3-23 鬱ゲー主人公である勇者達の師匠になりました!
例の如く僕は転生した。
ただ九割救いがないゲームの世界に転生したのは大問題だ。
『ダークネス』
太陽の光すら届かない暗黒に閉じ込められた世界。そこにいる人間は常に魔物から蹂躙され搾取されている。
男は遊び半分で無惨に殺されて、女性は使われてから殺されるなんて当たり前。
治安も悪いから、人間も盗賊とかろくでもない奴ばっかり。
名前の通り本当に闇一色。
でも数年もすればこの世界に勇者という光が現れる。ゲーム通りに進めば勇者は多少の犠牲を払って、この世界に晴天の空を取り戻してくれるだろう。
そして僕。
ゲーム知識を持っているので、効率よく強くなれる方法とか色々知っています。これを勇者が幼い内に教えていけば……!
そう言う理由で僕は勇者の師匠になります。
誰も知らないはずの勇者の村に侵入して師匠面して育てていき
最終的には魔王幹部をブチ殺す。
そんな僕の第二の人生がスタートします!
魔族や魔物が現れたから世界は闇に満ちていた。
魔物達の生みの親……魔王が誕生してから、人類の繁栄は消えつつある。
「相変わらず暗いですな」
光を阻む暗黒の空を見て、僕の隣で老人は嘆く老人は見るからに不安そうだ。さながら今の人類の状況を表しているよう。
だが仕方がない。
遥か彼方まで続く暗黒を見てしまえばそうなる。
生命の象徴の太陽さえ見えずどこまでも黒雲で覆われている光景は、見る人の生気を奪っていく。
周りを照らすのは松明や焚き火ぐらいなもので、とうの昔から「光」という存在は消え去っていた。
「今あそこで遊んでいる子供達に、空は青かったと言っても信じて貰えないでしょう。それがどれだけ悲しい事か」
この崖は西側の森の奥まで見えるし、その下にある村の祭りの光景だってよく見える。焚き火の近くで元気よく走る二人の子供も。
「仕方ありませんよ、勇者はまだ誕生していないのですから」
何せ本編はまだ始まっていないのだから。
主人公の彼が居ないのは当然だ。
「勇者ですか。そんな者が現れるのでしょうか?」
「現れますよ勇者は」
老人の声を僕は一刀両断する。いやそれ以前に。
それ以前にだ。目の前のご老人は分かっている筈。
「いい加減演技も終わらせませんか?」
「……何の事かの?」
「勇者が現れる事は分かっているでしょう?」
この村の長を務めているなら知っている筈だ。
なぜかって?
「──貴方は勇者誕生の地の守護者なのですから」
その言葉で老人の態度が明らかに変わる。
「……やはり知っておったか旅人よ」
物腰が弱そうなお爺さんはいない。曲がっていた腰は真っ直ぐになり垂れていた目もキリッと細くなる。
僕の目の前に居るのは弱々しい老人ではない。
人の守護者だ。
「何処でそれを知ったかは聞かん。数ヶ月一緒に過ごした人間として、お前の素性を疑うつもりもない」
そんな老人、いや歴戦の猛者が睨んでいる。
小動物なら殺せてしまうほどの圧を放ち、こちらへ話しかけている。喉にナイフを突きつけられているようだ。
「だがこの村の長としてこれだけは聞かねばならん」
持っていた杖を武器のように持ち、仁王立ちしながら村の守護者は問う。
だが僕は怯まない。こんな殺気程度で前に進むのを拒んでいるなら、そもそもこの場所に来ていないんだ。
「大切な人を守りたい……それだけだ」
転生者として、ここがゲームを元にした世界だと知っている人間として、僕はやらなければならない。
「守りたい……か」
主人公に罰ばかり与える世界だから、知っている僕がやらなければならない。
崖側へ一歩前に進み視線を下に向ける。
見えるのは笑顔で走り回る子供達。
本当に、本当に楽しそうだ。
こっちまで釣られて笑顔になりそうな程に。
「蹂躙される光景を見るのは嫌なんです。もう二度と見たくない」
振り返る僕に向かって、村長は何も言わない。
けれど分かる。彼が僕の意思を汲み取ってくれた事を。
「村長さん。手伝ってくれませんか?」
「一応聞くが、何の為に?」
「貴方が死ぬのを防ぐ為に」
「なんだと……?」
「いやもっといますね。死んじゃう人は」
村長だけじゃない。
ゲーム通りならあと数ヶ月で魔王幹部がやって来て、この村を蹂躙する。
その時はみんな死ぬ。男性は無惨に殺され女性は犯されてから死ぬ。地獄だ。全員が死ぬんだ。
勇者以外は。
だからこの先の展開を知っている転生者がやらなくちゃいけないんだ。
「あの子達を暗闇の底へ連れていかせない為に……僕はやらなくちゃいけないんだ」
「ユリファ神よ、この子に祝福を……『ヒール』」
見知らぬ女性の手が赤子の頭に乗っかった。すると不思議な言葉を告げる。
『ヒール』その言葉を唱えた瞬間に路地裏は少しだけ明るくなり、すぐに消えた。
どこもかしこも暗い世界で、微かに光る奇跡を見た赤子は驚くように目を開かせていた。
それも当然だろう。その赤子……いや小さい僕からすれば、前世のゲームで何度も見た魔法そっくりなのだから。
『ダークネス』
