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3-12 10年振りの恋の唄

【この作品にあらすじはありません】

「……ふぅ。元気にしてるかな、ヒロくん」


夜。星がきれいに空を彩る景色を見上げながら、少女がぼそりと呟いた。


「ヒロくん…って、あなたのオサナナジミでしたっけ」

「うん。こっちに来るときに別れてしまったからね。そういえばもうずいぶん会ってないんだなぁって思ってね」

「まぁまぁまぁ、あなたにもそんな方がいらっしゃったのね」

「いやいや、『私にも』ってなにさ」


呟きに、隣からのぞき込んできたもう一人の少女、イリーナが問いかけてくる。

最初の少女、直美(なおみ)が言葉を返すと大げさに、両手で口を覆うようにして驚いた顔まで作っていた。


「いえ。出会った当時はわんぱくの限りだったあなたにも、そんな表情をして会いたがる方がいらっしゃるのかと思ったまでですわ」

「そんな表情? なんか変な顔してた? 私」

「それはもう。恋する乙女みたいでしたわよ」


びしり、と直美の体が動かなくなる。手足の先はおろか、顔の表情筋にいたるまで。

けれど、体の温度だけはどんどん上がっていった。


「『ヒロ”くん”』と言うのですから殿方なのでしょう? それはもう、今すぐにでも会いたいという顔を―――」


突然動かなくなった直美を追い越して、二、三歩先に進んでから、イリーナの言葉と歩みが止まり、そのまま振り返る。


「え、マジですの?」

「……………」


直美は、はいともいいえとも言えず、ただ硬直したまま。けれど、彼女の顔はそれこそ、茹でたタコより赤く染まっていた。


「まぁまぁまぁ…まぁまぁまぁまぁまぁ!!」


驚きなのか興味なのか、それとも喜びなのか。

どれとも取れる、どうにも少しずつ混ざったような声を上げたかと思えば、数歩戻って来たイリーナが直美の腕を捕まえる。


「これは根掘り葉掘り、詳しく聞かなければいけませんわね」

「ちょ、嘘でしょ!? 勘弁してよ」

「いーえ、できませんわ。今日は寝られるなんて思わないでくださいまし」


そんな、ともすれば誤解されそうな事を口にしながらイリーナは捕まえた腕を引っ張っていく。

その宣言通り、二人が入っていった部屋の明かりが消えることはなかった。


そして、朝。


「まさかホントに一睡もさせてくれないとは思わなかった…」

「うへへ…まだまだ、ききたいことぉ、たくさん…むにゃ…あります……わよ」

「って、まだ尋問してるし」


夜通し、恋バナと言う名の尋問を敢行したイリーナは、遂に力尽きたらしく、今度は夢の中で続きを行っていた。

窓の外に目を向ければ、まだ日が昇り始めたばかり。今すぐ目をつむり、体を投げ出せば少しは寝られるかもしれない。

けれど。


「うぅ、目がしぱしぱする…」


好物を前にしたかのような(実際、こういった話に飢えていたのかもしれない)イリーナに、一晩中話しかけられ、直美の目は冴えている。要は、眠いのに、眠れそうにない。

体を起こした直美は、ぐっ、と体を伸ばして深呼吸。朝の冷たい空気が体に入り込んでくる。

そっと、イリーナを起こさないように戸を開き、外へ出た。


「あら、おはようございます。ナオミ様」

「おはようございます。…あの、お風呂ってもう入れますか?」

「湯浴みですね。大丈夫ですよ。ではそのままお進みください。すぐにお召し物も用意いたします」

「ありがとうございます」


たまたま近くを通りかかったメイドが、直美に声をかける。そのメイドに確認し、直美は大浴場へ足を向けた。


(そういえば、こんなやり取りにもすっかり慣れちゃったな)


時間にしておよそ10年前、こちらの世界にやってきてしまった直美にとっては何もかもが新鮮で。

それこそ、使用人の存在、ましてやその使用人に何かを頼むことすら慣れなかった。


(それもこれもイリーナのおかげ)


脱衣所を過ぎ、朝の早い時間から張られた湯に身を預け、直美は物思いにふける。

地元の、少し曰くのある神社で遊んでいた直美。

それが目を閉じ、開いた時にはこの世界に迷い込むようにしてやってきてしまった。

最初は意味が分かっていなかった。新しい遊び場を見つけたのだと思ってすらいた。


(………けど違った)


