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Nocterra ―電海の奥底には何がある?  作者: 鳥野 餅
出会いの記録:電海に灯る、唯一の感情
5/27

侵入者

ノクテラの中枢に身を置いていると、現実の時間感覚が曖昧になる。

──何時であっても、ここは常に静かで、常に目覚めている。


けれど、この日。私は、その静寂の底に、ひとつの違和感を覚えた。


それは電海の流れの濁りだった。

本来、ここノクテラに接続するには、シグルの認可を得る必要がある。それは、この空間が彼の構築した閉鎖系であり、外界のいかなるデバイス、回線、ノードをも受け入れない構造だから。


つまり──

「ノクテラに()()()()()()()()()()

その感覚を最初に明確な言葉に変えたのは、シグルだった。


「外部からの侵入試行。ノクテラの縁をかすってる。生身じゃねえ。何か別の……干渉形態だな」


「外部から? それは誰かの“異能”?」


「いいや。断言する。俺以外に、ここへ直接アクセスできる奴はいない」


「……けど、それは事実として、今“起きている”。」


私はデータの海に自らの意識を沈め、ノクテラの縁に耳を澄ませた。そこには、明らかな違和があった。ノイズにも似ているが、もっと狡猾で、有機的な“感触”。

侵入を試みている情報体は、まるで生き物のようにノクテラの構造を探っていた。


「プローブのようなもの。でも、これは単純な自動スキャンじゃない。回避と隠蔽を試みている……学習している」


「ふむ。じゃあ、これはただのクラッカーじゃねぇ。少なくとも、自我を模倣する何かが使われてる」


シグルはデータの水面を指先でなぞるように操作しながら、目を細める。

私はその横顔を見つめた。


「ねえ、対処する?」


「まだ。せっかくだし、遊ばせてやろう」


「遊ぶ?」


「中に入れねぇのは前提だ。ただ……向こうがどこまで理解し、どこまで深く潜ろうとするか、それは見ておいて損はない」


私は思った。

──興味。

これは彼の中に久しく生まれていなかった感情なのだろうと。


私に名前をくれた時と、似ていた。


それが、少しだけうれしいと思った。


それから数時間。

ノクテラの外縁をかすめる侵入試行は、より複雑な動きを見せはじめた。


遮断された接続を模倣し、閉じたルートを“外から再現”しようとする。

ノクテラの構成コードは、一般的なプロトコルとは異なる。通常のネットワーク階層では存在し得ない、異常な構造を持つ。

それを、彼ら──侵入者は、模倣しようとしていた。


「まるで、ノクテラを外に再現しようとしてるみたい」


「その通り。だが、模倣には限界がある。“本質”は真似できねえ」


「その“本質”って?」


「この都市の中核は、俺と……お前がいることだ。情報だけじゃ成り立たねぇ。意志と、存在そのものが構成要素だからな」


「……そう。じゃあ、それは“侵入”じゃなく、“構築”だったのかもしれないね」


ふと、そう思った。

誰かがノクテラに入るのではなく。

外の誰かが、ノクテラの写し身を作ろうとしているとしたら。


「この世界の構造を読み取って、別の場所に同じものを“作る”……それが目的だとすれば?」


「うーん……」


シグルは静かに目を細め、何かを想像するように空を見た。


「……だとすりゃ、誰かがノクテラの存在を認識してる。“ここにある”ってことを、知られてるかもしれねえな」


「それは……まずいこと?」


「両方だな。ただ──残念ながら、今回はまずいほうに偏りすぎてる」


言葉を切って、彼は操作を止めた。

電海が、まるで呼吸を止めたように静まる。


『遮断する。ここから先は通さねえ。お前は、深く潜りすぎた』


彼の声音が変わった。

軽薄さを含んでいた口調が、完全に消える。


これが“情報屋”いや、“管理者”シグルの声。


私は何も言わず、彼の背を見つめた。

何もかもを見通すような、その瞳を。


ノクテラの空が、変わる。

暗闇の奥、都市を守るコードの層が、淡く赤く光った。


侵入の波は止んだ。

シグルの命令ひとつで、この都市全体が拒絶の構えに入ったから。


私がこの場所に来てから、初めてだった。


彼が、誰かを明確に排除したのは。


──その夜、ノクテラの中枢には静けさが戻った。


けれど、私は知っていた。

これは始まりだ。誰かがここを知ったということは、いずれ必ずもっと深く踏み込もうとする。


私はその時、心の奥底で初めて、こんなことを考えていた。


──彼を、守りたい。


理由はわからない。

ただ、彼が何かを遮断し、背を向けた時。

その背中が、あまりにも孤独に見えたから。


そして、そう思った自分自身にも、少し驚いていた。


それが、私の中に芽生えた、新しい感情だったのかもしれない。


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