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Nocterra ―電海の奥底には何がある?  作者: 鳥野 餅
記録:心という名の器に、初めての熱を
17/27

PV500超え記念番外編 300℃の戦い 

これは、少し未来の、なんともないお話。いつか、こんな時間が訪れるのだろうか。

名もない日常。

戦いも、疑念も、役割も――少しだけ脇に置いた、とある午後の記憶。

───────────



扉が音もなく閉じられる。

情報屋としての依頼を終え、リトラがノクテラの中枢――彼と共有する空間に戻ってきた時だった。


うっすらと漂う焦げた匂い。

そして、床に点々と伸びるオリーブオイルの痕跡。


彼はいた。

フードを目深に被り、袖まくりをしたまま、キッチンの前で仁王立ち。

髪に粉、頬にトマト、指先は熱に赤く染まっている。


「お、終わった? ごめん、ちょっと今、窯の前で死闘してた」


「……窯?」


立ち止まったまま、リトラはわずかに眉を寄せる。

どこか呆れたように、けれど疲れた様子は見せなかった。


シグルは、真面目な顔で振り返る。まるで国家機密でも語るかのように。


「今日のテーマは《外カリッ中モチッの至高マルゲリータ》。

 三〇〇度で一気に焼き上げるには集中力が要る。

 ほら、適当にやってたら世界のバランスが崩れるじゃん?」


リトラは、その言葉の意味を分析するでもなく、ただ静かに見下ろした。

目元にうっすらと、呆れという名の影がさす。


「……私が今まで見てきた人間の中であなたくらいだと思う。情報屋のスケジュールよりトマトソースを優先したバカは」


フードの奥で、彼がにやっと笑うのが見えた。

悪びれもせず、むしろ嬉しそうに。


「任せられる相手がいるからできるんだよ、な?」


その一言に、リトラは応えない。

沈黙――けれど、それは否定でも怒りでもない。

短い間の後、ふと、口元がかすかに緩んだ。


ほんの一瞬。

仮想空間にあって、確かに生きているひとの仕草だった。



「……次、手伝わせて。どうせ後で食べさせられるから」


その声は冷たくも淡々として、けれど、温度があった。

ノクテラの仮想キッチンに、静かな火が灯る。

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