手に力がはいってしまい、ぱちゃ、と水音をたてる。

時間も忘れて走り回って、お腹もすいてきたころようやく。帰り道が分からない事に気が付いた。

大声で泣き叫んだ気さえする。

ただ、それが功を成したのか、イリーナが見つけてくれた。

そこからは、あっという間だった。

まず帰る方法について調べてもらうと、あっさり見つかった。

この世界には昔から、他の世界と近づくことが多く、迷い込む人も帰る人も多かったのだ。

文献を紐解いていくと、少し待つ必要があるものの、直美の世界ともう一度近づくことも分かった。


そんなこともあり、今日ついに。

直美は元の世界に帰れる。


「よし」


気合を入れて立ち上がると体に引っかかるようにして浮かび上がった水滴が、元の湯に流れ落ちる。

それを少し名残惜しく思ってしまいながらも、朝の支度をするべく、直美は浴場を後にした。



「あなたの事は、きっと忘れませんわ」

「ありがと。また迷い込むことがあれば、よろしくね」


後ろで偉い魔術師? が唱えている呪文を聞き流しながら、直美はイリーナに言葉を返す。

実際、一度迷い込んだ人がもう一度迷い込むことはあるらしく、それも文献に記載されていた。

一度起こったことはもう一度起こりやすい、と言うことなのだろう。


「そうですわね。わんぱくなあなたを世話できるのなんて私ぐらいですから」

「ほんとにね」


二人して、笑う。

と、ようやく時間が来たらしい。

突如として直美の体が光り始めた。

イリーナが一歩下がり、手を振る。さよならを言おうとして、口を開けた瞬間、光が強くなる。

その直後、光とともに直美の体は跡形もなく消え去っていた。


そして……。


「ぅ、む…うぅん………」


とある病院の一室で、静かに横たわっていた少女が目を覚ます。

まるで寝起きのような声を出し、半分閉じたままの目を、こする。

まさしく、たった今起きたばかりの子供のように。


(あれ、わたしのてって、こんなちいさかった、っけ…?)


そんな寝起き少女のぼんやりとした思考は、また夢に沈む。

今は、まだ。



友達が、目を覚まさなくなった。

少年、優幸(ひろゆき)のもとに、その知らせは突然やって来た。

最初は信じなかった。信じられなかった。だって昨日まで普通に遊んでいたのだ。

それがついさっき、たった今から遊べないどころか、二度と会えないと言われてしまった。

とても受け入れられる話ではない。


けれど、いくら少年が受け入れなくとも、信じなくとも。

時間はどんどん過ぎていく。

幸い、優幸も少しすると友達の少女の見舞いには行けるようになった。

もちろん、それで何が解決することもない。少女は目を覚まさないまま。


それでも、もしかしたら今日目覚めるかもしれない。

明日になれば、と繰り返しているうちにまた少しの時間が流れ。


おおよそ一か月の月日が流れたころ。

少女が目を覚ました。

その知らせを受けた優幸は走り出す。


また前のように遊べる。

学校も、ちょうど夏休みという長い休みに入ったばかりだ。

時間なんて、それこそたくさんある。


『ほら、行くぞ! ヒロくん』


そう言って優幸よりもわんぱくに、元気に引っ張りまわす少女が頭に浮かぶ。

早く、早く、早く。

優幸本人もびっくりするぐらいの速度で、件の少女の病室に駆け込んだ。


「ナオちゃん!!」


果たして。

優幸が飛び込んだ部屋には、ベッドに少女が一人。

その少女と目が合い―――。


「久しぶり…だね、ヒロくん」

「………」

「え、っと…ヒロくん?」

「いや、だれだお前」


と、既に勘の良い方はお気づきかもしれないが、目を覚ました直美は、間違いなく本人である。

違う点があるとすればそれは、過ごしてきた時間。

直美が意識を失っていたのは、およそ一か月ほど。

だが、実際に直美が過ごしていた世界では、およそ10年の月日が流れていた。

優幸が過ごしてきた時間と直美が過ごしてきた時間にはそれだけのズレがあり、そのズレが直美を今の状態、言ってしまえば女性らしくしたのだ。


つまるところ。

気を失う前の、わんぱくで元気で、男勝りな少女が。

目を覚ましてみれば、落ち着いた少女、いや、それこそ大人に一歩足を踏み入れたような声色だったのだ。

優幸の反応も無理はない。


「誰…って、え?」

「おれのしってるナオちゃんを返せ!!」


こうして直美の、10年振りの恋が始まろうとしていた。

…ほんとうにはじまる?

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― 新着の感想 ―
[一言] あああ〜〜〜まさかこう来るとは思いませんでした。つまり精神だけ異世界に行ってしまっていたんですね。二つの世界の時間の流れが違う、という着眼点もナイスすぎました。 ヒロくんはもちろん、周囲はみ…
[一言] タイトル: 恋の思い出がそこそこ遠い……中年の恋なのだろうか あらすじ: 【この作品にあらすじはありません】 ひと言感想: 十年ぶりの恋。なるほどそう言うことだったんだね。 もう一度起こ…
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