3-21 試験に出る! 陰キョンシーのオタ活サバイバル(もう死んでるけど)
あのね。
このお話はね。
人見知りのキョンシーの子が、
すンごいお札を集めたくて
がんばって人を襲ったり
復讐したりするお話です。
がんばるから応援してね。
「しゃァッ、仆腿旋風脚っ」
飛び回し蹴りで、カエル頭の中年男が吹っ飛び、漆喰塗りの壁に激突した。
あのTシャツ姿、たしかイカ焼き屋のジョイさんだな。
「アキちゃん、大丈夫か?」
フェンスによりかかって座り込む満州服の子どもに駆け寄る。
「たあんき、ぽおんき、たんころりん……」
「もどってこーい」
ぶつぶつ呟いてるので、大きな官帽をゆさぶる。
「ふえっ? ゴットさん~もう帰りたい~」
しがみついてきて、ミルクのような甘い香りが鼻をくすぐる。
なんで道士の俺が、キョンシーのお守りをしてるんだ。
「ほら、今週中にカードを集めるんだろ。ぜんぶで五十八枚だっけ?」
「あと七十二枚ですぅ~」
「多い方かよ! しかも一枚も集まってねえ!」
フゥ~。ちょっと呼吸を整えさせてくれ。
このド暑い夜に、長袖の道士服での連戦はつらい。
「ず、ずみません。私、知らない人と話すの苦手で」
「いや、あんな形相で肉をかじりにきたら、俺でもビビったわ」
ネトゲで知り合った海外在住のオタクの子。
カードコレクターと聞いて相談にのってたら、探してるのが道教の霊符、しかも霊験あらたかな鎮宅霊符だったというガチ勢だ。
荷物を送るってんで職場の住所を教えたら、昨日、大きめのスーツケースが航空便で届いた。
この重さはマンゴーかなと期待して開けてみたら、死体が入っててビックリだよ。
「まあ、アンタの匂いも悪いのか」
「死臭には気をつかって――毎日乳香で沐浴してたんですが」
「どうりで乳臭いわけだ」
布靴が、俺のスネを蹴飛ばす。ちっとも痛くねえ。
「これでも私のほうが歳上なんです。少しは敬意というものを」
「はいはい、不老不死を求めてキョンシーになるって発想が、もう平伏レベル」
「あれは事故なんです。当時いちばんの仙人受験の雑誌で、寝てるだけで羽化登仙できるって広告が」
中途半端に効果のある棺桶のせいで、死者だか生者だか区別のつかない、ふつうに歩いて会話もできる奇行種のキョンシーが爆誕したわけだ。
「しかし、人間の俺でも喰い付きたくなる肉質だな。最上等級のA5ランク。死後硬直がほとんどなく、血色も悪くない上物キョンシー。唐の玄奘三蔵以来の出来映えとみたね」
むっちりした小顔を両手ではさみこむ。
「たまたま今、中華街じゃ月桂樹の葉っぱが品薄でな。そのせいで月の女神様が、地上に降りてこられねぇんだ」
イライラした月の光に当てられてか、いつもは理性的な妖怪たちが、ひどいもんだ。
「虫除けのつもりで月桂樹のアメちゃんならありますが……」
幼キョンシーは、串に刺さった菓子を袖から取り出す。中華街でも人気のフルーツあめ、すなわち糖葫蘆だ。
「さっきから何でも出てくるな」
「お気に入りキャラが暗器使いなので」
このキョンシーはさっきから門を通るたび、関帝廟の線香のように、この串アメを差しては恭しく礼拝している。
もしかして無限収納スキルとか持っているのか?
ゲームやラノベをリアルに持ち込むなよ。
「あんたの捜してる符術師の張って、カードマスターの張か?」
「そういう自称もあるようですが」
「事業に成功したとたん無尽講を勝手に抜けたとかで、新築のビルを燃やされて逃げたらしいぞ」
「でも占いでは、まだ中華街にいると出ています」
算木を袖から取り出し、重ねてみせる。
チャットでこいつの筮竹をみたことがあるが、占いスキルは本物だ。
「地下明夷。地下の祠にでも潜っているのでしょうか」
また算木を組み替える。
「その前に出たのが沢雷随。善きものの場所であり、悪しきものも来る雷の鳴り響く場所」
「それで警察署か」
いま向かっているのは、中華街の端にある、県下で最も歴史ある警察署だ。
占いには霊感や直感が大切なんだが、こういう解釈は斬新すぎないか。
「さらに絞り込むなら、街の中の『沢』といえば下水道。ちょうど警察署の裏手には、最古の公衆トイレがあるんです」
よく知ってるなあ。
「中華街を歩けるゲームがありますので」
警察署のわきのガタガタする古いレンガの歩道を、このキョンシーはよたよたと歩き、なんとかその先の男子トイレに入り込んだ。
「地下室に通じる、秘密の扉を探してください」
「そういうの大好き。ここ壁っぽいけど、扉だな」
ゲームで鍛えた察知スキルをいかんなく発揮する俺。
扉の最上部と最下部を同時に押すと、あっさり手前に動いた。これは扉だと知らないと開けないな。
扉の内側には、うっすらウサギの転んでいる絵が描かれていた。
