3-19 異世界鉄道戦記~装甲列車召喚チートがすべてを変えた~
現代日本で社畜だった篠塚雅人は、装甲列車を召喚するという奇妙なチート能力を得て鉄道網の整備された異世界に転生していた。
彼は幸運にもタリス王国という小国の王女に保護され、異世界での安定した暮らしを保障してもらう対価として彼女の計画に協力する契約を交わした。
その結果、装甲列車を運用する王女直属の戦闘団の指揮官になり、なぜか女性ばかりの部下を率いて内戦や大国からの侵略を阻止するため奔走する事になってしまう。
異世界の大地を装甲列車が疾走するミリタリー×鉄道の架空戦記、ここに開幕!
神聖セーナル歴1891年4月12日
タリス王国王都郊外 王立鉄道研究所車両基地 鉄道車両庫
異世界の科学技術を取り込み、どこか歪な発展を遂げた魔法世界にグレーの濃淡による低視認迷彩に塗られた新兵器が誕生した。それは魔法世界どころか現代の地球にさえ存在しない戦闘車両、最先端テクノロジーを満載した8両編成の重厚な装甲列車だ。
その傍らに立つ現代日本からの転生者、なにもかもが20代前半ぐらいの平均的な日本人の見た目をした篠塚雅人は、地球の軍隊と同じグレーのデジタル迷彩の戦闘服を着て整列する部下達を前に胃痛で吐きそうになっていた。
彼は転生前、ギャンブル依存症の父親やカルト教団にはまった親族のせいで酷い目に遭った。だから、こちらの世界ではお金に苦労せず、宗教とも無縁の人生を送りたいと望んだ。
しかし、その為には今日にでも勃発しそうな王国の内戦を阻止して早急に国内をまとめ、覇権主義を唱える大国に率いられた2大勢力の侵攻を食い止めなければならない。さらに、王国主導での新体制による大陸の統一と他大陸からの侵略への備えも必要だという。
「ああ、胃薬が欲しい……」
思わず、そんな愚痴がこぼれる。だが、ここに現代日本にあるような胃薬は無い。本当に効果があるのか疑わしい粗末な薬と、術者の技量に大きく左右される治癒魔法があるだけだ。
おまけに、魔法に耐性のない彼が治癒魔法を受けると体調を崩した。実際、初めて治癒魔法を受けた時は酷い二日酔いのような症状で3日間も苦しんだ。
「司令官、時間です」
「分かった」
副官のウサ耳が特徴的な可愛い獣人女性は、さっきの愚痴は聞かなかった事にして促す。ある人物から受けた特訓の日々を思い出し、彼は指揮官らしく見えるよう話し始めた。
「全員、聞け!」
皆の視線が集中して怯みそうになる。9カ月前まで小さな会社で社畜同然の扱いだったのに、異世界に転生したと思ったら多数の部下を率いて国難に立ち向かう存在になったのだ。プレッシャーを感じるなと言う方が無理だろう。
それと部下達のほとんどが見た目だけなら年代の近い女性で、種族の違いや服装を除けばアイドルグループのメンバーに見つめられているような状況にあるのも緊張している原因だった。
彼の名誉のために言っておくと、偏った人選をしたのはタリス王国のメルファシーナ王女である。この世界に転生したばかりで何も分からなかった彼を保護したのが王女であり、彼女が衣食住や新たな身分を手配していなければ早々に野垂れ死んでいた。
そして、チート能力で手助けする契約を結んだ今でも雅人の生活は彼女に懸かっており、愛らしい雰囲気をまとう同い年の金髪碧眼の王女に彼は頭が上がらない。
「現時刻をもって我が鉄道技術開発実験団は、ストライカー独立軌道戦闘団へと改編された! メルファシーナ王女殿下直属の独立部隊である!」
王女殿下直属の独立部隊という肩書に部下達がざわめく。彼は少し待ち、それから話を続けた。
「ゆえに我々は王女殿下に忠誠を誓い、王女殿下の命令でのみ行動する! いいな!?」
「はっ!」
部下達が一斉に姿勢を正し、声を揃えて了承の意を伝える。その反応に満足しているように頷いてみせると、声のトーンを少し落とした。
「よろしい。では、最初の命令を伝える。ストライカー独立軌道戦闘団はただちに出撃し、西部の都市フォートコンウェイに集結する反乱勢力を鎮圧。同地にて軟禁されている王女殿下を救出せよ。以上だ」
「総員、出撃準備にかかれ!」
後を引き継いだ副官の命令で整然と並んでいた部下達が弾かれたように動き出す。ちなみに、彼が部下達に向けて語った台詞を考え、演技指導までしたのは王女本人である。
付け加えると軟禁されているのも王女の意思で、自身を囮にして誘い出した敵対勢力を直属の独立部隊で一挙に殲滅。これを大陸全土に新体制を創り上げる壮大な計画の第一歩にするつもりだった。
◆
8両編成の装甲列車の6両目に連結されている指揮通信車両のCIC(戦闘指揮所)内では、雅人が指揮官用の椅子に座って6人の部下達がマニュアルに従って準備を進める様子を静かに見つめていた。
本来は列車の指揮を執る車長が座る椅子なのだが、まだ部隊の規模が小さく装甲列車も1編成しかないため、今は司令官である彼が車長も兼任している。
