ルリナ
洞窟の中からいきなり彼女の悲鳴が聞こえる。俺はその瞬間走り始め、彼女の声が聞こえる方へと向かっていく。
「ったく、なんでこんなに狭いんだよ!」
洞窟の中はとても入り組んでいて狭いが、一本道になっていた。
少し進んでいくと、奥の方に部屋らしき場所があるのが見えた。
「あそこかっ!」
急いで部屋の中に入る。
中に入ると、先ほどまで俺の楽しそうに話しかけてきてくれていた彼女が目を赤くはらして、立ちすくんでいた。洞窟の所々に青いクリスタルのようなものが地面から突き出ていて危ない。彼女をもう一度見てみると、人差し指をどこかの方向に向けているようだ。
「っっ……!」
そこには、もはや性別もわからないくらいぼこぼこにひしゃげた遺体があった。
ざっと四人だろうか。クリスタルに突き刺さっていたり、顔面が破損していたり……。
恐らく、彼女の連れだろうということだけはわかる。
「あぁ……あぁ……」
後ろで彼女がうめいている。海に来るほど仲が良かったであろう友の無残な死を目の当たりにしているのだ。正気になれという方が無理であろう。
もうどうしようもない彼らより、生きている彼女のケアが必要だ。
「大丈夫ですか? 一旦ここから出ましょう」
そういって彼女をおぶり、この洞窟を後にすることにした。
この洞窟は狭いが、音だけはよく響くみたいで、かすかに波の音まで聞こえてくる。
彼女がまともにしゃべれるようになる気配は全くなく、あれからもずっとひたすらうめいているだけである。
やっと洞窟から出ると、まず彼女を海の家に連れて行って、落ち着かせるために一日寝させることにした。
少々気の毒ではあったが、睡眠薬を混ぜた水を飲ませるという少し強引な手口になってはしまった。
一日たち、彼女のもとへと向かった。
アンナはあの衝撃映像に心を病んでしまったようで、とりあえず一旦海の家で楽しんで心をリフレッシュさせるといっていたので、当分は俺が一人で彼女のお見舞いに行くことになるだろう。
彼女はベッドか上体だけ起こして窓の外を眺めている。
「体調は大丈夫そうですか?」
俺が声をかけると、今俺に気づいたようで、驚いたような顔でこちらを見た後、笑顔で頷いてくれた。
「一日寝たら色々と気持ちにも整理がつきました。今はもう落ち着いてはいますが、あれが事故なのか殺されたものなのかだけどうしても気になって仕方がありせん」
そういいながら彼女はベッドのそばにあった椅子に手招きしてくれたので、そこに座ってから少し考える。
「まず、えっと……すいません、名前をまだ聞いていませんでしたね」
彼女は両手を口に当て、はっとしていた。
「すいません! 私、あの時セルン様と遊んでもらうことしか考えてなくて、私のことなんか何一つも教えていませんでした!」
そう言って何度も平謝りする彼女を制止して大丈夫ですよ、と落ち着かせる。
「あ、えっと、ルリナです。改めてよろしくお願いします」
そういってルリナは手を俺に差し出してきたので、
「セルンです。こちらこそ」
といって握手した。その後、もう一度何かに気づいたかのような仕草を見せると、
「今更ですけど、セルン様は敬語じゃなくていいですよ」
ルリナは俺にそう言ってくる。
確かに、ルリナの目線では俺は伝説の勇者なわけだし、敬語を使われることに違和感を覚えてしまうのも無理はない。だが、俺の辞書に上から目線だとかそういう言葉はないのだ。
俺は彼女の目をしっかりと見ながら言った。
「いや、俺は勇者であったことをえらく思う気はないし、立場はあなたと同じだ。ルリナが敬語をやめるというのなら、俺も敬語を使うのはやめよう」
俺のこんな返答に対して、彼女はすごく困惑しているようであった。
少し時間をおいて、考えたようなしぐさを見せた後に、彼女は答える。
「セルン様は優しいんですね。では、お互いに敬語を使うのはやめるという形でどうでしょうか?」
俺は無言で頷いた。俺の頷いた様子を見て、ルリナは喜びの顔を見せてくれた。
その後に、病室に入ってからずっと感じていた違和感を言語化することができたので、それを聞いてみることにする。
「それより、ルリナは病院にきてから急に性格が変わったな」
彼女はきょとんとしている。
「俺が初めて出会った時はもっと活発そうな女の子だったのに。って、あっ……」
俺がここまで言葉を発したときにはもう遅く、彼女の目からは涙がこぼれ落ち、口を押さえて何とか嗚咽をしないようにしているようだった。俺は彼女のそばに駆け寄り、背中を叩く。
「そんな、元気にしていれるわけないじゃん……。気持ちに整理がついても、意識が戻っても、仲間の無残な死にざまを忘れることはできないし、仲間たちの死が無くなるわけでもないんだから……」
彼女のそんな言葉を聞いて、俺ははっとした。自分の言葉にあまりにも無責任な部分があったことに気づいたからだ。
「ごめん、俺、ルリナの気持ち全然わかってあげられてなかった……」
その後、しばらく彼女は俺に対して「いいの……大丈夫だよ」と繰り返しながらないた。
落ち着いたかと思うと、今度は俺と真正面に立って目を合わせられる。
何をいわれるのだろうかと少し身構えていると、突然手を握られてびっくりする。
「うおっ!?」
「セルン、お願い! 仲間の敵を討ってほしいの! 私ひとりじゃできるわけもないし、他に頼める友人もいないんです。 どうか、頼めませんか?」
彼女は俺にそう告げた。
まぁ少しでも何とかしてあげたいって気持ちはあるから喜んで受け入れはするけど……
それに、さっきの無責任な発言のこともあるしな。
「うん、勿論だよ。そのかわり、犯人の手がかりがほぼほぼ何も見つかっていないから、何か知っていたら手伝ってもらってもいいかい?」
俺がそう聞くと、彼女はもちろんというように何度も頭を縦に振ってくれた。
「ありがとう。それじゃあ、少しでも手がかりを見つけるためにあそこのことを思いださないと……」
「あ、犯人なら何となくくらいでいいなら、目星はついてるよ」