3-05 訳あって、S級ギルドに加入させられることになりました。
この世界には八つの国がある。
代表として三つの国を挙げると火の国、水の国、土の国かな。
土の国で生まれ、今はいろいろあって隣接している火の国にある熊の戦斧という狩猟専門組合の団員として暮らしている、リュー。
彼の故郷は魔族と呼ばれる人と意思の疎通ができる生物によって滅ぼされた。
彼は熊の戦斧の団員と一緒に強くなり、いつか魔族に復讐することを約束した。
しかし、団員はリューが可愛かった。
リューが気になって自己鍛錬に身が入らず、このままだとまずいと思った熊の戦斧の団長・ダンはこのままではだめだと思い、昔の仲間が団長をしている鷹の剣にリューを託すことにした。
いずれ、またみんなと一緒に居られる日を夢に見ながらリューは鷹の剣で、熊の戦斧の一同は山籠もりを。
また、みんなと一緒に居るため、復讐のため、彼らはそれぞれの日々を過ごす。
――僕はこの組合、熊の戦斧が好きだ。
10年前、5才になったばかりの僕を助けてくれただけじゃなくて、今日までいっぱい優しく接してくれて、まるで本当の家族のように扱ってくれた。
異国の、しかも素性もろくにわからないのによくここにいれてくれたなぁ……。って思うけど、そこがここの団長のいいところで、それに助けられたから何も言えなくなっちゃうんだけどね。
「おばちゃん、僕の分のご飯出来てる?」
ひょこりと食堂の窓口からご飯を作ってくれてる人を覗き見る。
その昔、配膳の邪魔をして怒られたからこうやってもらうようにしているんだ。
「あら、リュー。時間通りだね。今日もいっぱい食べて大きくなるんだよ」
リュー、それが僕の名前。
団長が「俺が生まれるよりもずっと前に存在したすげぇ奴だ!」ってその人の名前から一部をとって僕に付けてくれた。
「ありがと、今日もおいしそうだね」
「当り前さね。ほら、他の団員さんも集まってきて危ないから、早く行きな」
「うん、それじゃ、頑張ってね」
おばちゃんといつもの何気ない会話をしてから、ほどよく炊かれた穀物とワイルドベアーのお肉、それと異国からの輸入された甘めのドレッシングがかけられた苦みのある野菜で彩られたサラダがこれでもかって盛られた木製の大皿と匙を受け取って、僕専用のいつもの場所にある机に向かう。
みんなが使ってる長い机だと僕1人で3~4人分の幅を使っちゃうから、みんなが作ってくれたんだよね。
「むふー。さぁて、神様、今日も糧を恵み下さり感謝を――」
「リュー、飯時に悪い。ちーっといいか?」
「あ、おと、じゃなくて、団長」
手を組んで神への祈りを済ませようとしたところで、団長のゴウが話しかけてきた。
身長が2メートルくらいあって、筋骨隆々とはまさにこの人のために作られたんじゃないの? っていうくらいにはおっきい。
左の胸あたりに組合のとれぇどまぁく? の二振りの戦斧と、その上に熊の顔が刺繍された青を基調になってる着物を着崩している。体が大きくて、着崩さないと窮屈なんだそう。
ちなみに、僕もこの人と同じ格好をしてる。異国風に言うとぺあるっく? というものだ。
そういえば今日は用事があるって言ってたけど、もう終わったのかな?
「ふぁひは、ほう?」
「会ってほしい奴がいてな。飯食いながらでいいから会ってくれ」
あごひげをわしわしと触りながら横にずれると、男の人が姿を現す。
この人、かなり鍛えられてるなぁ。身長は170センチくらいかな? いいお肉の付き方をしてるのが真っ赤な外套の上からでもわかる……あれ? この外套の色と剣を足で持った鷹の刺繍って……。
「コイツは鷹の剣の副団長で、名前はキョウだ」
「初めましてリューさん。マスターの代理で君の迎えに参りました。リューさんのことはゴウとマスターから聞いてます」
鷹の剣、たしかうちと違って国直属のとってもすごいところだっけ? マスターってそこの団長のことだったはずだし。
それにしても、すごく美形な人だなぁ。きれいな金髪で、目元や鼻の高さもこの国の人にはない特徴だ。異国の男の人、たよね? それに話し方も華が――、
「ほふはえっへ? はんほほほ?」
「あー、その、迎えっていうのはなだな」
「……おい、てめぇまだ話してなかったのか、あぁ?」
「落ち着け! 悪いとは思ってる! だからその目つきと口調を直せ! 雰囲気もだ! リューが怖がるだろうが!」
いや、びっくりはするけど別に怖がるほどじゃないよ。いつまでも過保護だなぁ。
「ふぅ、それで、団長の用事って?」
さすがに国から特別な認可を貰ってるようなすっごいところの人と話すときにまで食べてるのはまずいと思ってごはんの手を止める。いや、もう遅いかもだけど。
「……簡潔に申し上げると、リューさんは私たちの組合で働いてもらいます」
「ん?」
「そういうわけだ。お前、組合から出ていけ」
「……え?」
持っていた匙が机の上に落ちる。
コツッ、の後の音が聞こえなくなった。
さっきまでみんなが話してたはずなのに、なんでだろ……。
「あの、おと――」
「――こん、の馬鹿が!!!」
「いっっっってぇ!?」
「!?」
な、殴った! すごい痛そうな音がするほど頭を殴った!?
