3-18 悪役令嬢ガチャ ~婚約破棄されましたので流刑先の領地を勝手に治めてやります~
貴族は、十七歳になった時に異能を授かり、それをもって初めて貴族と認められる。ゆえに、その異能は〝貴能〟と呼ばれる。
十七歳の誕生日を迎えても貴能を得られず、公爵令息から婚約破棄の宣告を受けてしまったアリシアは、僻地への流刑を命じられる。
貴能がないがために貴族としての身分を剥奪されるが、流刑先のヘイルズ領で彼女は遅ればせながら貴能に目覚め、婚約破棄は仕組まれたものだったと知る。
貴能《悪役令嬢ガチャ》
歴代の没令嬢たちの貴能を一時的に使うことができる、不思議な貴能。どのような能力を使えるかは使ってみるまで分からない不便なものだった。
だが、使い勝手は悪くとも貴能には変わりない。貴能の有用性を示せば婚約破棄は無効にできるはず。
そう考えたアリシアはヘイルズ領を治め発展させることを決意する。
――待っていてくださいませ、公爵令息様。私は必ず、貴方の元へと帰ってみせますわ。
公爵令息の鋭い眼光がわたくしを射抜いて。
銀色の瞳はナイフのように冷たく。
「グレア子爵令嬢アリシア。君との婚約、この場で破棄とする」
「そ、そんな‼ 一体、何を理由に……」
マズいマズいマズい。それはさすがに思惑の外ですわ。いえ、破棄される理由など、分かりすぎるほどに分かっていますけれど、ここは様式美として唱えなければなりません。
「わたくし、シアック様のお役に立てるようにと日々、研鑽を続けておりますのに」
「それは認めよう。礼儀も礼節も教養も申し分なく、慢心もない。他貴族から羨まれるような美貌も、君は持っている。だが……」
シアック様の拳が強く握られ。そうです。頑張っておりますのよ。かなり、それはもうかなり。少しでもシアック様をお助けしたく。
低く、静かに彼の唇は言葉を続ける。誰もいない部屋で、その言葉だけがわたくしだけに届いて。
「だが、それだけだ。君は、十七を過ぎても、"貴能"を授からなかった」
「で、ですがわたくしはシアック様をお慕いして……!」
「貴能のないものを貴族と認めるわけにはいかない」
はい仰る通りです。はい知ってました。知ってましたが。一発逆転をかけての泣き落としでなんとかなりませんこと?
いえ、聡明なシアック様を相手に情で訴えたところで何とかなるはずもないと分かってはおりますが、僅かでも目があるかも知れませんし。
あれはそう、つい先日。十七才の誕生日。シアック様との婚約を正式に他貴族に発表するための盛大なパーティーが催され、わたくしまさに幸せの絶頂と言って差し支えない心持ちで。
貴族の血筋であればみな発現するはずの異能――貴能と呼ばれるそれを得られずパーティー会場を静寂と困惑と憐憫と嘲笑の織りなす最悪の空気に叩き込んだことは記憶に新しいですわね。
まさに急転直下。青天の霹靂。貴能鑑定の水晶がうんともすんとも反応しなかった時の大司教様の慌てふためくお顔といったら実に愉快で、思い出すだけで笑いがこみあげてまいります。いやなに笑とんねん。
「君を、ヘイルズ領へ送る。そこで沙汰を待て」
「あんな僻地にですの⁉」
はッ。つい現実逃避してしまいました。
ヘイルズ領といえば、山に囲まれた僻地の中の僻地。自然牢獄ヘイルズ領とわたくしの中でもっぱらの噂になっている厳しい土地。あんな場所に閉じ込めようだなんてあまりにもあんまりな仕打ちではありませんこと⁉
「貴能は、我々貴族にとってなくてはならないもの。民を守り導くためにあるもの。貴族を貴族たらしめる象徴だ」
「……その通りですわ」
「我が公爵家のためにも、貴族でないものを娶るわけにはいかない」
シアック様への慕情は何偽りなく。誕生日を迎えるまではあれほど良くしてくださったではありませんか。
せめて、せめて安眠できる寝具の保証していただきたく! 最高級シルクなどと贅沢を申すつもりはありませんけれど、羽毛だけはなにとぞ‼
§
……ダメでしたわ‼
わたくしの願いは聞き入れられず、あれよと言う間に拘束され、乗り心地だけは良い馬車に乗せられ丸二日の長旅。そして気が付けばヘイルズ領。
赤い屋根の小さなお屋敷の前にぽつねんと荷物ひとつだけ持って立ちすくむわたくし。去っていく馬車。ああ無情。
なんの。
わたくし、単に貴族の証である貴能が発現せず婚約破棄されて生家を追われ身一つで僻地に流されただけでしてよ。ここからの巻き返しの可能性は、思いついていないだけできっとまだ残されております。
お屋敷の中には最低限の家具。それなりに整えられていて手入れもされ、食材もあります。
甘い流刑に思えるのは気のせいでしょうか。わたくしが家事全般を人並み以上にこなせること、シアック様もご存知のはず。
貴族たるもの、自分の面倒は自分で見る。生まれた余裕で領民を導くこそ正道。まあわたくし、貴族ではなくなったんですけれども‼
さて、自虐はこれくらいにして。
出立の際にお父様から無理やり持たされたこの小荷物。くれぐれもヘイルズ領に着いてから飲むようにと厳命されましたけれど、まさか自決用の毒ということもないでしょう。
中身は、飴。
……飴⁉
まさか呑気にこの状況でスイーツを楽しめと仰るのですかお父様!! いえ、いただきましょう! どのみちわたくし流刑の身。今は何をするでもなく何ができるでもなく。
万に一つの機が生まれるかも知れないのであれば試さない手はございません。さぁ、いざ!
