瞬言葉を失くした。そして、口角を上げて話しだす。


『ふっ、何を言いだすかと思えば。俺がそんなものになるわけないだろう』


『良い話だと思うがな。そうすれば、現世に留まって、私たちと共にあの子のような人間をたくさん救える。私たちだって悪霊を放っておくつもりはないのだから』


 義経は、話しながら迎え入れるように両腕を広げた。

 宍戸が「……確かに、それはそうかもしれないが」と言って立ち上がり、義経の目を見て話を続ける。


『俺は言葉なんてもんじゃあ、お前たちを信じる気にはならない。信じさせたいなら、刀で納得させてみろ。武士らしくな』


 そう言うと、宍戸は後方に跳躍して、またも鎖鎌を頭上で回し始めた。

 その姿を見て、義経も口角を上げる。


『ふっ、いいだろう。イズミ、少し下がっていてくれ』


『……いいのか? 俺とお前にあいだに隙間ができたら、魂帯が丸見えになるぞ』


『大丈夫。こいつは、そんなセコい奴じゃない』


 イズミに答えると、義経は刀を構えた。


――フオォォォォ……――


 義経が纏う魂力の光が、静かに増していく。


(……やはりな。最初からこいつのことは不気味だったが、今その理由が分かった。こいつは、未熟な宿主に合わせて力を抑えているんだ。多分、今もその力の片鱗(へんりん)しか見せていない)


 宍戸は、義経の底の見えない力に対し、密かに恐怖を感じた。


(まったく、とんだ怪物と出くわしたものだ)


 宍戸が義経への恐怖を払拭するかのように、「はあぁぁぁっ!」と大声を上げる。そして、そのまま鎖鎌の分銅を義経に向けて放った。


――キィンッッ!!――


 義経がこれを簡単に弾く。しかし、弾かれた分銅はすぐにまた義経に向かっていった。


――キィィンッッ!!――


 これも軽々と弾く義経。

 義経は、こうして何度も向かってくる分銅を弾きながら、宍戸のほうへゆっくり足を進めていった。


――キィンッッ!! キィンッッ!! キィンッッ!! キィンッッ!!――


 分銅を弾くたびに義経が宍戸に近づいていく。


『くっ』


 宍戸が悔しそうな表情を見せる中、義経はついに宍戸の目の前まで来た。


――キィィィィンッッッッ!! シュッ――


 最後に勢いよく分銅を弾くと、そのまま刀を宍戸の喉元に突きつける。


『……っ』


 これによって、宍戸の動きが完全に止まった。


『これで、いいかな?』


『…………ああ。充分だ』


 義経が笑みを見せて訊くと、宍戸も観念したように笑みを見せて答える。

 この瞬間、宍戸が従たる守護霊になることが決まった。


「終わったみたいだな」


 二人を見ていたイズミが、安堵の表情を見せる。それから義経の背中を見て、静かに微笑んだ。


『では、魂帯を斬らせてもらうぞ。そうしないと、イズミがお前を守護霊として従えられないようなのでな』


 義経が説明を行うと、宍戸が何も言わずに頷く。その表情はどこかさっぱりしていた。

 その後、義経がイズミに目配せをすると、イズミも頷く。


『では、斬るぞ』


 魂帯の前に立つと、義経は宍戸に最後の確認をした。


『ああ、一思いにやってくれ。後悔はしない』


 宍戸の返答から、信頼を得たことを強く感じる。


――シュパァァァァンッッッッ!!――


 刀を高く振り上げると、義経は一気に宍戸と少年を繋ぐ魂帯を斬り裂いた。


――……バタンッ――


『ぐおぉぉぉぉっ!!』


 少年が崩れ落ちるとともに、宍戸が大きい叫び声を上げる。


『今だっ、イズミ!!!!』


 義経が声をかけると、イズミは右腕を苦しむ宍戸に向け、宍戸の名前を叫んだ。


「来い、宍戸!!!!」


――フオンッ!!――


 その瞬間、宍戸が一瞬でイズミの中に吸い込まれる。

 イズミが纏う魂力の光が、それと同時に強まった。


(……こ……これで……いいのか)


――フッ!!――


 イズミが自分の体を眺めていると、突然目の前が真っ暗になり、今までと全く違う光景が現れる。


(ま、まただっ。蝶の霊体を吸収した時と同じ現象っ。何なんだ、これはっ?)


