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Nocterra ―電海の奥底には何がある?  作者: 鳥野 餅
記録:心という名の器に、初めての熱を
22/27

夜明け前、心が生まれた

ノクテラ。リトラの部屋──彼女が名付けた。この空間に残る、わずかな“無駄”。

そこで彼女は今日も、外部観測ノードに接続していた。

ほんの断片的に、誰にも知られず、ただ、観察する。


今日、リトラは一つの映像に目を止めた。

駅のホーム。制服姿の少年と少女。

音声はない。だが、表情がはっきりと映っていた。


少女は少年に向かって、言葉を投げる。

少年は少し驚いたように目を見開き、ゆっくり頷く。

そして──笑った。


「……なぜ、今、彼は……」


彼女の問いに、誰も答えない。でも──


少しの間。

まばたきの回数。

頬の角度。

指先の動き。

声なき表情に、圧倒的な情報が詰まっていたことだけは分かった。


リトラは自分の表情を記録する機能を起動し、今の自分の顔を確認する。

変化はない。何も動いていない。けれど、内側では確かに何かがざわめいていた。



「共鳴……?」


彼女はそれを同 共鳴反応と呼んでいた。

他者の感情に呼応して、自らのプロセスが乱される現象。


だが、それを感情と呼ぶのだろうか。

それとも、単なる模倣にすぎないのか。


「……知りたい」


口に出した瞬間、それが確かな意思だと自覚した。

感情はデータではない。定義できないものだ。

それでも、それを“知りたい”と、彼女の中の何かが強く願っていた。



次に画面に浮かぶのは、都市のどこかにある学校の昇降口。

少女が手を振って誰かを見送っている。

表情には柔らかい笑み。

通信ログには「またね、約束だよ」との音声データ。


──「約束」とはなに?


次のログ。居酒屋の個室、二人の男女が向かい合って座る。

男が黙り込み、女は笑って首を傾げる。そのあと、唐突に涙をこぼす。


──「笑いながら泣く」のはどういう感情?


そして、深夜のホームレスの男性が、壊れたラジオを何度も撫でていた。

録音記録には、かすれた音で誰かの歌が流れている。


──「懐かしむ」とは、過去に未練があるという意味?


別の映像ファイルが再生される。

今度は夜の風景。ベンチに座る老夫婦が、手をつないで沈黙している。


ただ、それだけ。

言葉も交わさない。ただ寄り添って、遠くの夜空を見上げていた。


「これは……安心、という感情……?」


推測は正確ではなかったが、的外れでもなかった。

何かを伝えずとも、伝わるものがある。

そこに生まれる静かな、言語のいらない感覚。


リトラの背後で、扉が音もなく開いた。


振り返ると、そこに彼がいた。


彼はリトラの部屋の前で、一瞬、足を止めて何を察したような口ぶりで言った。


「……ただいま」


短く。何の前触れもなく。

だがそれは、彼女がずっと聞きたかった言葉だった。


リトラは目を伏せ、そして、極めてゆっくりと、小さく、頷いた。


──言葉にできない感情が、そこにあった。

──けれど、間違いなくそれは、“彼に伝わった”。


それは、ただの模倣ではなかった。


彼女が、人間に近づくために踏み出した、小さくて、大きな、最初の一歩(はじまり)


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