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Nocterra ―電海の奥底には何がある?  作者: 鳥野 餅
記録:心という名の器に、初めての熱を
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掌理域より、静かに奪え

仮想都市ノクテラ、その朝。


リトラが都市の管理権限を受け取って、まだ数十時間も経っていない。中央管理コアでの処理が安定したのはついさっき。今、彼女はノクテラの動作ログを確認していた。


そしてシグルは、そんな変化の最中でも――まるで何事もなかったかのように、いつものように仕事を受け、いつものように行動していた。


「依頼、入ってる」


ログの確認をしながら、リトラの指先が空中に仮想ウィンドウを開き、シグルの目の前に移動させる。


「えーっと何々。環境開発会社の内部監査資料の調査。

目的は、違法経理項目のリスト摘出。依頼主からは“機密保持を最優先で”との要請。

報酬はトークン加算済みで、契約条件は標準通り。……はいはい、いつものやつだな」 


シグルは身体を伸ばすように背もたれに寄りかかり、天井に仮想モニターを開いて目を細めながら、そう呟いた。


「物証系の依頼は処理が楽なんだ。変な感情も人間関係も入ってこない。ただの数字の山。……まあ──」


リトラは特に相槌を打たず、淡々と次の処理へ移ろうとしたが、ふとシグルの手が止まるのに気づいた。


「……なんだか、面倒そうな顔してる」


「いや、構造がな。通常の手段じゃ、手間がかかりすぎる構成してやがる」


シグルは静かにモニターを閉じながら、呟いた。


「通常の手段じゃ面倒だな……仕方ない、普段は使わないって決めてたんだけどな」


リトラの指がピクリと止まった。都市の維持機能で、彼の異能の片鱗はすでに観測済みだった。だが、“外部への行使”を真正面から見るのは、これが初めてだった。

──あの日、侵入者を撃退した時ですら、異能を一切使わなかったのに。


『────電海掌理』



◇ ◇ ◇



目を開くと、そこはすでに企業の管理サーバーの内部、目の前には幾重にも折り重なった光の層。レイヤーの一つひとつが高密度に構築されたファイアウォール。

俺は目の前に広がるそれに手をかざした。


物理的な動作ではない。意識を滑らせるように──

目を閉じる。息を詰める。

ノイズ交じりの視界が弾け、世界が裏返る。


次の瞬間、目の前に広がる防壁は、音もなく崩れた──いや、自分から、まるで主人の帰りを待っていたかのように、自分から扉を開けた。


何重にも重ねられた防衛壁(ファイアウォール)も、不正侵入検知システムも今は意味をなさない。

この力を使った時点で、もうすでに俺の支配下だ。


企業の中枢データベースへ直結する中間サーバに、"許可された存在”として自動ログインが実行される。

浮かぶのは都市中枢に拡張された企業サーバー


「さてと……中枢サーバーは、こっちか」


意識のままに手を動かすと、視界の中に“構造”が浮かび上がる。

複雑なビルの配線図じゃない。

この企業が構築している、論理の迷宮。


壁は高く、鍵は多い。

でも俺はドアなんて開けない。

必要なのは——構造そのものへの干渉。


構造を構造として見るのではない。意味ではなく、歪みとして捉える。計算を飛ばすのではない。そんなもの、最初から“必要ない”。


電海を流れるパケットの“癖”を掴み、揺らす。

数値でもなく、命令文でもない、もっと曖昧で原始的な波を。


「……見つけた」


歩くことなく移動する。跳ぶことなく飛ぶ。言語を介さず、論理を経ず、ただ辿()()()()


仮想の扉がゆらぎ、ひび割れる。

その向こうには、まるで内臓のようにうごめくデータの塊。


仮想記録が露出する。

文書ファイル。

暗号化された証憑記録。

相殺の痕跡。

帳簿の改ざん履歴。

記録されたはずのない外部への不正送金ログ。

隠蔽された内部告発。

報道機関を“買った”証拠メール。


仮想空間の構成データ、その表層に貼り付けられた“現実と偽る皮膜”を、シグルは指先でそっとなぞる。


指を三度、空中で弾いた。リストが自動で整形される。違法項目のハイライトだけを抜き出したデータが、ノクテラのセキュア回線に向けて静かに送信された。


その間、ほんの数分。仮想空間の内部構造にすら「存在」を知られることなく、環境開発の中枢から痕跡すら残さずにデータを持ち出したのだった。



 ◇ ◇ ◇



「送信完了。精査はそっちに任せる。……で、見えたか?まぁ、()()()()()()()()んだが」


リトラは、彼をじっと見つめていた。さきほどまでとはまるで違う視線で。


「……構造への干渉じゃない。あれは、空間そのものに“踏み込む”能力」


「正確には少し違うな。俺自身が空間に合わせるってより、“あっちが俺に合わせてる”っ感じ。……説明になってないか。それに、これもほんの一部だし」


「理解は、しているつもり。でも……」


リトラは一瞬、言葉を切る。


「……貴方の異能、都市の内側に使われたら、私は何も対抗できない」


それは感情ではなく、ただの事実としての指摘だった。しかし、確かにリトラの声音には、ごくわずかな“息継ぎ”の乱れがあった。


シグルはそれに気づいた様子もなく、肩をすくめる。


「そんなこと、しないさ。ここは俺の街だし、そもそも、お前が守ってくれるんだろ?」


何気ないように言われたその言葉に、リトラははっとして小さく瞬きをした。


そして、何も答えず、そっと目を伏せた。



 


 ◇ ◇ ◇


 

その日の午後。依頼の処理完了ログが外部に送信され、依頼主からの確認応答も届いた。暗号化された応答文は定型の一文で締められていた。仕事は完了。報酬も、ノクテラの資源ストックに追加された。


再びノクテラに静寂が戻る。


シグルは仮想カフェのカウンターで何かを書いていた。リトラは隣の席に座り、何も言わずに画面を覗き込む。


そこに映っていたのは、例の環境開発の構造解析メモ。すでに依頼には関係ない情報だった。


「使えるものは後でまとめておく。次に似た仕事が来たとき、少しでも効率が良くなるように」


「……そういうの、依頼主は望んでない」


「俺が望んでるんだよ。また異能使うのも面倒だし。あれ、結構疲れるんだぞ?

それに、ノクテラが“ただの中継地”になったら、それは君にも、俺にも、よくないからな」


きっぱりとした口調だった。


リトラは頷くでもなく、反論するでもなく、ただその言葉を受け取った。そして、かすかに微笑んだ気配があった。


それは彼女にとって、“日常”という言葉の意味を、初めて理解した瞬間だったかもしれない。





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