また、ここにいる部下達は全員が女性で種族も人間・獣人・ハーフエルフ・不死者と様々だった。おまけに孤児・事務員・奴隷・引きこもりと、それぞれの前職もバラバラである。
「出撃準備、完了しました」
副官からの報告を受けた彼は立ち上がると、インターコム(車両内通信装置)に繋がったマイクを手に取り、通話先に2両目に連結している機関車を選択して話し始めた。
「機関長、エンジン始動だ」
「了解」
機関長の女性からすぐに応答があり、CIC内の液晶モニターにも進捗状況が表示された。そして、2両目と3両目の機関車にそれぞれ搭載された8000hp級ディーゼル発電機が動き出す。
それと同時にAPU(補助動力装置)から供給されていた電力が発電機からのものに切り替わり、各種システムや空調、メインの照明なども本格的に稼働し始めた。
「エンジン始動を確認。タービンの回転数・温度・油圧とも問題なし」
「火器管制システム、異状ありません」
「通信・電子戦システム、正常に稼働してます」
「無人機制御システムも問題ないです」
それぞれの担当者から報告があがる。
「前方扉開放の合図送れ」
「了解、合図送ります」
彼からの指示で機関長が前照灯を規定の間隔で明滅させた。施設の担当者が発光信号で応じ、魔法工学を応用した開閉機構を作動させて車両庫の正面扉が左右にスライドして開く。
「扉の開放を確認。いつでも行けます」
扉の完全開放と進発を許可するグリーンシグナルを目視で確認した機関長は、インターコムでCICに報告を入れた。それを受け、雅人は全車両への放送に切り替えて命じる。
「司令より全員に達する! ドレッドノート出撃! 目的地はフォートコンウェイ!」
「ドレッドノート出撃! フォートコンウェイに向かえ!」
続いて副官が復唱した命令も全車両へと放送され、運転士が全てのブレーキを解除し、スロットルレバーを1速にいれた。それによって機関車下部にある各台車のモーターに発電機からの電流が流れるが、モーターに直結した車輪はすぐには動かない。
レールと車輪が鋼鉄製で摩擦係数が低いため、巨大な鋼鉄の塊に等しい重量級の装甲列車は急加速や急減速が出来ないのだ。また、停止状態から無理に加速をしようとすれば連結部が破損する。
だから、停止状態から発車する時は低速で慎重に走り出すのが鉄則だった。やがて鈍い振動が指揮通信車両にも伝わり、雅人たちにも動き出した事が実感できた。
「我々の記念すべき初出撃だ。挨拶してやるといい」
「はい!」
手元の液晶ディスプレイで車体各所に設置したカメラから送られてくる車外のリアルタイム映像を見ていた彼は、車両基地での待機組となった者達が整列して見送ってくれている事に気付く。
そこで少し気を利かせ、最年少メンバーの1人でもある運転士の少女にインターコムで伝えたのだ。次の瞬間、プァンと1回だけ警笛が鳴らされる。
映像越しでも待機組が喜んでいるのが伝わってきた。こうして装甲列車『ドレッドノート』は車両庫を出ると、20km/h以下の制限速度を守って引き込み線上を本線へと向かっていった。
◆
同時刻
王都の西方90km 地方都市フォートコンウェイ
当地にある貴族の屋敷に軟禁されている王女メルファシーナは、情報部員が差し入れに隠して送ってきた報告書を最後まで読み終えると、心底あきれた表情を浮かべて大きな溜息を吐いて呟く。
「はぁ……、本当に愚かな方たちですね……」
それは実の兄である2人の王子、第1王子と第2王子に対するものだった。この2人の王子は父である先代の死で空席となった国王の座を巡り、1年以上も国中を巻き込んで激しく対立している。
2人の対立が激化したのには理由があった。大陸における交通の要衝となった王国を支配しようと2大勢力が密かに介入し、それぞれの勢力が推す方が王位に就けるよう裏工作を行っていたのだ。
だが、目的を達成して用済みになれば王族など適当な理由をつけて皆殺し。残念な事に2人の王子は、そこまで考えが及んでいなかった。
「これより行動を開始します!」
そう宣言すると、王女は魔法で報告書を焼却処分した。さらに、傍に控えていた2人の侍女に掛けていた幻惑魔法も解除する。
どこにでもいる人間の侍女にしか見えなかった姿が一瞬にして変わり、本来の姿である狼獣人と鬼族の女性兵士に戻った。
ストライカー独立軌道戦闘団と同じ戦闘服に身を包んだ彼女達は、部屋に隠していた武器を手に扉を開けて廊下に出る。
そこには戦闘団と同じような格好をし、目出し帽で顔を隠した10人の女性兵士が整列していた。先んじて屋敷を制圧した王女直属の特殊部隊の兵士だ。
「これは我が国の未来を懸けた戦いの幕開けである! まずは逆賊、第1王子と第2王子の一派を粛清する! 総員、ただちに行動を開始せよ!」
「はい、王女殿下!」
見た目の愛らしさとは裏腹に、王女は威厳のある態度で彼女達に命じる。これは王国の歴史上、最も苛烈な人生を送った女王と彼女の懐刀である転生者が表舞台に現れた瞬間であった。