9. 二位一体
「それは、こういうふうに、二人が重なった状態で連動して動くってことか?」
二位一体の動きを想像したイズミが、両手を重ねて義経のほうに向ける。
『そうだ。私が君から離れて敵の魂帯に斬りかかった場合、私たちのあいだの魂帯が丸見えになるからね。それは危険すぎる。そもそも守護霊は、宿主から離れれば離れるほど守護霊としての恩恵が薄れていき、顕現に魂力を多く消耗するようになってしまうしね』
「……そうなると、連動の主導権を持つ俺の動きが重要になるな。実際に敵の魂帯を斬ることができないにしても、俺は敵宿主と戦いつつ、ここぞというときに魂帯を斬る動きをしなければならないということだろ? 俺の動きに追従するお前が、その刀で敵の魂帯を斬るために」
イズミが、義経が帯刀する刀を指差す。
義経が語ることはなかったが、この白い鞘に収められた刀は“白夜”と呼ばれる霊刀であった。刀身が硝子のように透明であり、闇夜に紛れるとほとんど視認できない。それは敵にとって恐怖でしかなかったため、夜が来ないでほしいという敵の願望から、皮肉を込めて白夜と呼ばれるようになった。
数年前に駅でイズミを襲った悪霊や前日に迷い出た憑依霊たち、彼らの魂帯を斬ったのは、この白夜である。
『そのとおりだ、イズミ。君は飲み込みが早くて助かる。そういうわけで、君には戦う動きを学んでほしいんだが、実はこれはさほど難しいことじゃない』
「?」
『言ったろ? 君はね、降霊の契りを結んだことにより、私と感覚を共有するようになった。その感覚というのは、痛いとか熱いとかの一時的な感覚だけでなく、歩き方とか食べ方とか体に染みついた感覚も含む。戦いの感覚もその一つだ』
イズミは、「そうなのか!?」と驚いた表情を見せた。
『ああ。だから君の体は、もう戦いの動きというものを知っている。あとは、体に私の魂力を流すことだけ覚えればいいんだよ』
『そういうものなのか。しかし、自分では体が戦いの動きを知っているようには思えないんだが』
「じゃあ試してみるかい? これから私が君に斬りかかるから、それをかわして反撃に転じてごらん」
「いや、それはいくらなんで……」
――シュバンッ――
イズミが言い終わる前に、義経は直立したまま刀を水平に振った。
「ぐっ」
その瞬間、イズミは上半身を後方に反らす。義経の刀は、上方を見上げる姿勢となったイズミの眼前を通り過ぎ、空を斬るかたちとなった。
イズミが自身で驚いたのはここからの動きで、義経の刀を避けた瞬間、刀が来た軌道に沿って上半身をひねり、その勢いで右拳を義経の顔に向かって振り上げたのである。
――ブォッ――
義経は紙一重のところで避けたが、振り上げた拳の風圧が顔にかかる。
『ほらね。それは間違いなく私の剣術の動きだ。今君が刀を握っていたら、私の体は下から上に向かって一直線に斬られていたよ』
風を受け嬉しそうに話す義経に対し、イズミは少し息を切らしながら呆然としている。
『まぁ、この世の刀では霊体を斬れないけどね。君も霊刀では斬られることがないんだから、そんなに焦らなくてもいいじゃないか』
「はあっ、はあっ。お前は本当に驚かせるのが好きだな。冷や汗が出たぞ」
『ははははっ、悪い悪い。でも、結構いい動きをしてたよ』
「はあっ、はあっ。そうか? 何というか、お前の言ったことの意味が少しだけ分かった」
『それならよかった。ただね、君にはこれで満足してもらっては困る。今の君は、私の感覚を基に体を動かしただけで、私の魂力をほとんど使っていない』
「そうか……そうだな」
『ああ。もし君が私の魂力をしっかり体に流せていたら、そのスピードは比べものにならないほど跳ね上がっていただろう』
義経が、少しだけ厳しい口調になる。
『戦いではね、私たちが二位一体で動いている限り、イズミのスピードの上限が私のスピードの上限になる。だから、申し訳ないが、そこは君に頑張ってもらわなければならないんだ。特に私の特殊能力は“神速”と呼ばれる超スピードだから、その能力を充分に発揮させるためにも、君の成長が必要不可欠なんだよ』
「特殊能力?」
義経が言った“神速”という言葉も気になったが、それよりも“特殊能力”という言葉のほうがイズミには気になった。
『ああ。現世で特技と呼ばれていたようなものはね、肉体から解放されるのと同時に、特殊能力と呼ばれるほど絶大なものとなるんだ』
イズミが、腕を組んで「例えば?」と訊く。
『例えば、現世で勘が鋭かった者が死後に予言能力を得たり、視力が高かった者が千里眼の能力を得たりね。言い方を変えれば、肉体によって制限されていた能力が解放されるということさ』
「それが義経にとっては、速さだったということなんだな?」
『ああ。あとは雷が少々、かな』
「雷!? 雷なんてものが使えるのか?」
イズミは、組んでいた腕を離し、驚いた表情を見せた。
『まぁ、雷といっても、自然発生する雷じゃなくて、咒文により私が創り出す雷だけどさ。咒文の利点は、霊体だけでなく人間にも効果があるということなんだ。火や鉄などから原子レベルのものまで、こういったものに魂力を変換すると、物理的に現世のものにも影響を与えられるようになるんだよ。強力な咒文になると、普通の人間にも視認できるほど具現化され、凄まじい威力を持つ』
「それはすごいじゃないか」
『ただ、ああいった大技は、魂力を一気に爆発させて別エネルギーに変換させるものだからね。魂力の消耗も激しいし、なにより今の君では大技の反動負荷に体が耐えられないから、強力な咒文は当分使えないかな』
「俺の体にも反動が来るって、どういうことなんだ?」
『私たちはもう魂が繋がっているからね。私の魂に大技の負荷がかかれば、君の魂にも同じだけ負荷がかかるんだ。今そうなった場合、魂力の扱いに慣れてない君の体は壊れてしまう。だから私は、君の体が耐えられないような技は使えない』
「要するに、俺が成長しないと義経の能力が充分に発揮できないということだな。じゃあ俺は、本当に早く魂力を扱えるようにならないといけないな」
『いつ敵が現れるか分からないことを考えると、そうだね。ただ、あまり焦らなくてもいい。大技は言わずもがな、慣れないうちに体に許容量以上の魂力を流したら、本当に体が壊れてしまうから』
イズミは「分かった」とだけ言って頷いた。
イズミを生徒とするならば、彼はとても優秀な生徒だといえよう。彼には、教えを素直に聞く姿勢と、そこで自分が何をすべかを考える賢さがあった。
理論的な話を終えた二人は、ここから実践的な訓練に移る。