そして「禹歩触門」の四文字。
「あはは、これは『守株』をもじったフレーズです。ほら、満州唱歌の『待ちぼうけ』で有名な」
「元は『兎歩触株』、『ウサギが歩いて株に触れ』か」
「こちらはよく見ると、ウサギではなく『禹が歩いて門に触れ』ですね。禹とは治水で名を残した古代の皇帝。となれば、この門というのは水門のことでしょう。中華街の龍脈の流れを御する五門といえば、朱雀門、天長門、市場通り門の南、善隣門、玄武門ですね」
俺たちが歩いてきた場所じゃねえか。
「龍脈にアクセスする仕組みが、この中華街にはあったんです」
扉の奥の階段には、わりと新しい足跡が残っている。
「戦前、中華街で誰かを匿いたいときや、誰かの運気を支援したいとき、警察署とグルになってこの仕組みを作動させていたそうです」
「じゃあアキちゃんが道中の門で、お供えしてたのも」
「不自然だった龍脈の流れを、もとに戻してたんです」
「さっきレンガの歩道で変な歩き方だったのも」
「禹歩ですね。カラダが硬いんで不格好でしたけど、ちゃんと決められた順番にレンガを踏めたはずです」
「マジか、全然気づけなかった」
「動くレンガには仕掛けがある……というのはゲームの基本ですよ。さあこの先、龍脈を勝手にいじった不届き者がいるはずです」
俺たちは、白レンガの階段を降りていった。
「耐火レンガですね。ところどころ焼け焦げているのが、まさに龍が通った証拠です」
そして通路の先には、小さな部屋。
調度品は古く、冷暖房もない戦前の施設だ。
「若造、ここは墓所ではないぞ」
イスに座った老人が、両足を水ダライに沈めていた。
かたわらのテーブルには、大量の宝くじが積み上げられている。
「さっさと、そのキョンシーを連れて帰れ」
「張。おまえのインチキ通販のせいで、こいつがこんなステータス異常になってしまったぞ」
俺は、背後からの小声を翻訳して男に伝える。
「とっておきの符を全種類くれたら許してやる。最強万能の符なら、一枚でも勘弁してやる……て図々しいな」
「はっはっは、若輩の道士ふぜいが、このワシを脅迫とは。貴様にくれてやるものなど、これ一枚で十分じゃ」
道士殺しの呪符《笑符》!
「うひゃひゃ、げへらへら」
俺の腹がケイレンし、いびつな笑い声があふれだす。
呼吸を乱すことで、丹田の燃焼を妨げる術だ。
「いひひ、うひ、アキちゃん、タッチ、交代」
「え、ま、まかされました」
コミュ障キョンシーがおずおず前に出る。
「この人は初対面じゃない。この人は初対面じゃない。たーんき、ぽんき、たんころりん」
がんばって自分に言い聞かせているな。
「なるほどキョンシーには呼吸は不要。しかもキョンシー封じの符も効かぬ自立型ときたか。ならば、いかなる道士も逆らえぬ方の符じゃ」
道士屈服の符《玄天上帝八卦符》!
効かない。効かないんだって、コイツには。
名のある道士に修行つけてもらってたけど、こいつは道士じゃねえもん。
「たーんき、ぽんき、たんころりん」
突如、爆竹がはぜて、煙の中から大量のウサギが現れた。
「おいおい、よりによって、ストレスマッハな月の女神……嫦娥様を降ろしちまったのか。殺すなよ、殺すなよ」
牙をむいたウサギたちが、符術師に襲いかかる。
「だってコイツ、神様にだってなれる童乩だもんな」
「なんで中華街から姿を消したんだ」
窒息寸前だった張を掘り起こし、いまは《笑符》で無力化している。
「ひゃひゃビルの建築におそろしく金がかかったんじゃ」
「見積もりくらいとったろう」
「ひひひ基礎工事がとんでもない金額じゃった。このワシからボッタくるとはいい度胸だと、別の設計士を雇って杭を半分にさせた」
あちゃー。
「この街は、もとは沼地の軟弱地盤だぜ? そのうえ大震災と大空襲で、ガレキの上に街があるってもんだ。ビルを建てるのに、よそと同じ予算ですむわけがねえだろう」
「ひひひ、それを知ったのぁ工事が始まってからじゃあ。費用が足りない。払えなかったら命があやうい。それでワシは満願成就の符に手を出しちまったんだなひひひひ」
「その霊符は験を見せなかったのですか」
「うへへ……その符は、一千万願して千二百人の仲間に託さにゃならんかった。講を抜けたワシにゃあ、もう同志がいなかったんじゃ、げひゃひゃ」
それで今度は、龍脈をいじって宝くじを当てようと。
「俺なら千二百人くらい何とかできる。その符はよこせ」
「探してみいwww 保管場所は13579じゃよlol」
「わかりました。ゴットさん、スマートフォンを貸してください」
キョンシーが小さな手を俺にのばした。
「えっ、今ので何かわかったの?」
第1問(10点)
ありがたい御秘符の安置場所がこの物語中に隠されているぞ!
見つけてみんなに自慢しよう!