「もっと言い方ってもんがあんだろうが! それが義理とはいえ息子に対しての言い草か!?」
「ま、待てキョウ! だからこそってもんがだな!」
「すぐにでも泣きそうになってるコイツ見て同じこと言えんのか!」
「ホントだ! 泣きそうになってるリューもかわいいな!」
「そうじゃねぇだろ親バカが! シバくぞ!」
キョウさんが胸倉を掴んでおっかない顔と声量でまくし立ててる姿に、思わず出かけてた目から流れそうになった涙が止まった。
別に泣きそうになったわけじゃないけど、キョウさんが思いっ切り怒るから少しボーっとしちゃった。
どうしよう、二人を止めたほうがいいのかな……。
「ん゛んっ。勘違いしないでもらいたい。君がこのギルドを抜ける必要はありません」
「そう、なんですね」
握りこぶしを口元に添えてわざとらしく咳払いをして話題を戻そうとしてくれてる。けど、キョウさんの行動が激しくて、あまり話が入ってこない。
ここは僕も、ご飯を食べて落ち着こう。
お肉を1切れだけ指でつまんで口の中に入れ、咀嚼しながらここまでのお話を整理する。僕は熊の戦斧から抜けて、鷹の剣に行くって話で、それはつまり組合のみんなとも離れ離れになるってことで……。
「聞いてないよ!? どういうことなのそれ! なんで今日まで黙ってたの!?」
「い、いや、違うんだよ……。話を聞いてくれ……」
「その、お話を、聞かせてって言ってるの!」
頭に血が上って声が大きくなってる自覚がある。
でも、こればっかりは許せない。僕の知らないところでそんなことを勝手に決めるなんて!
「はぁ……、リュー。お前、いつか叶えたい目標があるだろ?」
心臓の鼓動が、早くなる。
それと同時に、目の前にあの日の、故郷が蹂躙されていく様が映ったような気がした。
「……あるよ。でも、それが他の組合に行くことになるの!」
胸を押さえつけて声を振り絞る。
あの日のことは今でも体のいうことが利かなくなるくらいには怖い。でも、それでもあんなことをした奴らは放っておいてなんかいけない。必ず、この手で倒すって組合のみんなに誓ったんだから。
それに、みんなだって復讐に手を貸してくれるって言ってくれたもん。
その約束は、どうなるの?
「はっきり言おう。今の俺たちじゃ足手まといだ。お前の故郷を滅ぼしたヤツら、クソ魔族共を一緒にぶっとばす約束が守れないのは、本当に辛いんだ」
――魔族。
その言葉に全身の血が冷めていく。
「――から、……を……」
「――、……」
たぶん、2人が何か話してる。
でも、なにも声が聞こえない。
聞こえてくるのは、あの日の声だけ。
みんなの悲鳴と、家族や家臣、乳母からの『生きて』の声。
「――起きろ、リュー」
「――っ、ぁ、ぅ?」
「ったく、こんなに汗かきやがって。風邪ひいちまうぞ?」
「……大丈夫ですか、リューさん」
「……大丈夫、です。ごめんなさい……」
袖で軽く顔の汗をぬぐいながら息を整える。
僕が落ち着くのを待ってくれているのか、何も話さずに待ってくれる2人には申し訳ないけどしっかり――、
「ま、しばらくは他の組合の連中行ってこいや。その間俺たちはしばらく武者修行で熊の戦斧は閉めるからよ」
「…………ん?」
また何か聞き捨てならないことが聞こえた気がした。
「僕抜きで?」
「そうだ」
「なんで、僕だけ?」
「いやだってよ、お前がいると修行に身が入んねぇんだよ」
「だから、僕だけ、一緒じゃないんだ」
ぎゅっと血が滲みそうになりそうなほどこぶしを握り締めてうつむく。
「……約束」
「さっきも言っただろ。今の俺たちじゃ、足手まといなんだよ」
「でも!」
「リュー!」
顔を上げて感じたことを全部言おうとして、団長の圧が食堂に響く。
あちこちの木製の机やいすがきしんでる音が聞こえてくる。
「これが俺たちの覚悟だ」
――プツン。
「…………が」
「リュー、さん?」
「なにが、俺たちの覚悟だぁぁぁぁ!!!」
「あ、やべ、キレた」
「おい! 床にヒビ入ってるぞ! 何が起きてんだ!?」
「キョウ、教えておいてやる。リューを怒らせるな」
「もう怒った! もういいもん、もう知らない!」
さっきから僕の心を乱すようなことばっかりして、もういいもん!
「……さんの」
「……ふぅ、キョウ。あとは任せたぞ」
「え、いや、何を――」
「おとーさんのっ、ばかぁぁぁあああ!」
「――ぇぇぇぇえええええええええ!?」
思いっ切り、殴った。
食堂にあるものを手あたり次第巻き込みながら壁に突き刺さるくらい、強く殴ってやった!
巻き込まれなかったご飯と匙を握り締めて、組合から出ていく。
その前に、扉の前で止まって最後にずっと静かにしていたみんなに向かって、こう言ってやった。
「最低でも1週間に1回、手紙くれないと許してあげないんだから! 行きましょう、キョウさん!」
「え、あ、はい!」
ぜーったい、手紙が来なかったら許してあげないんだから!
……だから、絶対送ってきてね。
また、みんなと一緒に居たいから。