 それはテレビの時代劇で見るような長屋の中だった。目の前では、先ほどの少年と同じような年齢の男の子が、嬉しそうにお(かゆ)を食べている。

 みすぼらしい服装をし、髪の毛を後ろで結んでいるその男の子は、こちらを見ると、はち切れそうな笑顔を見せた。


(着物を着ている……。昔の日本……なのか?)


 そこに突然、ガラの悪い侍たちが集団で押し入ってくる。


(何だ、こいつらはっ?)


 その一人は、自分を殴りつけると、泣きだす男の子を抱え上げた。自分が一生懸命抵抗するが、その度に男たちの誰かに殴られる。倒れながらも手を伸ばすが、男の子は連れ去られてしまった。


(わけが分からない。これはいったい何なんだ……?)


 イズミが考えていると、突然目の前の光景が河原に切り替わる。


(今度は、どこだ? あ、あれは……)


 よく見ると、河原の岸には、先ほどの男の子が傷だらけで倒れていた。

 駆け寄って抱き起こすが、男の子は何も反応しない。


(まさか……これは……)


――フッ!!――


 ここで突然、その光景は消えた。目の前には、先ほどまで見ていた高架下の駐車場が広がっている。


『イズミ、大丈夫かっ? イズミっ?』


 すぐに義経の声が聞こえてきた。


『突然、立ったまま何も反応しなくなったぞ。いったい何があったんだ!? 心配したじゃないかっ?』


 義経の不安気な表情から、本当に心配していたということがよく分かる。


「あ、いや、すまない。これは蝶の霊体を吸収した時も起きたことなんだ……。突然、見知らぬ光景がぱっと現れて、またぱっと消え去る……」


『見知らぬ光景……? そんな現象は聞いたことがないな。どういうことだ……。吸収した霊体に関わることなのか……』


 義経は、難しい顔をして顔を傾けた。


「……う……ううんっ」


 その時、憑依されていた男の子が目を覚まし始めた。


『まずいっ。あの子、霊感が強そうだから、目を覚ましたら私のことが見えてしまうぞっ』


 義経が突然焦った表情を見せる。


「あ、ああ。そうだな」


『さっきのことは今度一緒に考えるとしようっ。とりあえず、私は君の体の中に隠れるから、君はあの子を警察にでも連れていってやってくれ。意識を失っていたとか何とか言ってっ』


 イズミが「分かったっ」と言うと、義経は急いでイズミの体の中に入ろうとした。


「あっ、ちょっと待ってくれ、義経っ」


 そこでイズミが咄嗟(とっさ)に義経に声をかける。


『ん? どうしたんだい、イズミ?』


「いや、あの、今日はすまなかったな。足手まといになってしまって。そのせいで何度もピンチを招いてしまって……」


 イズミは反省したような様子で、義経を見つめた。

 そんなイズミを見て、義経がとても暖かい笑みをこぼす。


『何を言っているんだ。君はよく頑張ったよ。初めての戦いであそこまでできるなんて、私は君を誇らしく思う』


 そう言うと、義経はイズミの頭を優しく撫でた。


「俺、もっと頑張るからなっ」


 拳を握って言うイズミに、義経はただ頷いて微笑む。それから、「じゃあ、あの子のこと頼むよ」と言うと、イズミの中に入っていった。


「……ううんっ……ん? お兄ちゃん、誰?」


「あっ、俺は……」


 男の子が意識を取り戻すと、イズミは笑顔で自己紹介をする。そして作り事を話すと、男の子を背負い、近くの交番に向かって歩きだした。

 初めての戦いは、イズミにとって苦い勝利となったが、ここからイズミは急成長していく。

 そして夏が終わる頃、霊界も認める霊能者となっていた。


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