3-06 メタバースに潜むデジタル・ゴーストの謎
WordPressでブログを作るのと変わらない手軽さで、簡易のメタバースが作成可能になった。MMOや3D系のゲームからのエッセンスを抽出しAIによる制御。サブスクとして運営も可能だ。
私には恋人がいた。旧式のメタバース「ネオルディア王国」での出逢い。熱烈で相思相愛の日々。だが、その仮想空間は消失してしまった。
リアルの私が生死の境を彷徨っていたときの出来事だ。
時は流れ、消失したあの世界が復活する。
『ディアネオル王国』捻りのない命名だ。告知の内容は少ないが皆察するだろう。
「同窓会みたいになるね、きっと」
やはり旧王国に恋人がいた義姉は楽しそうだ。
煌びやかな腐女子たちの楽園。かつての恋人たちも来るだろう。違う名前、別の姿で。
罪悪感をともなう私の心は、再会の希望と不安で乱高下だ。
旧メタバース消失の謎と新王国で待ち受ける罠。
私と義姉は渦中となり謎解きの任務が課されていた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう!
もう、今夜には新メタバース「ディアネオル王国」が始まってしまう……。
心の準備が全くできないまま、サービス開始の時刻が迫っている。
参加は決めている。キャラ・メイキングも完璧。
十年前。旧式メタバース「ネオルディア王国」にログインするのが私の日常だった。旧式で、メタバースというよりはチャット場に近い。
長い王国生活で恋人ができた。熱烈な愛を語り合うパラダイスのような日々。
だが、或る日突然、私は病に倒れ生死の境を彷徨った。ログインもメッセージを送ることもできない。そうしている間に、「ネオルディア王国」は忽然と消滅していた。
明らかに「ネオルディア王国」を彷彿とさせる、新メタバース「ディアネオル王国」開始が告知されたのは一週間前のことだ。
今は、様々なMMOや3D系のゲームからエッセンスを抽出しAIによる制御をつけたパッケージが手軽に入手できる。ブログ立ち上げと同じ感覚でメタバース構築が可能だ。
――かつての恋人との再会……。その希望の光が見えた。
あと、一時間ほどで始まる。
「まりかちゃん! 準備できたぁ?」
バタンと扉を開けて訊くのは、同居している義姉。小柄でグラマー、短い髪には少し癖がある。瞳を輝かせ満面の笑みを浮かべている。
「天音ちゃんは?」
パソコンの前に座ったまま身体の向きだけ変え、私は義姉である天音へと訊き返した。
天音は寄ってきて私のディスプレイを覗き込む。
「ああっ、まだ見て良いって言ってないのにぃぃ」
私は文句めいてジタバタしてみせるが、元より隠す気はない。
「やっぱり、今回の『王国』は、告知とは裏腹に凝ってるよね」
天音は感心したように、メイキングされた私のキャラを眺めて微笑う。余裕な様子から、天音も相当キャラを造りこんでいるな、と、私は確信した。
義姉といっても、天音は養女。
四賀という姓を持つ、私と天音は同い年だ。天音は歌や演技が超得意で、伝手もあり宝塚へと誘われていた。だが思ったよりも背が伸びず、娘役は嫌という理由で通ったのは私の隣の高校だ。大学進学のため共に郷里を離れて上京し、以来ずっと一緒に行動している。
娘役を嫌がるに相応しく衣服はいつもボーイッシュなのだが、天音は胸が大きいので何とも不思議な魅力に満ちていた。
私はといえば、ふんわりとした部屋着のワンピース。長い髪も服装も、背の高さと胸のなさを誤魔化そうとする無駄な抵抗だ。
「うん。キャラの造りもだけど、動きが良いよね」
椅子に座ったまま見上げる視線を向け私は同意した。
3Dゲーム世界に似た「ディアネオル王国」というメタバースは女性限定で匿名参加。男性キャラのみを操り、異世界BL恋愛を疑似体験する。
特異なややこしい世界だが、生粋のBLファンの私たちには楽園だ。
MMOに酷似しているが、基本は文字チャットによる交流だった。
「今度も文字チャット。そこは、わたし不満だけどね」
男性声で喋ることもできるし演技達者な天音は、文句めく。
「私は嬉しいよ?」
喋るのは大の苦手。だが、文字チャットなら、プレイボーイでチャラい口説き魔もお手のもの! だから、私は大いにホッとしてる。
「同窓会みたいになるね、きっと」
笑みを深めて天音は呟いた。天性の社交家の天音は、仮想現実でも才能を惜しみなく発揮する。
モテモテだった天音キャラを中心として確かに同窓会風になるだろう。
私と天音は、リアルの関係はひた隠し、旧『王国』でそれぞれのBL人生を謳歌していた。
天音には及ばないが、私のキャラはカップル間に波風たたせるお騒がせな口説き魔でそこそこモテている。
不意に、恋人との思い出が心を軋ませた。
「……来るかな?」
私は、ぼそりと呟いた。
「来るよ、絶対。奴の性格なら」
察しのよい天音は確信して言う。
天音は、旧『王国』の消滅後も色々調べてくれていた。私の恋人PLの行方も。
「天音ちゃんの大親友だったもんね」
私は「私の恋人」とは言えず、希望と不安で乱れがちな声をわざと弾ませて強調した。天音は微笑する。
天音キャラと私の恋人キャラは、魅惑的な攻め様の双璧。そして大親友という立ち位置だった。
「……来るかなぁ……」
今度は、ほとんど独り言ちるような小さな天音の声。視線を向けると天音は少しだけ天井を見上げている。
天音も旧『王国』に恋人がいた。再会を切望しているのは、私だけではない。
「……どうだろう」
私は、絶対来るよ、とは言えず口籠もる。天音は三角関係の渦中だった。
「前の『王国』の消滅、資金洗浄が絡んでたみたい」
少しの沈黙の後、天音は話題を変えた。
同じ運営が『王国』を再開する告知で噂が再燃したの、と言葉を足す。ずっと旧『王国』の事情を追っていたからこそ得られた情報なのだろう。
「えっ……警察沙汰になったから『王国』消滅したの?」
ブロックチェーンを活用した仮想通貨は、旧『王国』内での取引きに使えた。それが資金洗浄の温床になったのか?