琥珀色の粒、その一つを口に投げ入れた瞬間。
頭の中でガチャリと重たい扉が開くような、歯車が回ったような音が弾けたかと思うと、わたくしの頭から何やら紫煙が立ちのぼって。
「な、なんですの⁉」
やがて人型になったそれは、どこか夭折されたお母さまの面影もあるような、煙状の令嬢のお姿に。
『やぁやぁ、今回の末代さまは随分と質素なお屋敷にお住まいで』
「無礼な煙ですわね。窓を開けて差し上げましょうか? ヘイルズ領の山風は実に清々しいですわよ」
『くはっ、第一声が罵倒ときた! どれ、まずは過去を読ませてもらおうか』
言うが早いか、煙の令嬢は腕を伸ばしてわたくしの頭に触れ、そして言います。
『へえ、婚約破棄されてこんなところにね。喜べ、末代さま。わたしは、いや、わたしたちは末代さまの貴能だよ』
「なるほど」
なるほど? いえ、何もかも分かりませんが?
もったいぶった物言いであるからにはまだ続きがあるのでしょう。
意識をもった貴能など聞いた事もありません。もっとこう、予言だったり、水を生み出したり、触れた物を瞬間移動させるとかですのよ。
ちなみにシアック様の貴能は嘘を見抜く強力なものです。
『くはは! 驚きもせず! ところで末代さまは、悪役令嬢というものをご存――』
「講説は巻きでお願いいたしますわ。今必要なのは、わたくしに貴能があったという事実、そしてその内容ですの」
『にべも無し‼ じっくり語って差し上げよう! 悪役令嬢として世に疎まれ続けた、わたしたちの歴史を‼』
「むかつく煙ですわね」
『そう邪険にするものじゃあない。初代だぞ、わたしは』
滔々と語られた貴能の内容。
それは、我がグレア家において没した歴代の悪役令嬢たちの貴能を使えるというもの。
『もちろん、無制限じゃあない。貴能が使えるのは、その飴を食べている間だけ。どの代の貴能が出るかは無作為。ちなみに、わたしの貴能は触れた人の過去が読める』
「制限付きならば、納得ですわ。お父様がわざわざ荷物として飴をご用意なさったのも分かりましたが、一つ気にかかることが」
貴能がある。それはとても喜ばしいのですが。なぜ婚約パーティーの時に貴能がないと判断されたのでしょうか。
『あ、それ? だって末代さまの誕生日、今日だから』
「……んふん?」
わたくしの誕生日が? 今日?
そうであれば婚約破棄されるいわれは欠片ほども無かったのでは?
『あぁ、それと。貴能を使うにあたって一つだけ注意だ。末代さまが――』
「今そんなことはどうでもよろしくてよ‼ 少しお静かに‼」
『大事なことなんだぞ。あ、ちょ、飴を噛むなって!』
がりがりと嚙み砕いた飴を飲み込むと煙はすぅと消え、視界も思考も実にはっきりしてまいりました。
誕生日に合わせて貴能が発現するようにお父様が飴を用意したならば、お父様は誕生日前にパーティーが行われ、わたくしが貴能なしと判定されることを知っていたとみるべきでしょう。
婚約相手であるシアック様にそれを伝えていないとは考えにくく。
つまりヘイルズ領への流刑は、おそらく仕組まれたもの。そう考えると移動の馬車がやけに乗り心地が良かったことにも納得です。
わたくしに貴能があるならば、二人の間に障害はないはず! シアック様の真意を確かめにいかなければなりません。
そのためには、そうですわね。
この辺鄙なヘイルズ領を治め、もう一度対等な立場で婚約をすればよいだけのこと‼
であればまずは領地の見回りですわ。
未来のヘイルズ領主たるわたくしが、民々を導いて差し上げますの。そう、それが貴族の! 貴能を持つ貴族の役目ですのよ‼
屋敷を飛び出し、畑傍に座る男性にご挨拶をば。
「ごきげんよう。このたびヘイルズ領を任されました、グレア子爵令嬢アリシアと申します。お困りごとなどありまして?」
「な、なんじゃね急に。確かにここの領主様は長いことおらんかったが……今の困りごとといえば、不作かの」
「以後、お見知りおきを。そしてご覧あそばせ、わたくしの貴能‼」
ふむ。貴能にお名前が欲しいですわね。先ほどの、扉が開くような、歯車が回るような感覚。あれを用いることにいたしましょう。
ガチャ。悪役令嬢ガチャ。なかなか悪くない響きですわね。
「さぁ、ガチャっといきますわよ!」
飴を口に放り込むと、頭の中にガチャっと響く音。そして燻る煙。
『わ、わわ、出番ですか?』
「あら、かわいい見た目のご先祖さまですわね。さぁ、この状況を共に打破いたしましょう! あなたの貴能は?」
『え、えっと、毒の生成です。触れたものを、好きな毒に……』
男性の顔が一面の不安に塗りつぶされ、表情通りの台詞を投げかけてこられます。
「大丈夫かね、領主様。毒で不作は……」
「な、なな、なにも問題ありませんわ‼」
『ええぇ……?』
わたくし立派にヘイルズ領を治め、公爵家に相応しい貴能を持った対等な存在としてお戻りいたしますわ。
待っていてくださいまし、シアック様!