ダークファンタジーの世界観を売りとした有名なRPGゲームである。他にも素晴らしいBGMやゲーム性と色々語れる部分はあるが今回はどうでもいい。
重要なのはすごく暗い世界観だ。
結論だけ言うと人間が生きるにはメチャクチャ厳しい。
魔王の幹部『破滅の使者』に滅ぼされた街がどれだけあるか。いや滅ぼされた国すらあった筈だ。
僕が生まれる前から空が暗いせいで農作物は殆どがダメになる。食料もなくなるから、他所から盗むが基本になり治安も最悪。
「すまないねぇ……私が夢見ちまったばかりに、こんな目に合わせちまって」
娼婦が子供を産んで店から捨てられる。
それが当たり前になるくらいには。
自分の母は元シスターだ。
けれど勤めていた教会は『破滅の使者』によって村と共に滅ぼされた。
逃げ切る事は出来たが母にはお金も食べ物もない。
だから彼女は体を売った。元々村では綺麗だと噂される程の美貌の持ち主。生きる為にそうなるのは仕方がなかったのだろう。
同時に。
暗い現実を忘れたいが為に、理想の夢を見てしまうのも仕方がなかったのだろう。
「なんで私は信じまったのかねぇ……魔王が生まれたこの世界に『光』なんざある訳ないのに」
母は子を授けてしまった。
治安も悪く貧しい街だと、そういう道具もなかった。そしてそんな街に住んでる住民達は自分の事で精一杯。
子供を養う余裕も当然ない。
だから相手の男は僕達を捨てた。
「私は…………………………バカだよ」
いつも母はそんな話をしていた。
心を蝕む後悔を少しでも晴らしたいのか、誰もいない場所で罪を自白するように彼女は話していた。
僕以外誰もいない場所で。
外だとまた男に付け込まれると思ったのか。
流石に生まれて一年も経たない赤子に話は理解できないと思っていたのか。
涙を流しながら彼女は毎日話していた。
そして転生してから数週間後。
「……あぅ、あぁ………………!」
僕も泣いてしまった。いやはっきり言おう。
僕は限界を迎えていたんだ。
前世はずっと孤独だった。
生まれた時から親から嫌われていて、生きるのに最低限必要な事しかして貰えなかった。
家にいた肉親はは今世の母と同じで、男に捨てられた女だけ。
その女は付き合っていた彼の事しか見ていなかったのか、僕の事なんて殆どないもの扱いされていた。
愛なんて貰えなかった。
それでも最低限は育ててくれたのは……多分、死なせたら面倒だからとかその程度の理由だ。
ゴミ部屋の隅っこでタバコや注射器に逃げながらボッーとしている女性。そんな人をずっと見ていた僕が早々に見限ったのは当然の話だろう。
男に捨てられて快楽に逃げた女の息子は……同じ様に辛い現実から逃れる為に娯楽へ逃げた。
ゲーム。
始まりはテレビで気になるゲームを見つけた時。
幸い女は金を持っていた。
彼女の目を盗んで金を持ち出しそのままゲーム屋へ。我ながらかなり無理のある行動だが、なぜか成功してしまった。
興奮を抑えきれずにプレイした事は忘れられない。
始めて楽しいという感情に触れたせいで夜通しやっていた。まあそんなペースでやれば一週間足らずでクリアしてしまう訳で。
そうやって沢山のゲームをプレイし続けていき
──『ダークネス』に出会った。
楽しかった。
体のどこかが痛かったが辛いより楽しいが勝った。
お腹が減ったけど楽しい。
頭がふわふわするけどたのしい。
元から調子の悪い体がだんだん悪くなっている気がするけど、あんな何もない空間にいるよりはすごく良い。
楽しい楽しい楽しい楽しい楽しいたのしいたのしいたのしいたのしいタのしいたノしイたのシイタノしイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシ…………………………
気が付けば赤ん坊に。ゲームの世界観からして設備も環境も前世より悪化している。そして神様の嫌がらせなのか、今世の母も前世の大っ嫌いな女と似ていた。
きっと前世は碌に食事も取れなかったから、栄養失調とかで死んだのだろう。別にそれは良い。結果はどうあれ最後は明るい感情に依存したまま死ねたから。
でもこれはないだろう。
また同じ事を、しかももっと厳しい世界で繰り返せなんて。
「あぁ、全然泣き止まないねぇ……一体どうしたら」
なんで、なんで。
その時の僕は全てを恨んでいた。
やっと苦しみから解放されたのに、また突き落とされて。
でも
「〜〜♪」
「ぁぅ………………ぁ?」
優しい歌声が聞こえた。
ありきたりに言うなら天使の声。
それ程に美しい声が聞こえた。
遥かに下にある暗闇の地獄の中にいた僕を引っ張り上げる、優しくて温かい声が頭上から聞こえたんだ。
そうして彼女は僕の顔を見たんだ。
多少のシワにボサボサの髪の毛と隈がある女性が見えた。美しさは損なわれていないが、僕が気になったのは目を瞑りながら歌っている優しい顔だった。
前のあの女にはなかった。
だからだろう。
僕もちょろいとは思うが。
その歌声を聴いて僕は、この人の支えになろうと僕は決心した。