「かもね。でも、メタバース再開なら主犯ではなかったかな」
「抜け穴……あったんだね」
「消滅した『王国』……、デジタル・ゴーストの報告もあったらしいよ」
ボソッと、そして、ふふっ、と仄かに笑みながら天音は告げる。私は瞠目した。
「それで、天音ちゃん……楽しそうなのぉ?」
「そう。謎は全部わたしが解くの」
天音の口癖だ。ニマりと悪そうな笑みを浮かべる。天音が操る攻めキャラの、不敵な面影が重なってみえた。
***
私の恋人は消滅前の『王国』の片隅で、私に置き去りにされた嘆きの独白をしていたという。『王国』が消滅したことと共に、複雑そうな表情を浮かべた天音が退院後に教えてくれた。
いよいよ新メタバース「ディアネオル王国」の開始だ。
ちくちくと罪悪感が混じる恐怖心を一蹴し、深呼吸。
恨まれててもいい。逢いたい! 逢わなきゃ。
せめて、ひとこと謝りたい。
とはいえ運営は、旧『王国』の話を禁止した。新たなキャラも参加の条件だ。
謝るには手段を考慮する必要があった。
いけない。ボーッとしてたら開始時刻を過ぎてる!
天音は、もう自室でとっくにメタバース入りだろう。
私も入らなきゃ……。
慌ててディスプレイに向かう。心臓が煩く高鳴り、操作する指が震えていた。
ディアネオル王国の扉は、事前のキャラ作成時とは別物だ。金ピカで繊細で、とても美しい。
短い音楽と風景アニメーション。そして、ぱああっ、と、場面展開し、美しく整えられた3Dゲーム似の風景が拡がった。
私のメイキングした美形男は広場に立っている。
平民にしては小綺麗な衣装と細い湾刀。金髪巻き毛を首の後ろで束ね、藤色の眼。裏設定はアサシンにしてある。
私、いや、俺はルーヴ。ルーヴ・ラソュ。
キャラ視点に切り替わった意識で周囲を見回し、煌めきがある方向へと移動。チャットで会話を楽しむのがメインのメタバースなのだが、キャラはとても動かしやすい。
煌きは、丁々発止の模擬戦闘のエフェクトだった。
開始早々に、手合わせか。
高揚感が伝わってくる。久しぶりの感覚だ。
――え?
少しズームで眺め、俺は確信し息を飲む。
あ! あんた……なんだな?
戦闘の癖でわかる。富豪な貴族風の衣装からして間違いない。
もう、見つけてしまった?
急すぎだ!
離れた所から読み取れるキャラ情報によれば、彼の名はエルト・クオード。
エルト……。
心で名を呟いてみた。ドキドキと煩いままの鼓動。放置してしまった恋人への罪悪感を押しのけ、再会の歓びがじわじわする。脳裡には騒がしく言葉が溢れた。
あれ? あんたの手合わせ相手、天音か。
定番の黒貴族服剣士。名はサンダート・ギリス。
目敏いな。インしてすぐに大親友同士で手合わせか。
ふたりとも相変わらず派手な剣技だった。
巧みな剣捌きやエフェクトは、キャラ・メイクの特性に合わせ、文字チャットに書かれた言葉に反応してAIが発動させる。
どっちも鮮やかでカッコ良すぎだ――!
手合わせ終了のサンダートへ、次の者が挑んでいる。
エルトと視線が合った。動揺を隠し俺はエルトの方へ進む。彼も俺に接近だ。
「やあ、これはまた麗しいお方だね」
帽子をとる手を優雅に動かす礼。キザな仕草が憎らしいほど決まってる。
「あんたこそ! 剣技、素晴らしかったよ!」
俺たちの距離は極近い。俺は背の高いエルトを見上げてグッと顔を寄せ、極上の笑みと見惚れる視線で声を弾ませた。
「それは、どうも。私は美食家だがね。君は頗る好みだよ」
エルトは挑み返すように、端整な造形の顔を俺に近づけてくる。
ううん。いいのかな、この角度は……。
次の瞬間、俺もエルトも同時に顔を寄せた。俺は伸び上がり、唇へと軽く唇を触れさせる。元々キス魔の設定だ。だが、エルトはもっと深く唇を重ねてきた。そのままニッと極上の笑み。
そう。倍返しする奴だった。今更ながら間違いない。彼だ。
「ご馳走様」
軽く手を掲げ、エルトは颯爽と姿を消した。俺は絶妙な笑みと、色気を漂わせる仕草で手を振り見送る。
だけど、私の頬には止めどなく涙が伝い、嗚咽は押し殺せなかった。